SIDE シャルリーヌ4
エヴァリスト様が帰る支度をする。見送った後、私たちが出発するのだ。
「お姉様!」
「気を付けて行くのよ。元気な子供を産んでね。二人とも、元気でいるのよ。必ず、会える日が来るから」
「うん。うん!」
私はお姉様を抱きしめる。お姉様も私をキツく抱きしめた。お腹に悪いわね、と離れた温度が、寂しくて堪らなかった。
お姉様も同じだと、離れながらも手をずっと握ってくる。この手を離したくなかった。けれど、私たちは離れることを決めたのだ。
エヴァリスト様を見送るために部屋を出ようとすると、外でエヴァリスト様がコンラッドと二人で話をしていた。なんと声をかけているのだろう。
「では、また。近いうちに会いにくるよ」
その言葉は私にではなく、お姉様に向けたものだ。私はすでにお姉様のふりをしている。お姉様は私のふりをして、エヴァリスト様を見送った。
「コンラッド、出かけるわよ」
「またですか? シャルリーヌ様、なんとか言ってくださいよ」
コンラッドがお姉様に話しかけた。他の者たちはエヴァリスト様を見送って屋敷に戻ろうとしていた。お姉様も戻ろうとしていたが、コンラッドに声をかけられて、戻ってくる。そこで私たちは三人になった。
お姉様はコンラッドを睨み付ける。コンラッドが真顔でそれを受け止めた。
「あなたも、無理はしないようにしなさいよ」
「お嬢様……」
きつい言葉を言われると身構えていたのか、コンラッドが肩の力を抜いて泣きそうな顔をした。情けない顔をするんじゃないわよ。とやっぱり叱られて、背筋を伸ばす。
「どうか、元気で」
「お姉様も」
お姉様が泣きそうな顔をする。涙を溜めていたが、泣かないように我慢しているのがわかった。
周りに人はいないが、いつ誰か来るかわからない。私は馬車に乗り、コンラッドは馬を操るために手綱を引いた。
長くいれば怪しまれる。いつまでもお姉様を見ていたかったけれど、ここで失敗してはすべてが水の泡だと、馬車の中でもお姉様を見つめるのはやめた。
「行きますよ」
コンラッドの声がして、私はぎゅっと泣くのを我慢した。門を出る時に門兵に顔を見られるかもしれない。私は今、お姉様なのだ。
「お出掛けですか?」
「シャルリーヌに買いたい物があるのよ」
「気を付けて行ってらっしゃいませ」
「ありがと」
門兵は私と気付かず、馬車を通す。
コンラッドも門兵と軽口をきいて、ゆっくりと馬車を動かした。
焦っているのは私の心の中だけか。コンラッドは口笛なんて吹いている。はやる気持ちを抑えていられるコンラッドが頼もしかった。コンラッドの口笛で、私は心が落ち着いていくのがわかった。
「シャルリーヌ様、離れていてください」
コンラッドが馬をムチで叩き付けた。驚いた馬が駆け出して、一気に飛び出す。
その軌跡を、私は見ていられなかった。馬のいななきが聞こえたが、遠のいていった。時間差で、崖下から大きな音と、ガラガラ崩れる音がする。
馬車が落ちて行く。崖下に。もう、後戻りはできない。
「行きましょう」
コンラッドが手を伸ばしてきた。私はそれを握って、コンラッドと頷きあう。
誰も通らない、獣道を進んでいく。コンラッドは何度も道を確かめたという。早くこの場所を離れなければならない。山の中に入り、道から見えなくなって少し行ったところに、馬が繋がれていた。
これで逃げるのだ。私が身重だから、それほど早く走ることはできない。無理はせずに、けれどできるだけ早く、この場を去る。
「計画性がなかったですよね」
「え? こんなにちゃんと計画したのに? なにか不備でもあるの??」
もう失敗でもしたのか? 焦る心に、コンラッドは申し訳なさそうな声を出す。
「もっと早く決断して、シャルリーヌ様に無理させない状態で出られればよかった」
「あは」
ふと、妊娠していなければ、あの家を出たかっただろうか? そんな疑問が浮かぶ。けれどすぐに首を振った。私たちは遅かれ早かれ、あの家を出ていただろう。エヴァリスト様と結婚なんて考えられない。エヴァリスト様だって私なんてお断りだろうけれど、コンラッドと結婚できない未来しかないのならば、私たちは家を出るしかないのだ。
「さっき、エヴァリスト様となにを話していたの?」
「気を付けて行けよと言われただけです。握手をして、肩を叩かれて」
男同士、なにか会話を交わすこともないと言いながら、コンラッドはなんの礼もできないことを詫びたと言う。エヴァリスト様は、見つからずに逃げ切ってくれることが礼だと言ったそうだ。
「そっか」
「あの、お嬢様?」
「なあに?」
「いえ、後で、安全なところに着いたら、」
コンラッドも不安なのだろうか。不安に違いない。
私は手綱を持つコンラッドの腕に手を添えた。
「ね、もう敬語使ってたら変よ。お嬢様って言ってるの、誰かに聞かれたらどうするの。前に練習したじゃない。二人でいる時は」
コンラッドを見上げれば、はっと気付いたような表情をしてから、なにかを噛み締めるように、顔を歪めた。
「シャル……」
「そうよ。これからは二人で一緒に、協力しあって生きていくんだから」
私たちは前を向く。
私たちが行く場所。向かう先。
それをどこにするのか、私たちは決めたのだ。