第11話 泉想夜の歌声が良すぎる
林間学校の日を迎えた。
今日から2泊3日の行程である。4月中にこんな泊まりイベントある高校珍しいよね。
「有紀音、今日の夕飯までは作ってあるから、ちゃんとそれ食べて、洗い物だけしておいてくれれば良いからね、洗濯物はまあちょっと溜まっちゃっても大丈夫だし、お兄ちゃん帰ってきたらやるから、あ、そうだ変な営業とか来てもドア開けちゃだめだからな?ちゃんと――」
「そろそろ殴って良い?」
有紀音に留守中のあれやこれやを話していたら、無理やり追い出されてしまった。トホホ、反抗期かしら。
聞いたところによると俺がいない今日の夜からは葉純ちゃんのお家にお邪魔するらしい。まあその方が俺としても安心だし助かる。
現在時刻は朝の7時。
ゴミ出しをしている時にも思ったが、今日は良い天気だ。
ここまでの晴天なら林間学校をやるのに適した天気と言えるだろう。
正直、高校生活のこういったイベントは特に楽しみにはしていなかった。
まぁ、ちょっと中学で嫌われてしまったこともあるし、違う高校に行くことも考えた。
だけど、やっぱり俺自身の気持ちなんかどうでも良くて、有紀音をちゃんと高校卒業まで面倒見てあげたいという気持ちがあるからそのままの高校を選んだ。
つまらない3年間になっても別に良いや、なんて思っていたけれど。
『そう言ってくれるなら、私あそこのグループ入ろうかな!』
『じゃあ、よろしくね!』
そう言ってとびきりの笑顔を見せてくれた、篠本紗奈さん。
初めて会った時はやべー人じゃんと思ってしまったけれど、なんだかんだ楽しく接してくれている。
ボドゲ部も、一緒に入ったし。
期待はし過ぎると良くないとは分かっているけれど、意外と悪くない高校生活になりそうで。
「せっかくだしなんか喜んでもらえたら良いねえ」
実はそんな篠本さんのために、自由行動ではちょっとしたたくらみを小暮と共にしている。
喜んでくれたら、良いんだけど。
晴天のもと、ぐ~っと伸びと共に深呼吸。朝特有のちょっと薄い空気が心地良い。
今日から始まる林間学校、ちょっとでも楽しめたら、良いなと思う。
いつも通り通学路を辿って、学校に着くと、既に何台かの大型バスが校庭に並んでいた。
あれに乗って、目的地まで行くのだろう。
点呼の後に、クラスごとに別れてバスに乗り込んでいく。
「うぃ~とっつぁんバス隣で行こうぜ~」
「おはよ、おっけ~」
バスに乗り込んで、小暮の隣に座る。窓際の席を譲ってくれた。
所要時間は1時間くらいらしい。
「あれ、先輩じゃね?」
「え?」
バスが動き始めようかというタイミング、まだ通学中のおそらく先輩達が歩いているところで、1人立ち止まっている生徒が。
確かに良く目をこらして見れば、特徴的な金髪サイドテールが目に入った。
右手で学生鞄を持ちつつ、左手でこちらに向けて手を振ってくれている。
なんというかその動作に気品すら感じるのだから不思議だ。
「上品な手の振り方するなあ……」
「窓開けようぜ、うおおお!いってきまあああす!!」
「小暮~うるせ~ぞ~」
窓を開けて先輩に挨拶をしていたら小暮が担任のやぎちゃんに怒られた。
その間も、礼華先輩はその上品な笑みを絶やすことは無く。
遠くてちょっとわからなかったけれど、その口元は「いってらっしゃいませ」と言っている気がした。
……え、流石に林間学校先に現れたりしないよね?
礼華先輩ならやりそうで怖いんだが……。
目的地について、最初に行われたイベントは飯盒炊飯だった。
広々としたキャンプ場について、生徒達はかなり楽しそうにしている。
確かにこういう所ってテンション上がるよね、わかるよ。
飯盒炊飯で何をするのかと言えば、カレーを作って食べるという、まあ良くあるやつである。
これは自由行動の班でやるわけではないので、俺は与えられた米を見守る仕事を忠実にこなしていた。
カレー作りは男女できゃっきゃと楽しそうにやっている。ワイははぐれ者。こうして米を見守ることしかできん。
良い子に育つんやで……。
本当は小暮も違う班だけど同じ担当だったのだが。
「わりいとっつぁん。ちょっと渚沙が心配だから様子見てくるわ」
と言い残して彼は違うクラスの方へと消えて行った。
彼の班の米は失敗することが確定した。アーメン。
まあ、あいつは他のどんなことよりも優先して彼女助けに行くタイプだからな。
まあそこも含め良い奴なんだけど。
彼女の渚沙ちゃんは無口なタイプなのでクラスになかなか溶け込めていないらしい。
……小暮が行っても馴染めることは無さそうだけど大丈夫なのか……?
「……なんか意外じゃない?」
「うわあ?!びっくりした!」
隣にいつの間にか来ていたのは、授業ではいつも隣の泉さんだった。
泉さんの方から話しかけてくれるなんて!今日は素敵な日だ!
