プロトタイプ POL000 3
まだ日が昇る前の早朝であった。空には星が瞬き、月が浩々と輝いていた。
「早朝にすみません」
真剣な面持ちの三見佑介と欠伸をしながら付き添っている七滝時也を前に中山和彦は昨日の出来事と刑事部のフロアの空気を思い出しながら
「構わない、入れ」
と扉を開けると家の中に二人を招き入れた。
二人が玄関で靴を脱いで直ぐにある台所に入ると燕が座って待っていた。
「おはようございます」
二人は驚きながら台所に入ると中山和彦に
「そこに座れ」
と言われると椅子に座った。
中山和彦は燕の横の二人とは対面する形で座ると
「本条のことだな」
と告げた。
三見佑介は頷くとチラリと燕を見て
「はい、夜の全く光がとおらない路地裏なのに全てが見えていること。それから完璧な地理掌握。普通ではないと感じてしまう」
と告げた。
燕はチラリと中山和彦を見た。
中山和彦は二人がやってきたことに少し安堵の息を吐き出し
「お前たちが来てくれて良かったと思っている」
と告げた。
二人は目を見開いた。
中山和彦は笑むと
「POL000……ロボット警察官のプロトタイプが本条燕の本来の名前と姿だ」
と告げた。
七滝時也は「え?」とすっとんきょんな声を零して今目を覚ましたように目を開けて中山和彦を見た。反対に三見佑介は何処か納得したようなけれど何処か狐につままれたような表情で燕を見た。
これまで一か月以上を共に職場で過ごしてきたのに人間だと信じて疑わなかった。他の刑事達も同じだ。それほど人間臭いロボットだったのだ。
中山和彦は燕を見て
「俺が冗談を言っていると思うかもしれないが」
事実だ、と言いかけた。
が、三見佑介は肩を上下に動かし
「俺が貴方の下について何年だと思われますか?」
と言い
「貴方はそんな冗談を言う人でないことは分かっています。信じます」
と答えた。
燕は彼らを見て
「俺は人々に尽くし人々を守る警察官になりたいと思っています」
と笑顔で敬礼した。
「ご指導宜しくお願いいたします」
七滝時也は大きな感嘆の息を吐き出した。
「はぁ~その敬礼好きと言い本当にロボットらしくないな」
三見佑介も苦く笑むと
「確かに人らし過ぎて俺でもわからなかったですからね」
と告げた。
「正直に言っていただきありがとうございます。課内については俺と七滝で任せてください」
七滝時也も笑って
「そういうことで」
と告げた。
二人は立ち上がると七滝時也が敬礼して
「では、後ほど」
じゃ、本条もな。と立ち去った。
三見佑介もまた
「早朝に失礼いたしました」
と礼をして立ち去った。
中山和彦は玄関で燕と共に見送り
「あの二人だ、任せて大丈夫だろ」
と燕を見た。
燕は笑むと敬礼をすると
「はい」
俺もそう思います、と答えた。
中山和彦はそれを見るとふっと子供の頃の翼を思い出した。
何時だったか。何処でだったか。思い出せないが、懐かしい笑顔だと思ったのだ。
「考えればこういうことが何度かあったな」
中山和彦はそっと燕の背中を押すと
「よし、俺たちも行く用意をしようか」
と微笑んで告げた。
燕は笑むと
「はい」
と答え家の中へと足を踏み入れた。
中山家を出て車で本部へ向かっていた七滝時也は
「しっかし、本条が……いやぁ、俺はお前が言わなきゃ思いつきもしなかったぜ。まあ、普通じゃないなぁと思ってはいただろうけどなぁ」
と笑いながらハンドルを切った。
「だってさぁ、敬礼の癖とか。言い方とか、ロボットに癖とかあるかぁ? もうAIロボットも極めりだぜ」
三見佑介は前を見つめたまま
「ロボットは……人工知能はどれほど発達しても人間になることはできない」
と呟いた。
「俺は今もそう信じてる」
七滝時也は三見佑介を一瞥した。
「そうか、お前IT出だったな」
三見佑介は腕を組んで
「あれほど人間的に振舞えるとすれば……プログラムもかなり高度だと思うけど」
と言い
「10年くらい前に一時注目を集めた技術があったんだけど倫理的な問題と技術的な問題で立ち消えてしまったんだけど」
と告げた。
七滝時也は運転しながら
「ああ」
と短く返した。
三見佑介は冷静に
「人の脳をスキャニングしたデータを基本としてそれを根幹にAIをドッキングさせるってプログラムだ。その場合はスキャンした人物の癖や志向をなぞる形になるのでかなり人間的に見える」
