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SIDE クロディーヌ3

「シャルリーヌ様! 大変です!」

「どうかしたの?」


 メイドのアビーがシャルリーヌの部屋に飛び込んできた。

 私はその焦燥に首を傾げるだけ。なにかあったのか私が聞けば、アビーは落ち着いてくださいと言いながら、なんと私に告げようか迷うように息を整えた。


「馬車が。クロディーヌ様の乗った馬車が!」

 考えていたより、見つかるのが早かった。


 屋敷の中は大騒ぎで、私が現れると、はたと沈黙する。皆が私から視線を逸らすようにうつむいた。

 クロディーヌは無事なのよ。私はここにいるの。コンラッドも元気だわ。シャルリーヌがいないのよ。シャルリーヌはコンラッドと一緒で、体に気を遣いながら馬に乗っているはずだわ。だから、安心して。


 口にできないことを思い。そして彼らに詫びた。心配されることは、私たちへの罰のようだった。

 彼らの優しさを裏切り、真実を伝えられない。私たちは永遠に、私たちの嘘を突き通さなければならない。彼らがどれだけ悲しみ、憂えても。


「エヴァリスト様を、エヴァリスト様を呼び戻して。エヴァリスト様にお伝えしなければ!」

 アビーは私がエヴァリストを好きなことを知っている。シャルリーヌも知っていると、アビーはわかっている。シャルリーヌならば、私のためにエヴァリストを呼び戻すだろう。その通りと、アビーは疑いもせずに、エヴァリストを呼び戻すように急いで伝えを出した。


「私も行くわ!」

「シャルリーヌ様、病み上がりですから」

「だって、だって! お姉様が、コンラッドが!」


 時間を稼ぐためなら、なんだってするわ。

 私はアビーにしがみつき、自分も現場に行くのだと駄々をこねた。


 アビーたちは私に屋敷で待つように説得した。泣きそうな顔をしながら、私は首を振って屋敷の外へ走り出す。説得はできないと、私を乗せた馬車が屋敷を出発した。

 馬車は私のために、シャルリーヌの体を思ってゆっくり進んでいく。細い道を通ることもあり、御者もここで無理はしない。


 私は祈る。どうか、逃げ切ってくれるように。


「シャルリーヌ様、着きました」

 崖の上から、私はゆっくりと下を覗いた。アビーが私をしっかり掴んで、転げ落ちないように支えている。

 馬車は遠く下の方で、横倒しになっていた。馬は即死したのか、身動き一つしていない。


 私に触れているアビーの手が震えている。あの馬車にシャルリーヌとコンラッドがいないとわかっていても、馬車が崖下で転がっているのを見るのに、恐怖を感じた。あそこにシャルリーヌとコンラッドがいないと知りながら、まさか中にいないわよね。と不安にかられる。


「しゃ、シャルリーヌ様」

「お姉様、コンラッド!」


 私は叫び、うずくまった。アビーが泣いているのがわかる。

 私たちは、自分たちのためだけに、皆を騙すのだ。








「シャルリーヌ!」

「エヴァリスト様……」

「二人にしてくれ」


 エヴァリストが部屋に入ってくると、すぐに人払いをした。

 人が遠ざかったのを見計らって、エヴァリストが私をきつく抱きしめる。


「大丈夫だ。馬はいなくなっていた。逃げ切れるだろう」

「ええ、大丈夫よね」

「大丈夫。大丈夫だ」


 私たちは何度も大丈夫だと言いあった。大丈夫。ちゃんと逃げられた。誰にも気付かれていない。

 彼らは逃亡に成功し、私たちは入れ替わることができたのだ。


 両親にすぐに連絡すれば、返事が戻る前に彼らが領地にやってきた。


「どういうことなの! 馬車が落ちたって!」

 お母様は泣き腫らした顔をしていた。お父様ですら目元が赤く、ずっと眉をしかめて泣くのを我慢しているように見えた。


「引き上げるのは無理だということです」

「ああ、なんてこと!」

「お母様!」


 お母様はふらついて、気を失いそうだった。

 シャルリーヌはもういない。私に扮したシャルリーヌは戻ってこない。お母様に言えたら良いと考えるのもおこがましい。


 エヴァリストがお父様に説明をする。コンラッドが悪者にされ、お父様が怒りを吐き出したのを見て、なんとも言えない気持ちになった。

 両親の心配や悲しみ、怒りを、私は受け止めなければならない。


「大きな嘘をついたわ」

「そうだな。けれど、まだつき続けなきゃならない」

「私は大丈夫よ。気付かれたりしない。安全なところにいるもの。でも、あの子たちは。無事、到着できたかしら」


 エヴァリストの祖母の出身地は遠い。まだ到着していないことがわかっているのに、そんなことを口にしてしまって、私は胸が苦しくなってくる。シャルリーヌが心配でならない。早く辿り着いて、落ち着いて生活ができればいいのに。

 冬でないことだけは安心か。妊婦の冬の旅など無謀だ。もう夏になるが、子供が生まれて落ち着く頃には冬で、寒さで苦しまないだろうか。


「協力者もいる。様子を伝えるのは難しいが、きっと大丈夫だ」

「ええ。そうね」


 エヴァリストのおかげで、協力してくれる人もいる。二人が住む場所を提供してくれた人だ。慣れない生活を手伝ってくれる。だから大丈夫。私たちは、そう祈るしかなかった。








 自分の葬式を見るのは、不思議な気持ちだった。

 泣き崩れる両親。申し訳なさで、泣きたくなる。二人を心配しすぎて、涙を流す夜もあった。それで疲労しているのか、私の顔はきっと見られたものではないだろう。けれど、今は涙は出なかった。


「気丈にされているわ。病で療養に行ったからなのに」

「しっ。なんて事言うのよ」

 そんな声を、ぼんやり聞いている。


 隣でエヴァリストが私の手を握りしめた。

 見上げたエヴァリストは神妙な面持ちをして、クロディーヌが入っていない棺桶を見つめる。

 棺桶はお墓に入れられて、土をかけられた。遺体は入っていない、なにもない、私のお墓。


 お墓にしがみつくように、お母様が泣いていた。それをお父様が立つように促して、屋敷に戻っていく。

 お父様、お母様、ごめんなさい。ごめんなさい。


 私たちは、この罪を、一生背負ってくいくのだ。

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― 新着の感想 ―
そうなんだろうなぁと思ってはいても当事者の心情を知るとまたこう別の気持ちが湧きますね…。そうするしかないことはわかっていても、それでもそれでいいのか…?とね。
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