「……そんな驚かなくても良いでしょ」
「ごめんごめん……それで意外、と言いますと?」
「篠本紗奈」
泉さんはそう言うと、後ろの、カレーを皆で作っている方を見た。
促されるように、俺もそちらを見る。そこでは、男女共に人気のある篠本さんが、皆と楽しそうにカレー作りに励んでいた。
「キラキラしてますねえ……でも篠本さんが何か?」
「私達の班に入って来たことが意外じゃない?って話」
「あ~まあ、確かに?」
勝手に浮かれていたけれど、確かにそれは意外だった。
だいたいあんな気持ち悪いムーブぶちかましたら、流石に入ってこないかなと思ったのに。
「あんた、篠本に気に入られるようなことしたの?」
「え?うーん……別に……?」
「そ」
マジで思い当たる節はない。
秘密の押し付けテロされただけである。
なんだよ秘密の押し付けテロって。
「で、でもどうしてそんなこと気にしてくれるのかな?も、もしかして泉さん、ぼ、ぼくの事が気になって……」
「……炊けた」
「無視は傷つくなー☆」
俺のアイドル()泉さんは炊けた米の報告をしに立ち去ってしまった。
確かに、篠本さんとは高校で初対面のはずだが、やけに絡んできてくれる。
普通に嬉しいなって思ったけど、理由までは考えたことなかったな。
そういえば、泉さんがこの前夜歩いていたことは、聞いても良いのだろうか……。
さっきはふざけたけれど、話しかけてきてくれることも増えてきたし、ちょっとずつ仲良くなれているような気はする。
気になるけれど、今の仲の良さ程度で聞いて良い事かどうかはわからないから難しい。
「あ、やべ」
気付けば、自分の目の前にある飯盒から泡がこぼれていた。
俺が手塩にかけて育てた米は若干焦げて、班の人達からは不評だった。
その日の夜。
「やべえ~やぎちゃんこええよマジで」
俺はひとり早歩きで宿泊施設の外へと出て来ていた。
1日目の行程を無事にほとんど終えて。
消灯時間の少し前に時間があったので、小暮とせっかくだから枕投げするか!というわけの分からない理由で枕投げをしていたのだが。
『おいうるせえぞ』
見られるの防止で入口に高く積み上げていた枕を蹴り飛ばして、やぎちゃんが般若の形相で入ってきた時は流石に肝を冷やした。
それ以上説教を食らうのはごめんだったので、こうして脱出してきたというわけだ。
「まあ、消灯時間までに部屋戻れば大丈夫デショ」
そんな緩くて良いのかという感じではあるのだが、この林間学校、意外と自由な時間が多い。
明日の自由行動も、結構時間長いしね。
外に出てみると、空は綺麗な星々によって埋め尽くされていた。
都会では見られないこの星空も、こういった林間学校の良さなのかもしれない。
風の音が心地良い。
たかが林間学校と思ってロケーションには全く期待していなかったけれど、これはなかなか悪くないな。有紀音への土産話にしよう。
「……ん?」
夜風に気持ちよく当たっていると、その夜風に乗って、声が聞こえることに気付く。
それが、歌声であると気付いて、自然と声のする方向に足が向いていた。
宿泊施設に設置された中庭。
草木が生い茂る道の先に、少し開けた場所がある。
歌声の発生源に近づくにつれて、その歌がかなり上手なことに驚く。
だ、だれだこんなスーパー良質歌声を持っている生徒なんて……。
「~~♪」
茂みの先に、見えた。
1人、胸に手を当てて歌っている少女。
「……マジかよ」
思わず零れた心の声。
そこにいたのは……泉さんだった。
不思議な歌声だった。彼女の声は聞いたことあるけれど、歌声では全然彼女だとはわからなかったし、心無し声のトーンが高い気がする。
声自体は高いはずなのに、耳に響くような不愉快な感じは全く無くて。
むしろ安心感があるというか、聞いていて安らかな気持ちになるような、そんな歌声だった。
曲自体は聞いたことあるけれど、アーティスト名とかは覚えていない。
ごめん、芸能全く分からないんや俺……。
こう言ったらなんだが、むしろ、テレビで聞いたことのあるこの曲よりも、今、泉さんが歌っている方が、数十倍良いと感じてしまう。
少し贔屓しすぎかもしれないけれど。
俺のアイドル(ガチ)やんけ。一生ついていきます!
「……?!……誰?」
あ、やっべ。興奮しすぎてちょっと物音たててしまったようです。
びーくわいえっと。
別に隠れる必要も無い気もしつつ、とりあえず黙ってみる。
「……」
隠れていると、音がしなくなって。
おそるおそる振り返ってみれば、もうそこに泉さんの姿は無かった。
「びっくりしたあ……」
まさか泉さんがあんなスーパー歌声の持ち主だとは知らなかった。
部活はバスケ部って言ってたし、そんなイメージ無かったんだけどな。
にしても、こんなところに来てまで練習(?)しているんだとしたらかなり熱心にやっているということになる。
この前夜に見た事といい、泉さんは謎が深まるばかり。
まあでもほら、謎が多い女って良い女っていうよね。
泉さんは良い女なんやなあ。
大人しく、俺も部屋に戻ることにする。
泉さんの歌声が聞こえなくなった夜の中庭は、なんだか物足りない気がしてしまう程に。
その光景と声は、脳に強く残っていた。