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SIDE エヴァリスト3

 婚約者として会うクロディーヌが、本物であればよかったのに。


 クロディーヌがシャルリーヌのふりをしている時、メイドの前ではよそよそしい。シャルリーヌを含めて三人で会う時もあるが、メイドがいる限り笑顔を見せることはない。

 クロディーヌは婚約の顔合わせの時の態度を一貫していた。あの時のシャルリーヌは、俺と目を合わせることはなかった。だからシャルリーヌに扮している時、それを演じているのだ。

 計画を考えるにしても、急に態度を変えてはおかしい。周囲に悟られないようにしなければならない。


 こちらも気を付けなければならない。それを寂しく思うなんて馬鹿げている。けれど、俺たちは婚約していないのだと拒絶されているようで、どこか寂しさを感じた。クロディーヌは演じているだけなのに。









「ハンネスはひどいな」

 まさか、これほどとは。


 調査書には、ハンネスの非道ぶりが羅列されている。

 街で平民を蹴り付ける。屋敷のメイドに怪我をさせる。やたら身分が下の者に暴力を振るっている。口止めでもしているのか、これらは表に出ていない。


 女性関係もひどい。貴族でも下位の女性に手を出して、金に物を言わせて私生児がいることを隠滅していた。

 ハンネスの父親はこれに協力しているのだろう。よほど金を積んだと見える。


「これを見せれば、君の父親も納得するだろう」

 さすがにこれだけあれば婚約破棄に進めるだろう。ハンネスの暴挙を知らせられるように、文章だけでなく証言する人も探してある。まずは気になる話があると耳に入れて、反応を待つべきだろうか。


 クロディーヌに知らせれば、証拠を見つけたことに礼を口にしながら、父親にはまだ知らせないでほしいと、待ったをかけられてしまった。


「なぜだ? この証拠だけでは不十分か?」

「いえ、これで破棄できるわ。ありがとう。でも、知らせるだけでは内々で終わってしまう。できるならば、私が婚約破棄をしたという事実を、皆に知ってもらった方がいいと思うの」

「どういうことだ?」

「もう婚約は無理だろうと、世間に思わせたいのよ」

「なにを言って、」

「次の相手を連れてこられても困るのよ。ハンネスに非があることももちろんだけれど、それ以上のこと。そう、たとえば、ハンネスが浮気を堂々と行っていて、私が傷付いて社交界から姿を消した、とか」

「そんなことをすれば、君の立場が!」


 声が大きくなって、クロディーヌが俺の口を手で塞ぐ。温もりに触れて、息を止めそうになった。


「すまない。大声を。クロディーヌ、そこまでしては、君の名誉が傷付いてしまう」

「いいのよ。そうすれば、お父様も次の婚約者を探すのに、時間を掛けると思うの。婚約の話になっても、断りやすくなるしね」

 またおかしな男を婚約者にされたらたまらない。クロディーヌは肩をすくめる。


 だったら、俺が結婚を申し込むのに。


 そう言いたかったが、こちらはこちらで、シャルリーヌと婚約破棄したとしても、すぐにクロディーヌと婚約できるわけではなかった。クロディーヌを娶ると言えば、俺の父親は激怒するだろう。クロディーヌの父親も良い顔はしないはずだ。妹の婚約を破棄して、姉と婚約など、荒唐無稽に聞こえる。


 そうだ。シャルリーヌと婚約破棄ができたとして、クロディーヌとの婚約を望んでも、相手にすらさせてもらえない。

 やはりなにもかも遅いのか。俺とシャルリーヌの婚約破棄ができたとしても、その先が見込めない。


「あと、もう一つ問題が、あるのよ……」

 クロディーヌにしては珍しく言葉を濁す。間を置いて話された言葉に、耳を疑った。


「妊娠?」

「なんとも言えないのだけれど、そんな兆候があって、可能性が高いのではないかしら。と。ただ医者に診せるわけにはいかないから、間違いなく妊娠とは言えないのだけれど」


 しかし、クロディーヌはそうだと思っているようだ。シャルリーヌは吐き気があり、今朝は食事を口にできなかったらしい。今は元気でコンラッドの側にいるが、いつまたつわりのような兆候が出るかわからない。そして本当に妊娠だった場合、どうすればいいのか姉妹にはわからない。


 深刻な問題に直面しているわりに、クロディーヌは悲壮な顔をしていない。半笑いではあったが、怒っている雰囲気もなく、照れるように言った。

 嬉しいのか?