と告げた。
七滝時也は表情を消すと
「まさか、本条がそれとか?」
と聞いた。
三見佑介は腕を組むと
「わからない。当時はそれでも会話は成り立たないし変な言葉が入ったり問題だらけだったからな。それにスキャンされたデータ以上の状態になった時に急に人格が変わったようになるという問題点もあった」
と告げた。
「つまり、その人物と作られたデータとの境目がきっぱりあったってこと」
……本条には今はそれが見られない……
七滝時也は小さく震えると
「ごっつこわっ」
と言い
「けど中山課長は絶対に分かってないよな」
と告げた。
「こう言っちゃあれだけど課長いい意味で脳筋だからな」
三見佑介は笑って
「確かに判断力や正義感は凄いけどIT系はなぁ」
と返した。
「あれから技術が発展して警察が利用したのかどうか、俺は知りたいんだけど」
……だから協力する……
七滝時也は少し溜息を零して
「俺は課長とまあ本条のことが嫌いじゃないから協力するかな。ロボットだがそんな感じないしな。それにそう言うロボット警察官が増えてそいつらがちゃんと人々のために働いてくれるようになる一歩なら俺は協力しても良いと思ってる」
と告げた。
三見佑介は七滝時也を見て笑むと
「俺はお前のそう言うところ相棒として好きだよ」
と告げた。
七滝時也はそれに
「俺に惚れるなよ」
と冗談ぽく返した。
二人が県警本部の刑事部捜査一課のフロアに到着するとやはり全員が先日の事件でざわついていた。
同じ捜査一係の田上君夫が二人を見ると
「なぁ、本条ってやっぱり異常だと思わないか? お前らあの時一緒に行動していたんだろ?」
と呼びかけてきた。
他の面々も机に座りながら顔を向けている。
三見佑介は軽く
「まあ、その前の午前中に俺たちも本条も課長もあの辺りを夜に備えて歩き回ったからな。記憶力の良い奴ならそれなりに動けると思うけどな」
と言い軽く肩をすくめて
「最も、本条は若い分だけ反応は早かったからそれが異常って言うなら若さの異常だな」
と笑った。
七滝時也も苦笑して
「確かに! だったら俺ら年配の異常になるか?」
と肩を竦めた。
田上君夫は納得いかない顔で
「でもなぁ~、あの辺りは本当にゴタゴタしているからなぁ。一発で覚えるって言ってもなぁ」
と言い
「いや、それは俺が年配の異常だからか? まだ30代だけどな」
とぼやいた。
全員がう~んと唸り声を上げた。
そこに中山和彦は扉を開けて燕と共に入った。
「おはよう」
燕も敬礼をして
「おはようございます!」
と笑顔で告げた。
七滝時也が業と手を上げると
「よ、本条」
と言うと
「だが、その敬礼をしょっちゅうする必要はないって言ってるだろ? お前敬礼が好きだなぁ」
と告げた。
三見佑介もまた
「癖か?」
と告げた。
燕は笑って
「敬礼好きなので」
と答えながら彼らの方へ足を進めた。
一瞬沈黙が広がり全員が困ったように顔を背けた。が、田上君夫は戸惑いながらも
「おはよう、本条。お前、敬礼がどうして好きなんだ?」
と聞いた。
中山和彦は席に向かいながらドキッとして彼らを見た。ロボットである燕に好き嫌いがあったとしても理由とかが存在しないのではないかと心配になったからである。
燕は席に座りかけながら
「俺の大切な人が良く敬礼する人だから」
とニコッと笑って答えた。
「それを見るたびにちょっと誇らしく思えてて……だからできるだけ敬礼しようと思ってるんだ」
七滝時也は目を見開いて
「……いやいや、敬礼は必要な時にするもんで安売りするな」
と腰に手を当てて告げた。
が、田上君夫は吹き出すと
「なるほど~、つまり警察官に憧れていたってことか」
と告げた。
燕は敬礼すると
「はい!」
と答えた。
それには先ほど視線を逸らした誰もが苦笑を零した。中山和彦は驚きつつも安堵の息を吐き出した。
瞬間であった。
無線通報が入ったのである。
事件は尾道警察署管内で起きた殺人であった。尾道の観光地で有名な千光寺の文学の小道の途中で男性の刺殺体が発見されたということであった。
文学の小道は尾道の千光寺山ロープウェイ頂上駅の横手から山を下るルートの途中にあり、駅からは直ぐの場所であった。その中ほどにある金田一京助文学碑の正面の茂みの下で倒れているところを散歩に訪れていた男性が見つけ通報したということであった。
