第12話 篠本紗奈の笑顔が良すぎる
林間学校2日目!
今日はすっごく楽しみにしていたことがある。
「ほいじゃあこっからは決めたグループごとに行動な~チェックポイントでちゃんと先生に点呼してもらうこと~」
2日目のハイキング自由行動!
このグループ分けは、一周目の時は智一君と同じ班になれなかった。
周りから反対されたこともそうだし、当時は……智一君がわざと私が他の班に行きやすいようにしてくれた行動にも気付けなった。
彼がなんで嫌われているのかとか、真実を知らなかったから。
だけど、今回は後悔しないように、智一君と同じ班になった!
これから起こることは、一周目で経験したことのない世界。
それが、とってもわくわくしてる。
「やぎちゃん、お願いがあるんだけど……!」
「あ~?」
グループ行動開始直後。
なにやら智一君が担任の青柳先生の所に相談に行っている。
一体なんだろうか。
隣には、同じ班の泉さんがいる。
一周目では、お互いに智一君が好きで……最終的に智一君に選ばれた子。
私から見ても、泉さんは綺麗な人だ。すらっとしたスタイル、細くて長い綺麗な手足。
女性が好きになるタイプというか、憧れるタイプの人だと思う。
「泉さん、今日はよろしくね」
「……よろしく」
そう答えた泉さんは、明らかにテンションが低そうだった。
普段からダウナーなイメージがある彼女は、こういった外に出る事を強要されるイベントは好きじゃないのかも……?
インドア派に見えて運動神経は良い泉さんだけど、強制される運動は好きじゃないとか言ってた気がする。
全部一周目の話だけど。
「……なんでここのグループ、入ったの?」
「え?」
特に目を合わせることは無く、泉さんがそう聞いて来た。
他の人とコミュニケーションをとる時も思うのだけど、自分だけが一方的にその人のことを知っている会話は結構難しい。
知っていることも知らない体で話さなければいけないのは気を遣うのだ。
「そうだな……ほら、宮君と小暮君、面白い人達だなと思って。泉さんとも、仲良くなりたかったし」
「……そ」
3年生になった辺りでは結構感情を表に出してくれた泉さんだけど、今はほぼ初対面なのでそうもいかない。
仲良くなれたと思った人と、こうして1からやり直さなきゃいけないのは、少し悲しいね。
「泉さんはどう?宮君と結構話しているみたいだけど」
実際、教室ではたまに話しているのを見かけている。
1年生の最初から、智一君は泉さんに結構ちょっかいをかけていた。
……妬けちゃうね。仕方ないんだけど。
「……キモイかな」
「あ、そう……」
現状泉さんからの宮君への好感度が高くないことにちょっと安心しつつ……ちょっと宮君が可哀想だなとも思ってしまうのでした。
「デブ、辛いです」
「だらしないねえ」
「……もうバテたの?」
グループごとにコースを選べるハイキングコース、とりあえず順調です。
小暮君は時々……いやかなり弱音を吐くけれど、なんだかんだついてきてくれていて。
「もう少し世間はデブをいたわるべき」
「デブになったお前が悪いだろ普通に」
「デブは勲章だが?」
「……初めて聞いたんだけど」
道中は2人のふざけた話に、泉さんが反応したりしなかったりという、そんな構図で進んでいた。
一周目には体験できなかった空間だから新鮮!
それに智一君と一緒にいられるというだけで、私は幸せだった。
「篠本さんもなんか言ってやってくださいよ」
「え、私!?」
幸せな気分で歩いていたらいきなり話を振られてびっくり。
え、えっとそうだな。
「で、でもほら、100kg超えられるのは才能が無いと無理ってなんか聞いたことあるし!」
「……しのもっちゃん、俺95kgなんだわ」
「あっ」
「才能の無いデブでごめんな……」
「あっははははは!トドメ刺されててわろたあ!」
「……おもしろ」
泉さんまで笑ってる?!
そういえば2年だか3年の時に「100kg超えたァ!」って言ってたね……しかも才能云々の話も未来の小暮君から聞いた話だったごめんね……。
その日の午後。
お昼も終えて、ハイキングも終盤。
全4つのチェックポイントのうち、私達は3つ目に辿り着いていた。
「ほい~チェックおっけ~。んで、本当に行くのか?」
「行きます!2時間以内には戻って来るんで!!」
「遅いよ1時間で戻って来なさい。そんで私にちゃんと報告すること」
「うぐぐ、ガンバリマス」
自由行動ではあるけれど、ある程度行動過程が決められているハイキングコース。
そりゃそうだ。先生たちが生徒が全員予定通りに進んでいるかどうかを把握できなきゃいけないし、万が一遭難なんてあったら目も当てられない。
本来なら次のチェックポイントに行くルートがあるのだが、私達はどうやら違う方角に行くみたいだ。
「どこに行くの?」
「そりゃあ行ってからのお楽しみ!」
意気揚々と進んでいく2人に続いて、私達も進んでいく。
一般的なコースとは違うからか、周りにはうちの高校の生徒はいなくなっていた。
メインの道のりから外れたからか、かなり傾斜のある坂や階段が増えて来て、かなり登る量が増えた気がする。
「デブにきつすぎるこの運動」
「頑張れあと少しだ!」
休憩を挟みながら、なんとか登っていく。
いったい智一君はどこに向かってるのだろう……?