「それは、おめでとう、と言っていいのか?」

「え? ええ。おめでとうなのよ。そうなの。ありがとう! わたし、おばさんになるかもしれないの!」


 クロディーヌは花が咲くように笑った。満面の笑顔に、胸が苦しくなってくるほどだ。久しぶりに見た、無防備な笑顔。心臓に悪い。


「でも、喜んでいられないでしょう。医者に診られたら気付かれてしまうし。でも早めに診てもらわなきゃだし」


 それはそうだろう。もし本当に妊娠したのならば、医者に診てもらい、体を大事にしなければならない。コンラッドと剣の練習などしていいのか? 先ほど出て行って、剣を持って行ったのに。


「体調が悪くなったら、コンラッドが介抱するわ。つわりだったら、吐き気だけ、じゃないのかしら。妊娠したら、つわり以外になにか体調不良ってあるのかしら? わからないのだけれど」

「わからないな」


 二人してわからないと黙り込む。これは、早めに医者に診てもらう必要があった。

 最初は本当に風邪だった。その後も体調が悪かったそうだ。婚約のことで思い悩んでいたため、体調不良になったようだが、しかし最近になって、いつもとは違う体調不良や吐き気を感じたという。それでおかしいと気付いたのはクロディーヌで、妊娠かもしれないという話になった。


 いきなり吐いたりするかもしれないため、体調不良のふりは続行中だ。見舞いと称し、クロディーヌと二人で相談するためだと思っていたが、妊娠とは。


 両親は長引く風邪だと思っているようだが、長引き過ぎているため、医者を変えた方が良いのではと言われているらしい。現状、診てもらっているのは入れ替わったクロディーヌで、医者は不調を見抜けなかった。当然だろう。クロディーヌは健康だ。


 だから今は、気の病ではないか、と言われているとか。


「元気なのに、どうして食欲がないのかって。でも、シャルリーヌの体調が悪いのはメイドたちが見ているからね。お医者様に悪いことしているけれど。本当に妊娠だったら困るから。それで、口の固い医者を見付けたいのだけれど、どなたかいない?」


 医者か。医者はどうにもならない。診られたら妊娠に気付かれる。

 頭の中を巡らせて、黙っていそうな医者を探す。古い知り合いに、それらしき人が思い浮かんだが、引き受けてくれるだろうか。


「知り合いに、恩を持っている医者がいる。言うことを聞いてくれるかもしれない。女性で、出産にも知識のある人が」

「本当!?」

 妊娠をごまかし、病として、騙してくれる人。すぐに確認しなければ。


「しばらく、体調不良を続けてくれ。回復することがないのだから、業を煮やすだろう。その時に別の医者にした方がいいと進言することにしよう。先に医者の確認をする。それらしきことを、メイドがいる前で話そう。医者がやぶではないか、良い医者を知らないか。という話だ」

「わかったわ。ありがとう。相談してよかった」


 なんてことはない。早速医者に連絡を取ろう。医者はなんとかなるはずだ。

 問題は、ハンネスだった。


「私生児か」

 下位貴族の女性で、母親がおらず、継母の元で屋敷から爪弾きにあっていた。


 ハンネスがその女性に近付いた理由はわからないが、優しくして付け込んだという証言があった。傷付いた女性をたぶらかし、あまつ捨てたのか。結局女性は屋敷を追い出されて、一人子供を産んだ。

 ハンネスから援助があるわけない。何度かモーテンセン家の前で、門を開いてくれと訴えに行っている。女性が自分の家を追い出されたのに門前払い。口止めは屋敷の者たちと、その女性の家。だが、女性がその金を受け取った形跡はなく、すでに追い出された後だった。


 訴える余力もないだろう。女性は平民でも貧しい地区で家を借りて子供を養っている。働けるわけがないので、家から金を持っていけたのかもしれない。追い出されているので、持っていた宝石などを売ったのだろう。


「この女性に付け込みたくはないが」

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