茂みで普通なら通り過ぎてしまうところだったが携帯の音が鳴っていたので気になって覗くと遺体を見つけたということである。
遺体の側には小さなリュックが落ちておりカメラなども転がっていた。ただ財布はなくなっていたが免許証などが入っていたカードケースはカバンの中にあり身元は直ぐに分かった。
勝田豊房という45歳のKATUTAプロジェクトという企画会社の社長であった。
死亡推定時刻は前日の午後1時から3時までの間で時計の針が午後1時50分で止まっていることから犯行時刻は午後1時50分と言う見方であった。所轄では『物取りに襲われて茂みへ落され段差があって遺体発見に時間が掛かったのだろう』と言うことであった。
連絡を受けて中山和彦は尾道警察署の刑事課捜査一係長の和村修哉から詳細を聞き
「つまり被害者の家は広島市内にあるということか」
と電話を取りながら呟くと
「ではそちらの方はこちらで聞き込む」
と告げた。
中山和彦は一係の田上君夫と中村章介と洒井要一に
「田上、中村、洒井は俺と一緒に尾道警察署へ先行する」
と言い
「七滝と三見と本条の三人はガイシャの勝田豊房の家へ行き、当日の勝田豊房の行動と妻の当日のアリバイの確認を頼む」
と指示を出した。
「物取りと言う判断だが頼む」
七滝時也は敬礼すると
「関係者のアリバイは常識ですから」
と答え三見佑介と燕を見ると
「いくか」
と告げた。
三見佑介は立ち上がり
「ああ」
と答えた。
燕も「はい!」と答えて二人と共に立ち去った。
中山和彦は残った田上君夫と中村章介と洒井要一と二台の車に分かれて尾道警察署へと向かった。
広島県警本部と尾道警察署は広島県内だが距離が離れており高速を利用しても1時間はかかる。ならば、広島市内で出来ることはこちらでしておく方が良いと考えたのである。
走る車の中で中山和彦と同乗し運転していた田上君夫が
「奥さんを課長は疑っているんですか?」
と聞いた。
態々念を押したところが気になったのである。物取りならそれほど重要ではないのだ。どちらかと言うと当日のガイシャの行動が重要なのだ。
中山和彦は助手席に座り前を見つめ
「盗られていたのが財布だけと言うのがな。カメラや免許証やキャッシュカードなどが入っていたカードケースは残っていた。それに携帯が鳴り続けていたというのがな。携帯を鳴らし続けるにはタイミングがズレているし本人の行動を知っているなら探しにくるか、警察に捜索願を出すだろう」
と告げた。
「少しチグハグな気がしてな」
田上君夫は驚きながら
「確かに、考えれば奇妙ですね」
と告げた。
中山和彦は上層部では評価が高い。それは真面目実直と言う一面も大いにあるが事件の解決に一手を打つことが多いというのもあるのだ。
つまり、今回の事件について財布を取って物取りに見せかけた『怨恨』の可能性があると中山和彦が考えているということが田上君夫に分かったということであった。
同じように広島市内の勝田豊房の家を訪ねた七滝時也と三見佑介は中山和彦の考えを読み取っていた。
家には妻の勝田まり子がいて三人が訪ねると泣きながら
「あの日、夫は千光寺から尾道を撮って文学の小道を歩いて帰ると言っていたので……楽しみに待っていたんです」
と告げた。
それを七滝時也はメモに取りながら
「なるほど、それで何時ごろ出て行かれました?」
と聞いた。
勝田まり子は涙をぬぐいながら
「朝の10時頃です。ついたらお昼を食べてからロープウェイで登ってゆっくりして帰ると」
と告げた。
三見佑介は頷きながら
「あの、その日の奥さんのアリバイをお聞きしても良いですか?」
と聞いた。
勝田まり子は驚いて
「え? まさか、私を疑っているんですか!?」
と告げた。
三見佑介は首を振り
「いえ、お気を悪くしないように……関係者には全員お聞きしていることなので」
と告げた。
彼女は少し考えながら
「その日は朝からずっと家にいました」
と告げた。
「1時に会社の副社長の水村さんが来られて2時にピザを頼みましたわ。すぐ側のカリリンピザですから確認を取ってもらったらいいと思います。なんなら家に付いている防犯カメラをお見せしますわ」
