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SIDE エヴァリスト

 その話を聞いたのは、友人からだった。


「ハンネス・モーテンセンが婚約したんだと」

「ハンネス・モーテンセン?」


 誰だったか、それは。一度頭の中の記憶を辿り、思い出す。モーテンセン家の長男。学院にいた頃、人当たりがよく面倒見の良い男。という話を耳にしたことがあった。よく教授の手伝いを行なっており、たまに教授に呼ばれて研究室に行けば、教授の代わりに本を取ってくる小間使いのような真似をしていたので、なにやってるんだこいつ? と疑問に思ったものである。すぐに忘れるようなことだったが。


 話すことはなかった、友人たちも同じだ。ただ一人だけ、性格の悪さが滲み出ていると、言っていた気がする。

 人当たりがいいんじゃなかったのか? 疑問を持ったが、そのこともすぐに忘れた。関わりがなかったからだ。

 それが婚約した。そんなこと、別に話すような話ではないのに、友人が話題に出したので、相手が良い女性だったのだろう。友人は婚約者を決めなければならないと言って、誰がいいのかと、よく俺に聞いてきていたからだ。


「狙っていた人を取られたのか?」

「うるさいな。狙っていたわけじゃないが、お前と話しているのを聞いて、面白い女性だと思っただけだ」

「俺と?」


 どの女性のことだろうか。この友人が好きそうな女性。誰がいただろう。考えていると、横で別の友人が、尻に敷かれたかったのか? と言ってきた。尻に敷くような女性? ふと思い浮かぶ人がいた。


「エヴァリストと仲がいいんだろ? ベルティエ家の娘だよ」

「ベルティエ家……。妹の方か?」

 そんなまさか。心がざわめくのがわかる。


 父親が、ベルティエ家の娘との縁談を考えていると、執務室で話していたのを聞いている。すべてを聞いたわけではないが、俺と仲が良いのはクロディーヌの方だった。妹のシャルリーヌとはほとんど話したことがない。その頃は剣を手にした時に怪我をして、外で遊ぶことを禁じられていたのだ。


 父親同士が親しいこともあり、幼い頃は屋敷をよく行き来するほどで、ベルティエ家の領土にしばらく滞在していたこともある。

 その頃の俺は言われた学びを終えたら外で遊ぶのが常で、剣や馬などの練習といたずらに明け暮れていた。勉強はしていたが俺にとって勉強はやればできることで、時間をかけて行うものではなかった。だから、屋敷で大人しくしているシャルリーヌと、クロディーヌのように話すことが少なかったのだ。


 ベルティエ家の娘との縁談と言っているのを聞いて、てっきりクロディーヌだと思っていたのに、クロディーヌが別の男と婚約した?


「エヴァリスト。お前は妹の方が尻に敷くと思っているのか? 姉の方に決まっているだろ。狩猟大会で女に囲まれていた、あのクロディーヌ令嬢だ」

「嘘だろう?」

「本当だって。ハンネスの父親がうちの父親と話しているのを聞いたんだ。いい縁談だってな。本当は妹の方が良かったらしいが、妹は予約があったんだと。だから難しかったらしい。だったら俺にくれっていう。うちの姉がベルティエ家の姉の方はかなり良い女性だからってやたら勧めてきたから、その気になってたのに」


 今の話を聞いてこいつを殴りたくなったが、クロディーヌがハンネスと婚約したのは間違いなさそうだった。

 そんなバカなこと。

 クロディーヌにパーティで再会した時、彼女はなにも言っていなかった。狩猟大会で会った時もだ。あの時はどちらが多く獲物を獲れるか競っていて、婚約のことなど話題に出なかったが、彼女ならば婚約の話を俺にしてきそうなものだった。


 クロディーヌは、自分と婚約するのだとばかり思っていた。父親の婚約話のこともあったし、自分がクロディーヌに気があるのと同じく、クロディーヌもまた自分に気があると思っていたからだ。

 だから、こちらが行動を起こさなくても、勝手に婚約になるのだと思い込んでいた。


 それが、ハンネス・モーテンセンと婚約だと? 

 後悔してももう遅い。クロディーヌの婚約は決まり、すでに屋敷に訪れるハンネスの噂も耳に入ってきていた。

 ショックで立ち直れない。そんな中、さらに追い打ちをかけられた。


「お前の婚約相手が決まった」

 父親に書斎に呼び出されて告げられた言葉に、遅すぎる決定に眉を傾げそうになった。


 一体誰と。クロディーヌが婚約破棄をしたのか? 破棄にならないかと祈っていたなんて、クロディーヌには言えない。だが、どうにかそこにねじ込めないか、考えながらも方法がなく、途方に暮れていた。


 破棄してくれれば、立候補するのに。

 しかし、そんな都合の良い話など、あるわけがなかったのだ。


「相手はベルティエ家の娘。妹のシャルリーヌだ」

「シャルリーヌ、ですか?」

「そうだ。よい相手だろう。姉のように剣を振るったりしない」


 足元が崩れるような気がした。まさか、妹の方との婚約とは。

 父親がクロディーヌをよく思っていないとは知らなかった。幼い頃共に遊んでいたことを、咎められたことはない。


 彼女を嫌悪していたのか。いつから? 狩猟大会で目立ったからか? 剣を持つ女性は今では珍しくない。貴族の令嬢でもいるにはいる。しかし父親はそういった女性をあまり好まないのだと、この時初めて知った。


 ここで言いたくなる。シャルリーヌは剣を持つ女性だと。クロディーヌと入れ替わって剣を習っていると、パーティの時に聞いた。お互い入れ替えているから、今ではどちらも剣も刺繍も得意なのだと。

 言ってやろうか。しかし言ってどうする。クロディーヌはもう婚約している。そしてシャルリーヌの話を俺にしたのだから、ベルティエ家と話は終わっているのだ。ここで姉の方がいいと言っても、ベルティエ家が頷くわけがない。それどころか約束を反故にしたとして、クロディーヌとの婚約どころではなくなってしまう。


 どうして、もっと早く、自分がクロディーヌとの婚約を望まなかったのか。彼女を他の男に取られて、妹との婚約を勧められて焦るなど。勘違いをして、すぐにクロディーヌと婚約できると、高を括っていたからだ。

 しかも、父親は初めから妹の方を婚約者にと望んでいた。それにも気付かなかった、愚かな自分に呆れる。


「クロディーヌの婚約で気落ちしていたのに、シャルリーヌと婚約とは」

 予約していたのは自分の父親だったのだ。








「待っていたよ」

 ベルティエ家に訪れれば、喜んで迎えてくれた。姉妹ではない。両親の方だ。姉妹はその後ろで、居心地悪そうに黙って視線を地面に向けている。


 クロディーヌとシャルリーヌ。普通の挨拶であればクロディーヌが次になるわけだが、シャルリーヌが婚約者なため、近くにいるのはシャルリーヌだった。

 二人比べてもどちらかわからないほど似ている。黙っていれば区別がつかないだろう。けれど俺には見分けがついた。クロディーヌの方が目に力がある。見目は同じなのだが、その勘は外れることはなかった。目を見ればどちらか判別がつくのだが、クロディーヌと目が合うことはなかった。


「我が家同士、縁があるからな」

「この縁を結び続けるためにも」


 盛り上がっているのは両親たちだけで、本人たちは葬式のように静まっていた。

 シャルリーヌと目が合っても、ちらりとクロディーヌを見やるだけ。シャルリーヌも婚約を望んでいないことが明らかだった。

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