第13話 泉想夜が分からなすぎる
林間学校は2日目の夜を迎えていた。
明日は午前中こそレクリエーションをやるらしいけど、午後はほとんど帰るだけなので、この2日目の夜が最後のイベントと言っても過言ではない。
今私の目の前には、大きな篝火がメラメラと燃えている。
この2日目の夜に開催されたイベントは、キャンプファイヤーだった。
「この後しばらくは自由時間です~音楽も流しっぱなしなので皆で楽しんで行ってくださいね~」
青柳先生が小さい体を目いっぱい使って全員に伝えている。
男子生徒から人気なのも理解できる仕草。
……正直、この手のイベントは苦手だ。
そんなにコミュニケーションをとるのは得意ではないし、好きでもない。
生徒達はわらわらと中央に集まり、仲の良いメンバー、カップルで踊ったりしている。
……こんなことなら、発声練習とかしたかったな。
昨日も暇だったからやってたけど、なんか誰かに聞かれたような気がして中断してしまった。
でも今1人で出ていくことはできないし……。
体育座りをしながら、端っこで縮こまっていると、ざっ、という靴が地面を踏む音がして、誰かが来たことに気付く。
「泉さん、こんばんは」
「……あんたも物好きだね」
顔を上げるとそこには、最近はもう見慣れてしまったクラスメイト、宮智一が立っていた。
「いやほら、俺友達少なくてさ。小暮はこういうイベント彼女のとこ行っちゃうし。篠本さんは、ほら」
宮が振り向いた先。
そこにはキャンプファイヤーのすぐ近くで、クラスメイト達に囲まれる篠本の姿があった。
……それでもちょこちょこ、こちらを見ている気がするのだけど、そんなにコイツのことが気になるのかな。
「人気者だねえ。今日の自由行動で一緒に来てくれたのが奇跡だね」
「まあ、誰とでも仲良くっていうタイプじゃん。周りもそう言ってるみたいだし」
ちらっと聞いた。「篠本さんは優しいから、あのはぐれてる子達とも仲良くしてあげるんだよ」って話しているクラスメイトを。
……心底、余計なお世話だ。
「隣、失礼して良い?」
「……好きにすれば」
よっこらしょ、と到底高校生とは思えない掛け声で腰掛ける宮。
すぐには話し出さない。前のめりになりすぎない所が、この男子生徒を邪険に扱えない理由でもあった。
しばらく、ぱちぱちと音がするキャンプファイヤーを眺めてから、宮が口を開いた。
「今日は楽しかったね、俺ぶっちゃけこういうイベントあんまり好きじゃなかったんだけど、悪くないかもって思えたよ~」
「……そう」
「お、否定しないということは泉さんにも少しは楽しんでもらえたのかな?!」
「……相変わらずだるいね、あんた」
こんな憎まれ口を叩いても、にこにこと笑顔を崩さないのだから、変なやつだ。
……そして、今日が案外楽しかったのも、そしてこんな奴との時間が意外と悪くないと思っているのも事実で、なんかムカつく。
変わった奴だ。
最初に話しかけてきた時はただの軽薄な奴かと思ったのに。
意外だったのは篠本をわざとグループに入れないように気持ち悪い奴のフリをした時。
本当に自分の評価なんかどうでも良いと思っているんだと、感じた。
ハッキリ言って、こいつはそんな悪い奴じゃない。なのにこんなに嫌われているのは、絶対に理由があると思った。
宮からも聞いたけど、他の人がなんて言っているのか気になって、バスケ部の同級生に、それとなく聞いてみた。
『宮?ああ、あいつね……中学の時に年下の子?に言い寄ってフラれたんだって。なんか親もホストとかキャバクラとかやってるらしくて。泉もあんまり近づかない方が良いよ』
なるほど、宮が言っていた事と同じだ、とは思いつつ。
真実は違うんじゃないかという疑いの気持ちもあった。
確かに軽薄ではあるけれど、なんというか……この、目の前にいる宮からは下心を感じない。
不思議な感覚だが、仲良くなりたいとは思っていそうだけど、私という存在を性的に見ている感じがあまりしないのだ。
「……♪」
無言で、私と同じく体育座りを続ける宮をちらりと見やる。
変わった奴……それでいて、不思議なやつ。
そして、中心部の喧騒とは離れたこの端っこで、宮との静かな時間を、悪くないと思ってしまう自分も不思議だった。
絶対、人間として好きになるタイプではないはずなのに、何故だか悪くないと思ってしまう、不思議な感覚。
その感覚があったからこそ、今回の自由行動の班も、宮の班で良いや、という考えに至ったのだから。
再び、ぱちぱち、と火花が散る音だけが耳に残る。
「……聞いても良い?」
「なに?」
どれくらい静寂があっただろうか。わからないけれど、その後に宮が声をかけてくる。
「歌、好きなの?」
「……っ!まさかあんた」
「ごめん!たまたま凄いめっちゃ綺麗な歌声が聞こえて来てさ、つられていったら泉さんが見えてびっくりしちゃったんだよ」
最悪だ。誰か来たかもとは思っていたが、まさか宮だったとは。
しかし本当にごめん、と先に頭を下げられてしまえば、怒る気も無くなる。
「……誰にも言ってない?」
「もちろん。言う友達もいないし」
まあ……それなら別に良いか。
こういうイベントで練習した私にも責任はあるし。
落ちていた小石を、適当に投げ捨てた。
「……歌は好き。でもそれだけ」
「そっか」
……こういうところだ。
こういう時は、深く聞いてきたりしない所。
性格な距離感を理解しているかのような、そんな振る舞いを、こいつはしてくることがある。
「……逆に聞きたいんだけど」
「なんでしょ!」
「こっち向かなくて良いから」
いちいちこっちを向かないで欲しい、心臓に悪い。
「中学の時の話聞いたけど、本当は違うんでしょ」
「……なんで、そう思うの?」
「……あんたと話してたら違う気がした。それだけ」
らしくないと思いつつ、そんな風に言ってしまう。
「嬉しいな、ありがとう。そうだな~どこから話したら良いか」
「……」
言葉を待つ。
宮は始め、どう話すべきか少し、悩んでいるようだった。
けれどやがて決まったのか、閉じていた目を開く。
「妹と仲が良い一個下の女の子がいました。その子は、とても優秀な子でした」
「そしてその子とは小さい頃から仲が良く、妹と共に面倒を見たこともたくさんある子でした、俺にとっても大切な子でした」
「その子が、生徒会長になるべく選挙に出ることになりました」
なんてことのない、普通の話。
風向きが変わったのは、ここからだった。
「……んで、その選挙で争うことになった相手の男が、なかなか曲者でね」
「俺と仲が良かった女の子の粗を探してたどり着いたのが……俺でした」
……!
