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SIDE シャルリーヌ2

『お前、弁えろよ。お嬢様たちと仲良いからって、お前は平民だったんだから』


 騎士団の仲間たちが、コンラッドに注意しているのを見て、怒って飛び出しそうになった。

 けれどコンラッドが私に気付いて、出てこないようにと目配せしてくる。


 身分の差。それがなんだと言うの。

 私はコンラッドが好きなのに、身分と言われては。自分の気持ちを否定されている気がしてくる。


「どうしました? 今日は剣の気分ではないですか?」

「ううん。ちょっと思い出したことがあって」

「思い出したこと?」

「そう、そうなの。お姉様の、婚約者のこと」

「ああ、あの男はまあ、お嬢様は荒れてましたね。俺もあの男に会いましたけれど、あれはないです」


 コンラッドは剣を構えながら、私にも構えるように促す。誰かが見ていても、私がお姉様であると見えるようにしなければならないからだ。軽く打ち合って、続きを話す。


「俺たちを見下しているのがよくわかります。特に俺は元は平民ですから、当たり前に足蹴にしてきますよ」

「なんですって!?」

「お嬢様!?」

「抗議してくるわ!」


 許せない。コンラッドを足蹴にした? そんなこと、許すわけがない。

 私は剣を持ったまま踵を返そうとした。


「お嬢様! 事実ですから」

「だからって、あなたは大切な人よ! あんな男こそ。価値などないわ!」


 私はきっぱりと言いやる。コンラッドの足元にも呼ばない。あんな男に、どうしてコンラッドが卑下されなければならないのか。怒りで頭が熱くなって、めまいがしそうだ。

 けれどコンラッドが困惑したような、顔がほてったかのように赤くなるのを見て、はたと気付いた。


「お嬢様、今、なんて……」


 問われてこちらも顔が熱くなってくる。今言ってしまった言葉は、もうごまかせない。コンラッドはしっかり聞いただろう。


「た、大切な人よ。とても。私にとって、コンラッドは、他の代わりのない、大切で、大好きな人よ!」


 言うならばはっきり伝えたい。私はいつも思っていることを吐き出す。もっとかわいらしい格好で、おしゃれな格好で言えればよかったが、ドレスよりもパンツ姿の方が私らしかった。


 コンラッドを見上げれば、その顔は見たことがないほど真っ赤になっていた。

 それをかわいいと思ってしまうのは、嫌がっていないとわかったからだろうか。


「大切な人よ。とても」

 私はもう一度口にする。コンラッドが逃げないように近付いて。


 それを意図したわけではない。はっきり口にして、自分の思いを告げなければ、冗談にされてしまうのではと不安だったからだ。

 嘘なんて言わない。大好きなんて、他の人には言わない。それを知ってほしい。


 コンラッドは真っ赤になりながらも、私の顔をじっと見つめた。まるで私の目に吸い込まれるように。

 お互いに黙って見つめあった時間は、一瞬だったかもしれない。

 気付いた時にはまぶたを閉じていた。


 私たちはその日初めて、キスをしたのだ。







「え、キス?」

「しちゃったの! きゃーっ!」


 私はお姉様のベッドに潜り込んで、ばたばたと悶えて転がる。毛布を握って包まって、足だけばたつかせて顔を隠した。恥ずかしいけれど、お姉様には聞いてほしい。自分でそっと唇をなぞって、もう一度足をばたつかせる。

 お姉様は暴れる私の頭をそっとなでてくれた。なでてくれた後に、勢い任せに私の上に乗り掛かってきた。


「く、苦しいっ」

「顔を見せなさいよ。そのキスした顔を。見せないと、私がキスするわよー」

「きゃーっ! やめてー! 間接キスになっちゃう!」

「なんでそうなるのよ」


 お姉様は笑いながら私のくしゃくしゃの髪の毛をとかすようになでる。その優しさに、泣きそうになった。


「でも、お父様は絶対に許さないわ」

「シャルリーヌ……」


 コンラッドは子供の頃、昔の騎士団の団長に剣を教えてもらい、頭角を表した。腕があると言われて騎士にはなれたが、平民出身の騎士。お父様が私との結婚など許すわけがない。


「いざとなったら、駆け落ちって手もあるけど」

「え!?」

 私は勢いよく起き上がる。駆け落ち。そんなこと、考えたこともなかった。


「ただ、あいつにその甲斐性があるかわからないわよ」

「そう、よね」

 私が駆け落ちしたいと言っても、コンラッドが一緒に行ってくれるかなんてわからない。


「あなたと逃げて、暮らしていこうという意思があって、あなたも平民の生活に文句を言わず、生活しないといけない。食事の用意や、掃除や、働くこともしなきゃいけない。できるの?」

「するわ!」

「できるって言わないのがシャルよね」

「やってみないとわからないもの」

「そうね。問題は、あいつにその意思があるかよね」

「ううっ」


 お姉様の言葉に、私はまた毛布にくるまる。


 いじわるなんかじゃない。お姉様は私のことを心配してくれているから、現実を教えてくれるだけ。そこから、どうすればいいのか、考えることはできるって、私に教えてくれている。


 コンラッドと駆け落ちできたら、私は貴族の生活を捨てて平民になる。

 できるの? と問われれば、するとしか言えない。やってみないとわからないし、やってみてできないこともあるかもしれない。でも選んだのならば、できなくても私はそれをやらなければならない。それくらいの覚悟があるのか? あると言いたいが、コンラッドがそんなお荷物を欲しがるとは思えない。


 好きだけじゃどうにもならないことがあるってこと、お姉様も同じ気持ちなのだろう。

 好きだけじゃ、どうにもならない。でも、なんとかしたい。

 両想いだとわかっても、それから先に進めるのか、先ってどこなのか、私にはわからなかった。

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