SIDE エヴァリスト6
「結婚は先になる」
「わかっています。シャルリーヌの病は良くなっていますが、これでまた体調を崩さなければいいんですが」
わざとらしくそんな話をして、結婚式の日取りが延びたことに頷いた。
話はそれだけだったと、俺は部屋を出る。メイドがお茶を運んできていたが、俺はシャルリーヌの部屋へ行くからと、お茶は断った。
「シャルリーヌ様でしたら、先ほど庭園にいらっしゃっていました」
メイドに言われて庭園に向かう。
メイドはクロディーヌに気付いていない。両親ですら気付いていないのだから、誰も気付いていないはずだ。
成功した。大丈夫だ。心の中でそう思いながら、けれど、二度とクロディーヌの名前を外で口にすることはないのだと思うと、それが無性に虚しく、悲しみを覚えた。
それでも、これしかなかったのだと、思うしかない。
「シャルリーヌ」
庭園を歩いていたクロディーヌに声をかける。クロディーヌは緩やかに微笑んだ。
クロディーヌの時の笑いとは違う、おとなしめで、遠慮がちな笑顔。誰も周りにはいないと言えば、俺に寄り添って頭を預けてきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。元気だもの」
心は元気ではないだろう。ベルティエ家の母親が一時期体調を崩して倒れていた。俺が一番危惧していたことだ。嘘で両親が心を痛めた時、クロディーヌの心は耐えられるのか。それで真実を口にするほどクロディーヌは弱くはないが、それでクロディーヌが苦しむのではないか。苦しむのはわかっているが、それ以上に病んだりしないのか心配だった。
クロディーヌは浅く微笑む。
「結婚式は延期だそうだ」
「ええ。聞いている」
クロディーヌが死んでしまったが、シャルリーヌの花嫁姿を早く見たいと言う父親と、まだ娘を手放したくないと言う母親の意見の食い違いがあったそうだ。結局、母親の意見に従うことにした。クロディーヌはなんの意見も言わなかった。俺もそれにならい、彼らの好きにするように頷いた。
この結婚について、シャルリーヌと俺は望んだものではないということを、改めて思い出すのだ。
クロディーヌが死んだ今、シャルリーヌが結婚を早めたいと思うことはない。シャルリーヌはコンラッドが好きだった。そのコンラッドが姉と死んだのだ。だから、シャルリーヌは早く結婚したいなど言わない。二人の死を悼み、できるならばこのまま結婚したくないと言うだろう。
周りはそう思っている。だから、焦らず、両親の言うことを黙って聞いて待つのだ。
それでも結婚式は葬式から一年も経たずに行われた。これ以上延ばしては、俺の父親がうるさいからだろう。
それでもいい。クロディーヌの花嫁姿に、涙しそうになった。
「綺麗だ」
クロディーヌははにかんで、そして涙した。
俺は、この日をどれだけ待ち侘びていただろう。
クロディーヌとの婚約を望んで、反対されても強固に父親を説得すれば、婚約はできただろうか。自分で行動を起こさなかったせいで、こんな回りくどいことになってしまったのだろうか。
「今さら、言っても、だわ」
クロディーヌは言う。
「それに、シャルリーヌとコンラッドが結婚することはなかったわ」
結局、あの二人は家を出ていた。
「私がエヴァの相手になることはないと言われているのも、知っているわ」
「それは、」
俺の父親がクロディーヌとの結婚を望んでいなかった。剣を持つのを好むような女性とは結婚させられない。そんなことを、シャルリーヌと婚約してからはっきりと言われた。だが、剣を持つのを好むのはシャルリーヌも同じ。むしろ、シャルリーヌの方が好んでいるかもしれない。コンラッドと一緒にいたいがためというのもあっただろうが、コンラッドもシャルリーヌの腕はたしかだと口にしていた。
二人とも剣を持つ女性だと知ったら、父親はどうしただろうか。
「私たちの幼い頃からの偽りが、この結果を生んだのかしら。そこから遡れば、ここまで拗れることはなかったかしら?」
そんなことを言ったら、クロディーヌもシャルリーヌも俺の婚約相手とならなかっただろうと口にする。
だから、今さらそんなことを言っても、なんの意味もないとクロディーヌは笑った。こんな話をするだけ無駄だった。
「私たちは晴れて一緒になれた。あの二人も、きっと幸せになれるわ」
シャルリーヌとコンラッドがどうしているかはわからなかったが、彼らも幸福であることを祈るしかない。
子供も生まれているだろう。落ち着くまで時間が掛かるだろうが、
「落ち着いたらきっと」
「なあに?」
「いや、その時に言うよ」
俺は詳しくは口にせず、クロディーヌの唇に口付ける。
二人でいる時しか、名前は呼べない。だから、言えるだけ口にするのだ。
「クロディーヌ。愛している」
「私もよ、エヴァ」
どうか、二人も幸せであることを。