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1話 入学式の出会いは忙しすぎる


 私には好きな人がいた。

 でもその想いをずっと伝えることができなくて、結局、高校の卒業式になって、ようやく思い切って告白して。


 ……でも、結果はダメだった。

 その現実があまりにも受け入れられなくて、その日私は目一杯泣いた。

 その時ようやく、自分が彼のことをどれだけ好きだったかが分かって。

 時間感覚が無くなるほどに泣いて、泣いて、泣きわめいて。卒業式が行われた学校の講堂から、なかなか出られなかった。


 

 そのまま家に帰って。

 力尽きて眠った。

 ――できればこの失恋が、夢であったことにならないかな、なんて思いながら。


 

 

 ……でも本当にこんなことになるなんて。


 「なにが起きてるの……?!」


 私は今、高校の制服を着て、通いなれた学校に向かって全力ダッシュしている。

 それも、おろしたての、新品の制服を着て。


 スマートフォンを開く。もう今日朝起きてから何度やったかわからない作業。 

 でもそこには無機質に、2022年4月8日朝8時20分と表示されているだけ。 

 普通に見れば、何の変哲もないただの待ち受け画面。ただの時刻表示。だけど、一番の問題は。


 ――昨日は、2025年3月1日だったはずなのだ。

 高校の卒業式があった日。それが。

 今日の朝起きたら、2022年4月8日になっている。


 「3年前……入学式の日に戻ってる……ってことだよね……」


 タイムスリップ。

 創作の中でしか聞いたことのない現象が、今まさに自分に起こっている。

 なんで?……分かるわけがない。

 叩き起こされて、わけのわからないまま、私は急いで学校に向かっている。


 朝の日差しを全面に受けたアスファルトを新品のローファ―で蹴りながら、奥歯を噛んだ。

 わからないことだらけだけど、分かっていることがあるとすれば。


 「彼とも、やり直せるかもしれない……ってことだよ、ね」


 昨日、フラれたばかりの彼。

 その直後にここまでタイムスリップしたということは、もう一度やり直せと、神様が言っているということなのかもしれない。

 もし、これが夢では無くて。

 もう一度、高校生活をやり直せるのだとしたら。

 

 「今度は絶対、好きになってもらう……!」

 

 これは大チャンスだ。

 普通、人生において、あの時こうしておけばよかった、という後悔は、反省こそすれやり直すことはできない。

 どんな大きなギャンブルに負けたとしても、過去に戻って選択を変えることはできない。

 けれど、私はできる。この3年間あったこと全てを覚えているわけではもちろんないけれど、イベント事だったり、強く印象に残っている出来事はもちろんある。


 その強く印象に残っている出来事のひとつ……それが、今から起こる。

 入学式。

 この入学式の日に、私と彼は初めて出会った。そしてその時の出会いがあったから、彼と仲良くなることができた。

 

 けれど逆に言うと、もっと第一印象を良くすることはできたかもしれない。

 今考えれば、気が動転しすぎて、少し彼に悪い印象を与えてしまったような気もする。

 第一印象が全てではないけれど、少しでも良い印象を持っていてもらった方が良いに決まってる。


 学校に着いた。

 通いなれた学校。自分が配属されるクラスも、教室の場所も、当然分かっている。

 でもそれじゃあダメ。

 あの日は、私も彼も教室の場所が分からなくて……そうだ、旧校舎の階段の踊り場で、偶然ぶつかるようにして、運命の出会いを果たしたのだ。


 あの瞬間は、今でも強く覚えている。


 生徒達はほとんどいない。もう皆それぞれの教室に別れているから。


 旧校舎へと向かう。

 自然と、心拍数が上がる。

 また、あんな風に出会えるだろうか。今度は、なんて話しかけようか。

 

 未だに、夢かもしれないという気持ちはある。

 けれど、夢ではなかった時に、後悔するようなことを、もうしたくはないから。


 私は、不思議な気持ちで旧校舎の階段へとたどり着いた。


 もう時間は無い。おそらくそろそろ――


 視界の先に、見えた。

 眠そうな顔。やる気なさげに見える猫背、ちょっと寝ぐせの残る茶髪。

 彼こそが、私が3年間想い続けた、運命の人。


 わざと開けたままにした鞄を、握りしめた。


 よし、後は偶然を装って、彼と――




 ふわり、と。

 風が吹いた。


 彼の元へ向かおうとしたその瞬間。

 私の視界を遮るように、〝何か〟が、落ちてくる。


 それが、女の子だ、と分かるまでに、数秒を要した。


 「うわっ?!」


 「ナイスキャッチですわ、智一様!」




 悪寒が、背筋を伝う。


 それはまさに、運命の出会いで。


 確かに3年前、そこにいたのは私のはずなのに。


 奪われた。



 

 ――そうだ、何を勘違いしていたんだろう。


 私はその瞬間、理解させられた。



 タイムスリップしていたのは、私だけではなかったんだ、と。










 『二周目の彼女達が重すぎる!』








 


 ――三階から美少女が降って来た。


 何を言っているのかわからねえと思うが、俺も何を言ってるかわからねえ。


 「うわっ?!」


 「ナイスキャッチですわ!智一様!」


 目の前に落下してきた女の子をスルーするほどの度胸が俺にはないため、仕方なくキャッチする。

 キャッチというか受け止めただけなので余裕で俺も尻餅なんだけど。

 どういう状況なわけ?


