SIDE エヴァリスト5
会場について、俺たちはベルティエ家の両親を探しながら、ハンネスと彼女を探した。
「お父様、お母様」
「クロディーヌ、彼と一緒ではないの?」
「迎えに来なかったんです。ですから、エヴァリスト様と一緒に」
「なんだと?」
ベルティエ家の父親が眉を傾げた。当然だろう。今日のパーティーで婚約者を紹介するつもりだったのだから。
「僕も欠席するつもりだったのですが、なにかあったのか、連絡もなかったので、彼女と一緒に来ました」
「まあ、そうなの? まさか、事故にでもあったのかしら」
そんな話をしながら、俺たちはハンネスを探した。広間の壁際にいた彼女がこちらに気付く。そして首だけで示された先に、ハンネスがいた。
俺は軽く頷く。彼女はそれを見て動き出した。
「あ、」
クロディーヌが足を止めて、ハンネスの方を見ながら静止する。ベルティエ家の両親がそちらを向いた。
ハンネスが女性と一緒にいる。しかも腕を組んで。女性は笑顔だ。痩せてはいるが化粧をしてドレスで着飾っているので、あの家で会った時とは印象が違う。少しでも栄養のある食事をとった分、血色が良いのかもしれない。真っ赤な口紅が派手だったが、やけに似合っていた。おとなしく、穏やかな女性だった彼女は、まるで悪女のようにニヤリと笑った。
「私との子供がいながら、婚約者だなんて! どういうことなの!?」
その大声は、広間に響き渡った。
「子供? どういうことだ」
しっかり耳に入ったと、ベルティエ家の父親はハンネスに向かった。俺はクロディーヌと一瞬視線を交わしながら、どういうことなんだ? と追随する。クロディーヌがわなわなと震えるふりをした。
父親はなぜ二人で来ているのだと問い詰めようとした。しかし、その前に、彼女が話を遮る。
「婚約は破棄したのではないの? 私との子供を認知してくれるとおっしゃっていたじゃないですか!」
「なにを言って、」
「子供だと!? どういうことだ!」
「私と彼の間には子供がいます。もう六ヶ月になる子供が!」
「なんだと!?」
「ご、誤解です」
ハンネスが真っ青になって焦った声を出した。衆目が集まり、誤魔化しようがない状況だ。クロディーヌは衝撃を受けたような顔をして、うつむく。母親が庇うようにクロディーヌを支えた。
修羅場だ。もう十分だろう。激怒した父親は顔が真っ赤で、逆に母親は真っ青な顔をしている。ハンネスは怯んで尻込みして、言い訳しようにも彼女が邪魔してうまくいかない。それ以上に父親の怒りが激しく、言い訳しようがなかった。
「お父様、もう帰りましょう」
「この責任は追及させてもらう!」
その一声で、この件は終了したも同然だった。
ハンネスがへたり込んでいるのを尻目に、俺たちは会場を出る。彼女も騒ぎの隙を見てその場を後にしたはずだ。
俺はベルティエ家とは離れて彼女を探した。馬車は用意しておいた。問題なく外に出られるか確認する。彼女が馬車に乗り込むのを見て、とりあえずは安堵した。
彼女も恨みがあった。晴らしたいと言っていた。これが正解だったのかはわからないが、彼女が馬車に乗る時、笑顔だったのを見て、良かったのだろうと思うことにした。
「私からもお礼をしたいわ。なにかある前に連絡をくれるように伝えておきましょう。子供がいて、一人で暮らすなんて、考えられないわ」
これからのことを思えば、できるだけ支援したい。シャルリーヌのことを考えているのだろう。クロディーヌは自由にできるお金がないからと、いくつかの宝石を換金できるように俺に手渡した。
そんなもの、俺が払うのに。君はなにもしなくていい。俺が手伝いたくて手伝ったのだから。
そう伝えれば、クロディーヌはどう思うだろうか。
「エヴァ、ありがとう。あなたのおかげで上手くいったわ。こんなに簡単に終えられるとは思わなかった」
クロディーヌは久しぶりに愛称で呼んでくれた。子供の頃には当たり前に呼ばれていた、その呼び方。
少しは、君に心許してもらえているのだろうか。俺も愛称で呼んでいいのだろうか。ずっと呼んでいない、クロディーヌの愛称を。
「お父様も謝ってくれたし、しばらくは静かに過ごせそう。婚約者のこの字も言わせないわよ」
クロディーヌは気丈に笑う。今度も婚約者を勝手に決められては困ると言って。
女性が独身でいるのは難しい。今後、将来、結局彼女はどこかの誰かと結婚しなければならない。
言うんだ。問題は後で考えればいい。今は、自分の気持ちをはっきり伝えるんだ。
俺は跪いた。
「ディア、もしも、シャルリーヌと俺の婚約も破棄されたら、俺と結婚してくれないか」
花も指輪もなにもない。だがこの時を逃したら、一生言えない気がする。だからなにもないままで、許しを乞うた。どうか、自分の手を取ってくれないかと。
しかし、クロディーヌはなにを言われたかわからなかったのか、ぽっかりと口を開いて静止した。
「え?」
「君のことが好きなんだ」
俺は今まで言えなかった、自分の気持ちをはっきり口にした。
「君が好きだ。ディア」
クロディーヌは俺の言葉に、何度も口を開け閉めした。そんなことを言われるとは思っていなかった顔。想像もしていなくて、答えられないという顔。
ほんの少しでも、君の心に俺はいないのか。手を伸ばしても触れる気配がなくて、その手を下ろさねばならないのかと思った時、そっと指先に温もりが届いた。
「わ、私もよ」
「ディア!?」
クロディーヌは涙を溜めていた。涙を流して頷いてくれた。震える肩があまりにも弱々しくて、俺はその体を抱きしめた。
「君と婚約できるのだと思い込んでいたせいで、こんなことになってしまった。もっと早く、俺が君に婚約を申し出ていればよかった」
「そんなことないわ。すごくうれしい」
その言葉だけで気持ちが軽くなる。反対されるとしても、自分の気持ちを口にすべきだった。そうすれば、ここまでこじれることはなかったのだ。
クロディーヌの涙を拭えば、オレンジ色の瞳が俺をとらえた。幼い頃から気が合う友人のようだった。けれど、クロディーヌ以外に心許せる女性はいない。
涙に濡れた唇を拭って、そのまま自分のそれを重ねた。
この時が永遠に続けばいいのに。
けれど、現実、大きな問題がある。
シャルリーヌの妊娠を、いつまでも誤魔化すのは無理だ。
「コンラッド」
呼び声に、コンラッドが顔を上げると、すぐに首を垂れた。
幼い頃に比べて、やけに身長が伸びた。自分より若干身長が高い気がして、背筋を伸ばす。
子供の頃は剣を教えるような相手だったが、今はどうだろう。ベルティエ家の騎士団の中でもかなりの腕だと聞いた。今では姉妹の剣の腕を見ているのだから、随分時が経ったのだと感慨深くもあった。
「どうする気なんだ」
「駆け落ちをしてもいいという返事はもらっています。けれど、ふんぎりがつきません。お嬢様に不便を強いることになるから」
「駆け落ちしたとしても、追っ手が出るぞ」
「それをどうにかして撒く方法を考えています。いますが……」
コンラッドは言葉を濁した。未だなにも考えつかないと顔を歪めた。
「早く、なにか考えなければならないのに」
時間はない。妊娠に気付かれる前に、行動を起こす必要があった。