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SIDE コンラッド4

 俺が騎士になるにも、騎士団長の相当な説得が必要だった。平民で騎士になるなんてとんでもない。当初、旦那様の反対は激しいものだった。平民で両親がおらず、馬番として働いていたのに、剣の腕があるからといって騎士になるのはあり得ないとまで言われていた。


 それでも騎士になれたのは、騎士団長の説得もそうだが、領地で俺がこの腕を使い、功績を得たからでもある。

 俺は領地に現れた盗賊を、一人でのしたことがあった。まだ子供だった時に大人を六人倒した。もちろん剣で戦ったわけではなく、森の中で一人ずつあらゆる手で倒したのだが、それのおかげで騎士団の末端として働かせてもらった。騎士ではなく、見習いだ。ほとんど小間使いだが、剣を持って練習に混ぜてもらえるようになった。


 その後、シャルリーヌ様とクロディーヌ様をその盗賊たちが狙った。俺は恨まれていたため、俺と一緒に狙われたわけだが、剣を持っていた俺が逃げることはなかった。

 大怪我をして、シャルリーヌ様には泣かれたけれど、それらを一網打尽にできて、娘二人を助けたという功績で騎士になれたのだ。


 そんなことがなければ、許されたりしない。そこにシャルリーヌ様とクロディーヌ様の推挙があったことも後押しになった。


 シャルリーヌ様の子供の父親が俺だと分かれば、旦那様は俺を処刑するだろう。

 ならば、この手しかないのかもしれない。多くの恩を仇で返すことになるが、もうシャルリーヌ様と離れることなど考えられない。


 計画を考えなければ。四人で計画して行動に移さなければならない。

 俺と、シャルリーヌ様扮するクロディーヌ様が出掛けて、どこかで死ぬ。死体が確認できない場所で。

 そしてクロディーヌ様はシャルリーヌ様に扮して、エヴァリスト様と結婚する。


 俺たちが死んだふりをするならば、街では無理だ。死体が確認できない場所と言えば、思い当たるところがある。領地にある道だ。


「領地へ、行く必要があります」

「そうよ。ただ今、つわりで吐いてばかりでしょ。現状は動けないわ。でも、お腹が出てきたら、隠すのは難しくなる。だから、安定期に入って、馬車に乗れるようになったら、すぐに領地に戻るの。それまで体調が悪いのだから、療養と称すれば問題ないと思うわ。でも、逃亡だけ考えていても駄目よ。逃げた後のことも決めておかなきゃ」


 逃げる場所。それから住む場所。二人で生きていく場所。それを決めなければならない。綿密に。気付かれることなく。

 そこで生きていく仕事も必要だ。逃げるだけで終わりではない。


「逃げる場所など、あるのでしょうか」

「少し遠くなるけれど、場所はエヴァの領地よ。ごまかしが効くからね。家も用意してくれるわ。そこで子供を産んで、あなたは仕事を探さなきゃいけない。仕事は自分で見付ける必要がある。もちろん援助はするわ。どうする?」

「……考えさせてください」


 すぐには返事ができなかった。

 俺は平民で、どこでも生活できる。それなりにできることは増えているし、野宿が続いても問題ない。

 だが、シャルリーヌ様は?


 身重で、貴族の令嬢で、大切に育てられたお嬢様を、そんな危険な旅に連れていけるのか? 体調が悪くなったら? お腹の子供になにかあったら?

 考えるだけで震えてくる。


 俺の決断は正しいのか? また考えて、振り出しに戻る。

 ならば、他に手があるのか?

 本当に、俺が決めていいのか?








 木からベランダに足をかけて、隣の部屋のベランダに入り込む。窓は閉まっていたので、コツン、と一度だけノックした。

 部屋の中は暗い。もう眠っているだろう。けれど、かちりと窓が開いた。


「シャルリーヌ様」

「コンラッド。どうやって」

「木から登ってきただけです」

「なんて危険なことを」

「本当にいいんですか?」


 主語を言わずそう問うと、シャルリーヌ様は俺を招き入れる手を止めて、俺を見つめた。


「嫌だと思うの?」

 思っていない。あなたならば行きたいと言うだろう。けれど、本当にそれでいいのか、俺は自信を持って一緒に行こうとは言えない。


「覚悟しているわ」

 なにを言わず、シャルリーヌ様がきっぱりと言い放った。


「だって、私たちが出ていけば、あの二人も幸せになれるのよ?」

「そうかもしれませんが」

「なにを恐れているの。上手くいけば、四人が幸せになれるのよ」


 シャルリーヌ様は俺を瞬きもせず見つめる。

 恐れていることなんて、たくさんありすぎて、なにから話せばいいのかわからない。

 受け入れる覚悟も責任も、俺は持てるけれど、でも、あなたの体のことや、心のこと、考えれば考えるほど、不安でたまらなくなる。


「コンラッド」

「あなたが後悔しないのか、それだけが心配なんです」


 そうだ。一番心配なのはそれだ。

 俺と一緒に家を出て、一緒に暮らせるようになって、けれど、それが幸福と感じず、後悔するのではないかと、それが心配でたまらない。


 ついてきたことを後悔して、俺を罵るのはいい。ただ、その後悔を聞くのは苦しい。

 俺を選んだことを、後悔されるのは、苦しい。


「後悔しないように、私を大事にして」

「シャルリーヌ様……」

「言っても信じないのでしょう。だったら、私が後悔しないように、私を大事にすればいいのよ」


 シャルリーヌ様は自信ありげに、堂々と、そんな注文をつけてくる。


「します。大事に」

 だから、どうか、あなたが後悔しないことを。

 この熱を、いつまでも持ち続けてくれることを。


「大事にしますから」

「ええ。約束よ」


 俺はただ、祈るように、シャルリーヌ様を抱きしめた。

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