プロトタイプ POL000 6
プロトタイプのPOL000の無限ループによるショートという事態はPOL系ロボット警察官開発プロジェクトの面々に大きな衝撃を与えた。
POL000はその時点まではかなり評価が高かったからである。だが、無限ループという致命的な状態に陥るようでは抜本的な見直しが必要だとプロジェクトチームは考えたのである。
このプロジェクトを進めていた東京大学工学部の中心者である淡島未冬は警察庁長官の荒神静音に
「POL系ロボット警察官は特別な任務を帯びている。無限ループなど起こす失敗作ではダメだと我々は判断しました。かといってHEVENS-OSのような迷いがないAIを俺は恐ろしいと思っている。近い内に人類はHEVENS-OSによって破滅するかもしれないとすら思っている」
と告げた。
「POL000は失敗作だが彼のデータを分割しこれまでのAIにプラスアルファとして一部人格メソッドを組み込む形で人間に近い『癖』を付けようと思います」
荒神静音はその意味を理解すると
「確かに全てのPOL系ロボット警察官が終末時計がゼロの時にショートを起こしては意味がないからな」
と言い
「だが、POL000は元々『あれ』の管理だ。そのまま存続させようと思っている。役割もそのままで」
と告げた。
淡島未冬はそれに目を細めて
「終末時にショートしたら……人類は滅びる一択になる可能性がありますよ?」
と告げた。
荒神静音は笑むと
「だが、助けられる命はこれからのPOL系ロボット警察官が救うだろう。その上での更なる選択肢の話だ。問題ない」
と告げた。
「POL000を再起動させて俺は『人間はどうか?』と尋ねた。その返答は『五分五分それが人間だ』と答えた。欲に身を落として他者を傷つけ滅びた方が良いと思う瞬間もあるがそれを救おうと立ち向かう人間もいて救うべきだと思う瞬間もあると答えた。それこそ我々が求める答えだ」
ただの一択しか出ないのであればそれはHEVENS-OSと同義だ。
荒神静音はそう言い
「そう思わないか? 未冬」
と告げた。
淡島未冬は笑むと
「わかった。鳥取には『礼』島根には『仁』山口には『忠』岡山には『義』の人格メソッドを組み込もうか」
と立ち上がった。
「本条燕は……その全てを包含しているが父親への敬愛を考えると『孝悌』が強い気がするから、なかなか面白いだろ?」
荒神静音はそれに
「信と智がないが?」
と告げた。
淡島未冬は肩をすくめて
「思い付きだ。全てパーフェクトなんてご都合主義がある訳がない」
と言い
「じゃあ、設計書を作ったら持ってくる」
と立ち去った。
それを見送り荒神静音は静かに笑むと
「全てに信があり、全てに智が備わる……とは思わないところがお前らしいよ。未冬」
と呟いた。
「さて、POL000の行く末がどうなるか……相田は自信があるようだが」
そう呟く警察庁長官の荒神静音がいるその下の階で本条燕と執務を執り行っていた相田元一は夜遅くに姿を見せた来訪者に笑みを浮かべた。
「来ると思っていたが、まだ入院中だと聞いていたが?」
中山和彦は敬礼をすると
「本条燕を……迎えに来ました」
と告げた。
「その、本条燕が俺ともう一度と思うならば……でありますが」
相田元一は笑って
「POL000、いや、本条。お前はどうしたい?」
と聞いた。
本条燕は鮮やかな笑みを浮かべると敬礼をした。
「俺は警察官と言う仕事が好きです。貴方の背中を俺は見てきた記憶がある。そして、何時か貴方の隣に立ちたいという希望がある」
中山和彦は潤みかけた視界を堪えて足を踏み出すと
「燕! ありがとう、その言葉で俺は……」
と抱きしめた。
「もう一度、俺にチャンスをくれ」
燕は抱きしめ返すと
「俺の中の俺は貴方をちゃんと見てました。ただ、時々振り向いてほしいと願ったこともありました。俺はPOL000です。それでも向き合ってもらえるなら」
と告げた。
中山和彦は頷くと
「だから迎えに来た。帰ろう、そして、お前を一流の刑事にする」
と告げた。
燕は笑顔で敬礼をした。
「宜しくお願いします」
相田元一は安堵の息を吐き出し表情を改めると
「中山和彦警視正。この話は他言無用だ。だが、POL000のマスターとなる以上は知っておいた方が良いと思って話をする」
と告げた。
「いま日本を取り巻く世界は終末時計の針で言えば0時を超えている。それは前回の世界大戦後に取り決められていた『武力によって領土を拡大してはならない』と言う原則を踏みにじり、その土地に住む人々を殺して踏みにじり己が国の領土とすることを誇示する国が出てしまった上に、本来抑止力となるべき国連が既に形骸化して役に立たない時点で0時となっていた。ただHEVENS-OSの計算バランスで僅かな均衡を保っているに過ぎない。HEVENS-OSは核弾頭に直結したAIオペレーションシステムでオンかオフの二択を握っているだけだ。恐らく近い内に人類はそれによって滅亡の道へ行くことになるだろう。日本も例外ではない。その日本の選択の幹にPOL系ロボット警察官がいる。POL000はその中でも特別の任務を負っている。何かは言えない。だが、俺はいま警視正なら正しく導けると確信した」
……本条燕を本物の警察官となるように教育を頼む……
「人に尽くし法を守る盾となる警察官に、よろしく頼む」
中山和彦は敬礼をすると
「はい!」
と答えた。
燕もまた笑みを浮かべ
「はい!」
と敬礼した。
中山和彦は警察庁の入っている東京の桜田門にある合同庁舎から出ると夜の星が瞬く空を見上げた。
何故、日本の存続の根幹にロボット警察官がいるのか。
中山和彦はふと考えたものの隣で同じように空を見上げる燕を見て
「もし存続の危機にあっても人間が残った場合……その人々に尽くし、また法を守る存在が必要だと考えたのかもしれない。つまり人がいる限り警察機構を無くさない。それがPOL系ロボット警察官の存在の意味なのかもしれない」
と心で呟いた。
理念だけではなく。行使力を持つ警察機構。
人が存続する限り、人を守るうえで秩序を保つうえで必要だとPOL系ロボット警察官を作った人間は考えたのだと理解したのである。
「本条、お前を一流の警察官に育てる。翼にできなかったことをお前と共に」
人はきっとそう心に決めた時にやり直すことが出来るのだろう。
生きている限り。一粒の生の希望がある限り。
POL系ロボット警察官を計画した人々も終末後の一粒の生の希望の先を考えたのだろう。
終末へと繋がる戦争の愚かさに気付いたとしても法もなく人を守る者もなかったら……残った人々がやり直すことはかなり困難に違いない。
その手をPOL系ロボット警察官と言う彼らに託そうと考えたのだろう。
中山和彦はそう考えて燕に手を差し出した。
「最後の時まで警察官として」
燕はその手を掴み
「はい!」
と答えた。
翌日広島へ戻ると中山和彦は病院へ再入院し、燕を待っていた七滝時也と三見佑介は
「「立派な警察官になるように扱いてやるぞ」」
と出迎えた。
数か月後、全国47都道府県にPOL系ロボット警察官が配備されたのである。
POL034が七滝時也をマスターとして配属が決定したとき、中山和彦はPOL000本条燕と共に山口県警本部長として栄転の辞令が降りたのである。