急激に、頭に血が昇るのが分かった。
「あの女の子の近くにいる俺という存在。親も水商売で、良く女と一緒にいる軽薄な男。そんな奴とつるんでるし、あまつさえ応援演説も頼もうとしている」
「でもね、俺は逆手にとった。俺がその女の子に言い寄っていたことにして、その子に俺を強烈にフらせたの。まあその子は優しい子だから、絶対に嫌だって言ったんだけどね。まあほとんど無理やり。でもそしたら、やっぱり皆の見方は変わった!かっこ良い!そんな奴もスパッと切れるのは流石!」
……なんで?
どうしてこんな――怒りが沸いてくるのだろう。
「元々人気では男子生徒を上回っていたその子は、完全に勝ちを揺るぎないものにして。見事生徒会長になりました。めでたしめでたし」
「めでたしじゃない!」
「うえ?!」
思わず、立ち上がってしまった。感情の制御が、できない。
何かがおかしい、こんな感情になるのは、おかしいって分かってるのに。
「そんなの、あんたが……あんただけが」
「損するって?……まあ、そうかもしれない。けどさ、別に良いんだ」
「なんで……!」
「俺は俺の近くの人達が幸せならそれで良いし。本当に仲良いほら、小暮とかは、こうして仲良くしてくれるし」
その瞳が、本当にそれで良いと思ってるような、清々しい色をしていたから。
「バカじゃないの……!」
「え、ええ、な、なんでそんな、いや、嬉しいですけど」
「あんたのそういうところ、ホント気に食わない」
こんなこと言いたかったわけじゃないのに。
私はそれだけを言い残して、その場を後にする。
「ちょ、待って泉さん!」
振り返れなかった。
なんでこんなにムカつくのか、自分でも分からなかったから。
暗闇の中を、進んでいく。
ぱちぱちという火花の音は、もう聞こえなかった。
林間学校は3日目も無事に、終了して。
その翌日。振替休日ということもあって、今日は本来なら休み、なのだが。
「はあ」
私は、今日も学校に来ていた。
……これには、理由があって。
昨日、無事に点呼を終えて、解散になった直後の事。
私は担任の青柳先生に呼び出され。
『泉さ、入学前の検診、受けてないだろ』
『あ……はい』
『悪いんだけどさ、明日2,3年生は検診ある日だから、泉も受けて欲しいんだよね』
『……分かりました』
ということで健康診断を受けに、学校に来ていたのだった。
「場所は……講堂?」
先生から受け取ったメモを見る。
どうやら健康診断は、新校舎と旧校舎の間にある講堂でやるとのこと。
今日は2,3年生の検診日で担当の人達が学校に来ているから、私は2、3年生が授業中のこの午前に検診を受けなくてはいけないらしい。
「だる……」
歩いて、講堂まで向かうことにした。
授業中の校舎は、静かなものだ。部活動も当然まだやっていない時間なので、本当に静かな校舎の中を通っていく。
……結局、あの後、宮と話すことは無かった。
家に帰っても、なんであんなにムカついたのか分からなかった。
自己犠牲だけで済ませようとしている姿に、ムカついた?それもあるかもしれない。
けれど、それだけであんなに私の感情が動くだろうか?
「……変な奴」
一瞬、もしかして私は、と変な勘繰りをいれそうになったが振り払った。
そんなわけはない。あんな軽薄そうなちょっかいを出されただけで、なんて。
あり得ない。
週明けに顔を合わせなきゃいけないのが億劫だな、なんて思いながら歩いていると、無事講堂へたどり着いた。
中に入る。
「あれ……?」
おかしい、と思った
検診をやるはずなのに、係の人らしき人影も見当たらない。
窓から眩い日差しが差し込んでいるだけ。
中を歩いて行く。
無数の席がある先に、教壇のような台が設置されている。
――その場所が、妙に気になった。
「……?」
教壇の上に置かれた、小さな像が僅かな光を放っている。
これは、何?
気になって、触れた、その瞬間。
「……ッ!」
脳内を直接揺らされるような衝撃に、思わずうずくまった。
そして、もう次の瞬間には。
私の意識は途切れていた。