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SIDE シャルリーヌ

「刺繍くらいできるんだろうな?」

「は?」


 クロディーヌお姉様の婚約者は、聞いていた以上に最悪だった。


「剣ばかり練習か? 刺繍はしないのか? 剣なんて持たないで、おとなしく座る練習をした方がいいんじゃないか?」

 私が一緒にいるのに、その性格を隠しもしない。初めてこの暴言を聞いた時は、開いた口が塞がらなかった。

 今も私は口を開けたまま、お姉様との攻防を呆気に取られながら聞いている。


「剣の腕がないからって、卑屈にならないでほしいわ」

 お姉様が勝利した。二の句が継げないと、ハンネスは悔しそうに口を閉じる。

 しかし、それでもなんとか言いたいと、こちらを視線に入れて、驚くことを言ってきた。


「ああ、君が婚約者ならば、こんな心配はしないのですがね」

 気持ち悪い!!


「なんて男なの! お姉様! どうにかしましょう! あんなのが義兄になるなんて、私だって嫌よ!」

 私は立ち上がる。お姉様は紅茶を飲みながら、あの程度はまだまだよ。などとため息混じりだ。あれで、あの程度だと言われて、私は目が回りそうになる。


 婚約だけであの態度。結婚などしたら、お姉様はどうなるのだろう。

 ゾッと寒気がした。お姉様が虐げられる未来しか想像できない。







「お姉様が不憫すぎるわ」


 なんであんな男を選んだりするのか。私もお父様にそう言ってやりたかったが、お父様は私たち姉妹とあまり会話をしない。自由にさせてくれるし、基本的には好きなことをやらせてくれる。関わりを好まないと言うべきか、放任と言うべきか、意見を尊重してくれていると思っておこう。

 その代わり、お母様はなにかと口うるさく言ってくる。お父様が私たちにあまりなにも言わないせいだろうか。


「無関心とは違うわよね。剣の練習はごくたまに注意はしてきたし。女の子二人の相手ができないって感じかしら。女全員強いものねえ」


 私はおとなしい性格だと言われがちだが、くじけにくいので弱いわけではない。むしろ強気だ。お姉様のようにぽんぽん言い返せる頭はないため、後から、なんで言い返せなかったの! と思うことは多い。けれど、言い返すだけの勇気はある。


 だからこの間、あのハンネスに、剣が強い男性は素敵ですもの。と言ってやった。あの時の顔。お姉様にも見せてやりたかった。ちょうどいなかったのが残念でならない。


「今日はシャルリーヌ様ですか」

 パンツ姿で剣を持ってコンラッドのところに行けば、コンラッドは笑って迎えてくれた。お姉様と話す時に比べて、ほんの少しだが態度が遠慮がちだ。お姉様が相手の時、コンラッドは遠慮がなかった。

 それを残念に思いながら、はああ、とわざとらしくため息をつく。


「すぐに気付いちゃうのね。つまらないわ」

「わかりますよ。他の誰もが気付かなくても」

「どうして?」

「そ、それは、シャルリーヌ様の方が、実はやんちゃだからですかね」


 そんなことで気付かれてしまうのか。どこがやんちゃに見えるのだろう。服装がおかしいだろうか。いや、これはお姉様と同じ服で、お姉様と一緒に同じ服を使い回して着ている。今日は私が剣の練習。お姉様は静かに私の部屋で刺繍をしていた。私が作っている刺繍にお姉様が針を入れるのだ。それでも作り終えた物に違和感などない。


 私たちは二人で一人のようなもので、お互い同じことができる。

 それなのに、コンラッドに気付かれてしまう。

 私たちが気付かない、私たちのくせでもあるのだろうか。


「どこか、変なところがある?」

「いえ、クロディーヌ様と変わりないですよ」


 それなのにコンラッドにはわかるなにかがあるらしい。付き合いが長いおかげですかね。と言うので、次こそは騙せるようにしたいと私は意気込む。たまにはお姉様を相手にするように気軽に冗談を言ってほしいのに、それがなかなか叶わない。


 コンラッドにはすぐに気付かれてしまうが、私たちは時折こうやって、お互いを入れ替えて遊んでいる。

 幼い頃、内緒でお互いを入れ替えた時、いったい誰が気付くだろう。というゲームを始めたのがきっかけだった。気付かれた方がおやつを譲る。そんな、単純なゲーム。


 しかし、このゲームは、意外と誰も気付くことはなかった。コンラッド以外。

 それくらい、私たちは似ている。普段、私が刺繍ばかりしていて、お姉様が剣の練習ばかりだと思われているが、実際は半々くらい。私も体を動かすのが好きで、お姉様も刺繍が好きだった。


 けれど、私が幼い頃剣で怪我をしてから、お母様が剣に触れるのを嫌がったのだ。お姉様はそんな私を見て、ゲームを思いついたのだと思う。

 それから、ずっと入れ替えることをしてきた。


 お姉様が損をすると言っても、お姉様は笑って、交換を望んだ。

 シャルリーヌの方が、剣の腕があるのよね。と言いながら。

 でもきっと、私の想いに気付いているんだわ。


「お嬢様?」

 コンラッドは私たちが一人でいる時、私たちを名前で呼ばない。交換している時に間違えて呼んだら困るからだ。声をかけて逆だったら、交換しているのが他の人にも気付かれてしまう。


「今は、名前で呼んでほしいわ」

「え、」

「だって、誰もいないし」

「しゃ、シャルリーヌ様」

「うん。コンラッド」


 名前を呼ばれるだけでうれしくて舞い上がりそうになる。コンラッドは変に思ったかもしれないが、少しは意識してほしい。お姉様が好きなのかと思う時もあって、直接聞いたことがある。コンラッドは驚いて、全否定した。それで安堵したが、だったら私にも軽口をきいてほしいのに。


 お姉様が婚約者で苦しんでいるように、私も好きな人で苦しんでいる。

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