SIDE クロディーヌ
「女の子だから剣を持っちゃいけないなんて、おかしいと思うけれどな」
初めて肯定された言葉に、私は子供心ながら驚いたのを覚えている。
そこで、私の恋は決まったのかもしれない。
「エヴァリスト・セルヴァンは、素敵よね」
パーティに参加中、仲の良い友人たちで集まっていれば、誰かが口にした。
私は友人たちの視線を追って、その本人を横目で見やる。
シャルリーヌが私を見てくるので、澄ました顔をして視線を友人に戻した。さっきまでちらちら見ていたのに気づかれている気がする。
「まだ婚約者はいないんじゃないの。ねえ、お姉様」
余計なことを。シャルリーヌが私にわざとらしく問いかけてきた。
「クロディーヌとシャルリーヌって、幼馴染だったかしら?」
「私はあまり話したことはないの。エヴァリスト様はお姉様の騎士ごっこのお相手だったけ、れど、」
シャルリーヌの問いかけに友人が思い出したようだ。シャルリーヌは大きく頷いた。それを小突いて、私は言葉を被せる。
「いつの話よ。エヴァが来る前はシャルリーヌだって剣を持ってたでしょ。怪我しなければ、あなたも騎士ごっこをしてたくせに」
「エヴァって呼んでいるの!? 親しすぎじゃない」
「い、今はさすがに呼ばないわよ。会っていなかったのだもの」
「ふうーん。彼の婚約者になったら、裏切り者って呼んであげるわ」
友人たちはすがめた目で見てくるが、目の前にエヴァリストに来ても、エヴァとは呼べないだろう。
私たちは幼い頃よく遊んだ相手だったが、エヴァリストが学院に入ってからは疎遠になっていた。
だから、あそこにいるエヴァリストに会うのは久しぶりだった。
遠目に見える、銀髪の身長の高い青年。幼い頃はどんぐりのような目をしていた気がするのに、切れ長の目が別人のようだった。そんなに会っていなかったのだと言わんばかりだ。
学院に入る前まで会っていたのだから、ゆうに六年は会っていなかっただろうか。たった六年で、人はあそこまで成長するものか。
パーティ会場に入ってすぐ、エヴァリストとその両親から声をかけられて、挨拶を交わした。それで彼がエヴァリストだと気付いたのだ。言われなければ、かっこいい人がいる、くらいの認識だっただろう。
しかし、エヴァリストだとわかれば、つい視線が彼に向いてしまう。
身長が伸びている。髪型も違う。別人のように体が大きくなっている。
近くで見れば、違うところはもっとあるのだろう。幼い頃とは違う。青年になったエヴァリストが、そこにいた。
シャルリーヌは口元をひくひくさせて、にやつくのを我慢している。その顔、とても不細工よ。と言いたくなる。
学院を卒業したエヴァリストに会った令嬢たちから、噂は聞いていた。見目が完璧だとか、性格が完璧だとか、その他諸々、とにかく完璧という言葉だ。
エヴァリストに婚約者はいるのだろうか。
そんなことを、そのパーティでずっと気にしていた。
「あ」
「やあ、休憩?」
「ええ、まあ」
「まあ?」
「休憩よ」
ベランダに出て風に当たろうと思っただけで、カーテンを閉め忘れていた。後ろからやってきたエヴァリストがグラス片手に足を踏み入れると、私の隣にやってくる。
「久しぶり」
「さっき挨拶したじゃない」
「親がいたから。澄ましていないといけないだろう?」
「俺はやめて僕にしたの?」
「ウケがいいんだ」
エヴァリスト口元だけで笑った。
なにがウケ。さっきは僕って言っていたくせに。今は俺になっている。学院に行って、かっこつけになったのだろうか。
エヴァリストは、猫を被っているんだ。といたずらっ子のように言う。それを聞いて、なんだ、なにも変わっていないわ。と思った。
エヴァリストは真面目そうな雰囲気を持っているが、澄ました顔で穴を掘って、執事を罠にかけるような子供だった。あまりにしれっとしているので、本当になにもしていないのかと、大人でも勘違いをする。子供の頃はそんなエヴァリストと騎士ごっこと称して、一緒にいたずらをしたものである。お陰で悪知恵が働くようになった。間違いなく、エヴァリストの影響だ。
「女性陣がすごい狙ってたわよ」
「狙ってた……」
「モテるって意味」
「俺のことをなにも知らないだけだろう。興味はないよ」
「顔はいいのは間違いないわね」
私はこういうことははっきり言える方だ。口にしたいことは口にする。正直すぎて、もう少し捻った方がいいと言うエヴァリストの助言もあり、周囲にはそのように振る舞っているが、エヴァリストの前では正直にかっこいいと言うと、パッと顔が赤くなった。
これを狙っていたと言ったら、もっと赤くなって、今度は怒るかもしれない。
恥ずかしそうにすぐに視線を逸らす。そんなところも変わりなくて、かわいらしかった。エヴァリストは幼い頃から頭の回転が早い子供だったので、褒められることは多かった。それなのに、変なところで照れ屋だ。
かわいい。
「婚約者とか、いないのかって、みんな気にしてた」
「それは、父は、考えている人がいるようだけれど」
「……そうなの?」
返ってきた言葉に、胸が苦しくなった。今日のパーティで連れてきている女性がいないのだから、婚約はしていないと決めつけていた。いや、考えないようにしていたのかもしれない。まだ自分たちは子供で、婚約者を決めるような年ではないと。
けれど、私たちはそんな歳になったのだ。