 落ちてきた美少女の顔を俺は知っていた。中学の頃から有名だったから。

 二条院財閥のお嬢様で、誰とも仲良くならなかった孤高の花。二条院礼華にじょういんあやか

 金髪サイドテールが特徴的で、切れ長な蒼の瞳は、年齢にそぐわぬ妖艶な雰囲気を醸し出している……と噂されていたし、俺も思っていたのだけど。

 今まさに手の内に収まっている手の内サイズ(?)のお嬢様は、目はぱっちりと開いて、ニコニコと笑顔を絶やさない。

 笑顔も可愛いですね(投げやり)。


 ……ってか俺の事なんで知ってるの?

 今『智一様』って言ったよね?間違いなく私の名前は宮智一みやとしかずでありますけれども。

 学園の有名人だった二条院礼華はともかく、小童の俺なんかクラスメイトですら知らない人がいるというのに。

 ましてや、当然この二条院さんと俺との間に接点はない。


 「え、え~となんで俺の事……」

 「あら、すみません申し遅れました、わたくし、二条院礼華と申しますわ」

 「あ、うん、知ってるんですけど、えっと、よろしくお願いします?」

 「あら宮様に知っていただけているなんて光栄なことですわ!」

 

 ふふふ、とお上品に口元を抑える二条院さん。

 ここまで全て俺の手の内で行われています。めっちゃ手きつい。けど女性に重いなんて俺は言わないんだ。へへっ。


 「あらすみません、いつまでも殿方に支えて頂いているわけにはいきませんね」

 「ああ、全然、全然平気だったけどね?」

 「ふふふ、嬉しいですわ?」


 こちらの強がりがバレているのか、二条院さんは自分の足で立った後も、上品に笑っている。

 一体なんだってんだ?


 「先ほども申しましたように、わたくしは二条院礼華。どうぞ気軽に、礼華、と呼んで下さいな。この紫水ヶ丘高校の2年生。困ったことがあったら……いえ、なくとも、何でも私に聞いてくださいまし?」

 「あ、ありがとうございます……?」



 学園の孤高の花とも言われていた二条院さん……改め礼華さんに聞くほどのことなんてあるだろうか?と思いながらも、とりあえず了承しておく。


 「……あ、じゃあとりあえず教室の場所教えてもらっても良いですか?」


 そういえば自分が教室の場所が分からずこんな場所に来てしまったことを思い出して、礼華さんに聞いてみる。

 今なんでもって言ってたもんね?(ニッコリ

 

 「ここは旧校舎ですから……向こうの渡り廊下を渡った先が本校舎。3階が1年生の教室ですわ」

 「旧校舎!道理でちょっと古いなと……」

 「そろそろHRの時間ですけれど、急がないといけないのではなくて?」

 「え、うわ!ホントだ!失礼します!」


 入学式の日から遅刻など目立つことはしたくない。

 礼華さんには悪いが、そのまま走り去ろうとして。





 「はい……では、これから末永くお付き合い、よろしくお願い致しますね……?智一様」



 

 去り際に聞こえてきた言葉は、聞き取ることができなかった。



 












 ……で、そのまま本校舎に向かおうとして。



 「あ、あの!」


 「へ?」


 後ろから声をかけられて振り返る。

 そこに立っていたのは、女子生徒だった。

 黒髪はセミロングで、前髪を銀色のヘアピンで纏めているその立ち姿は、優等生の印象を抱かせる。

 先ほどの礼華さんとは対極のような女の子だが、こちらも負けず劣らず美少女。


 けれど、その子は目の周りが、赤くて。

 ……泣いてた、のか?


 呼び止められたので、振り向いたが、しばらく彼女は「えっと」とか、「あ、あの」とかを繰り返すばかり。

 けど俺っちはこういう時しっかり待てるタイプなんだ。せっかちはモテないからね(確信)

 しばらく待っていると、意を決したように、少女が息を吸い込んだ。


 誰もいなくなった旧校舎の長い廊下で美少女と正面から向かい合う。

 ちょっとだけ緊張してしまうのは、何故だろう。


 彼女が、口を開いた。


 「私、ギャンブル大好きなの!!!」





 ……は?


 「……は?」


 思ったことが、そのまま言葉になった。

 なんて??????



 「こ、これは私と、貴方だけの秘密だからねっ!!!」


 「もうテロじゃんそれ」


 秘密の共有の押し付け。これをテロと呼ばずになんだというのか。


 ドン、といきなり鞄の中から取り出した一冊の本を俺の胸に押し付けて、彼女は走り去っていく。


 


 

 今度こそ誰もいなくなった旧校舎の廊下。

 押し付けられた本は『これであなたも勝ち組!ギャンブル必勝法』と書いてある。詐欺本だろコレ。


 「……どういうことなの???」


 わけがわからない。

 とり残された旧校舎の廊下で1人、途方に暮れるしかなかった。

 

 


 ……俺はこの時知らなかった。

 彼女達が何故俺に絡んで来るのか。



 そして何故。

 こんなにも〝重い〟のか、ということを。





 




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