それから更に歩くこと数分、ようやく、階段の先に日差しが見えてきた。
「到着!」
最後の階段を登った先。
日差しの元へとたどり着けば、急に視界が開けた。
辿り着いたのは、遠い先まで一望できる、岡のような場所。
気持ちの良い空気が、春風と共に吹き抜けていく。
「すごい……」
「おお~!めっちゃ良いやんけえ!疲れた身体に染みるゥ!」
「……綺麗」
高い山の山頂に辿り着いた時特有の、高揚感。
これは頑張って登った甲斐がある……良いロケーションだ。
「そして、それだけではありません!」
私達が感嘆の声をあげていた中、智一君が誇らしげにそう言った。
「なに?」
「あちら側をごらんください!」
智一君が、指を差した先。
その先を見て――私は息を呑んだ。
「……なにあれ、競馬場?」
「そのとーり!ここからだとなんとあの競馬場を上から一望できます!」
「……だからなに?」
声が、出なかった。
だって、これは、どう考えても。
『篠本さんって競馬とかも好きなの?』
『うん!好きだよ~まだ馬券は買えないけど~予想してお父さんと勝負したりしてたし』
私がギャンブルを好きになったのは、お父さんの趣味。
お母さんに怒られながら、よく競馬や競艇の予想をしていたし、それが楽しかった。
そんな内容の会話を、ほんの1週間前にボドゲ部の帰り道で智一君にしたのを覚えている。
「俺が競馬好きなので、ここで1レース見てから帰ります」
「うえ?!とっつぁんそんな競馬好きだったかァ?俺ぁ全然好きだから良いけどよ!」
「最近ちょっとハマっててさ!」
「……なんで私も見なきゃいけないのよ」
「お願いお願い!泉さん1レースだけ!15時からメインレースなんです!見たら帰るから!」
「……まあ別にいいけど」
泉さんを納得させて、智一君がこっちを向く。
私にとっては見慣れた、いたずらが成功した時のあの笑みと、ピースサイン。
「しのもっちゃんも見ようぜえ案外おもろいぞ!」
小暮君に手招きされる。
行かなきゃ。声を、出さなきゃ。
なのに、息が詰まる。
「……は、はは、じゃあ、私も一緒に、見ようかな」
良かった。
勇気を出して、このグループに入りたいと言って良かった。
一周目にはできなかった選択をしてみて、本当に良かった。
「望遠鏡持ってきたから、ほら、持って!」
「一頭選んで勝負しようぜ!勝った人が負けた人になんかお願いできるとかどうよ!」
「良いねそれ!」
「え、ちょっとそれ嫌なんだけど」
目元を拭って、咳払いをして、必死に感情をごまかした。
私も、会話に混ざりたいから。
この瞬間を、最大限楽しみたいから!
「――ねえ私もやる!」
「おお?!しのもっちゃんやる気だねえ」
「え、篠本本気?」
不思議そうな泉さんの表情も、気にならないくらい。
小暮君から望遠鏡を受け取って、心から叫ぶ。
「えへへ、私ね、やるなら負けたくないから!」
また一つ、思い出が増えた。
智一君が、私のためにこれを用意してくれたということが、なによりも嬉しくて。
そしてもうひとつ。
〝未来は変えられる”と、感じられた事。
この二周目が始まって、思っていたことがあった。
それは、「本当に未来は変えられるのか?」ということ。
私が何をしても、結局智一君に選ばれることは無いかもしれないと思って怖かった。
でも、今こうして、一周目では絶対起きなかった事が起こってる。
私が勇気を出して行動した事に、結果が1つついてきてくれた。
それが、本当に嬉しくて。
「で、どの馬が強いわけ?」
「私的にはあそこの緑のキャップの馬が良いと思う、単勝で倍率も高いから本来ならあんまり旨味はないんだけどこのルールなら――」
「え、篠本なんか詳しくない?」
「そ、そんなことないよ!お、お父さんがちょっとね?」
「デブ、決めました。あのちょっと黒い馬にします」
わいわいと、皆で望遠鏡を貸したり受け取ったりしながら、自分が賭ける馬を決める。
1度目では体験できなかった、今この瞬間が本当に楽しい。
しばらくして、レースが始まった。
「いけえ~!差せ差せ~!」
「うおおおしのもっちゃんすげえ声出すじゃん?!」
「あはははは!篠本さんめっちゃ必死やん!」
「ねえ今どうなってるの?!私見えないんだけど!」
レースは本当に一瞬。
一頭の馬が先頭で駆け抜けた。
でもその差は本当に僅かで。
「うおおおお多分負けたうおおおお!」
「ねえ今どっち勝ったの?!」
「いつの間にか泉さんも必死でおもろい」
結果もろくにわからないまま、笑い声が響く。
私がいつも楽しんでいる競馬とは、全然違うかもしれない。
けど、それで良い、それが良い。
隣で一緒にはしゃいでいる、智一君を見る。
分かるよ。君が今、皆がこの状況を楽しんでいることが、君の喜びってことを。
そして私は、そんな風景を見て無邪気に笑う、君の笑顔が好き。
自分の事は全然興味が無いクセに、人を喜ばせるためにはなんだってできる君の性格が誰よりも好き。
――改めて私は思った。
私は、宮智一君が心から大好きで。
この二周目は智一君と付き合えるためになら、なんだってしようって。