そう言って彼女は立ち上がると三人をテレビの前に連れて行き勝田豊房が出て行く姿と1時に副社長の水村紘介がやってくる姿と2時にピザ屋がやってくる姿を見せた。
三見佑介はUSBメモリを出すと
「念のためにその画像をいただいていいですかね」
と告げた。
彼女は頷いて
「どうぞ」
とダウンロードをした。
燕はその時
「すみません」
と告げると
「もう一度見せてもらっていいですか?」
と告げた。
彼女は「は?」と言ったものの
「どうぞ」
ともう一度流した。
七滝時也と三見佑介は黙って燕を見た。
燕は暫く目を瞬かせて
「ちょっと他の日のも見せてもらっても良いですか?」
と聞いた。
彼女は怒ったように
「私が何か映像に細工をしているとでもいうんですか!! していません! 夫を亡くしてショックを受けているのに!!」
と両手で顔を覆った。
七滝時也は息を吐き出すと
「本条、ここは彼女の気持ちも考えてここまでだ」
と告げた。
燕は泣きだした女性を見て
「すみませんでした」
と言い勝田家を七滝時也と三見佑介と共に後にした。
七滝時也は手帳を見て
「カリリンピザに確認してから、本条。お前の気になっていることを調べてから尾道警察署へ向かうぞ」
と告げた。
燕はじっと七滝時也を見た。
「奥さんの気持ちを考えてここまでじゃないんですか?」
三見佑介は苦笑して
「あの場はそう言わないと後ろめたいことが本当にあったら証拠隠滅をしたりするだろ?」
と告げた。
「それで本条が気になったのは何だ?」
燕は冷静に
「10時に出て行く勝田豊房と1時にやってきた水村さんは歩容認証率が98%です。つまり同一人物ではないかと思ったのですが豊田豊房のデータがないので確認しようと思ったんです」
と答えた。
七滝時也と三見佑介は顔を見合わせた。
二人は燕がロボット警察官であることを知っているのでその歩容認証率はコンピュータが出している科捜研と同じ見解だということを理解しているからである。
三見佑介は笑むと
「よし、カリリンピザで聞き込みに行った後に近くの家の防犯カメラの映像を確認しよう」
と告げた。
七滝時也も頷いて足を進めた。
確かに2時に配達したカリリンピザの配達員は二人の姿を見ていたのである。つまり2時に二人は広島の家にいたということが確定したのである。1時50分が犯行時刻だと考えれば完璧なアリバイであった。
先行して尾道警察署の帳場入りをした中山和彦は刑事課捜査一係長の和村修哉から更に行われていた初動捜査の結果を聞いていた。
「尾道の駅と文学の小道へ行くルートのある防犯カメラで追跡調査をしたところガイシャは11時に尾道駅の改札を通り、その後、千光寺山ロープウェイに乗り、35分に頂上駅で降りたのは確認できました。恐らくその後公園を散策して文学の小道から降りかけたところで襲われたと思われます」
そう言って尾道駅で改札を通り抜ける勝田豊房とロープウェイから降りる彼の姿が映った防犯カメラの映像が写された。
メガネと帽子で顔は分からないが服装と荷物から見て本人だろうということは理解できた。
中山和彦は携帯を手にすると七滝時也に連絡を入れた。
「七滝か、勝田豊房の家には」
それに七滝時也は勝田豊房の家から2軒ほど離れた向かい側の家で防犯カメラの映像を貰いながら
「行ってきました。妻のまり子は2時には広島にいたことは確認が出来ています。ピザ屋の証言が取れています。後、当日の防犯カメラの映像も入手しています。近隣の家からも当日と他の日の映像を協力してもらっています」
と告げた。
「今からそちらに向かいます」
そう言って、携帯を切った。
三人は映像を手に入れると尾道警察署に向かって車を走らせた。その中で三見佑介は腕を組みながら
「10時に家を出たのが勝田豊房の格好をした水村紘介として遺体現場まで行ったとしても……死亡推定時刻は崖下では変えようがない」
と言い
「そんなことをしてのメリットがわからない」
と告げた。
燕の回路にも推理は入っていない。
七滝時也は息を吐き出し
「確かにメリットが分からないな。こういうのって課長が意外と得意なんだよなぁ」
と言い
「取り合えず、本条の意見も入れて報告だな」
と告げた。
尾道警察署では刑事が千光寺山や周辺を聞き込みをしながら勝田豊房を襲った怪しい人間がいなかったかを探していた。
燕と七滝時也と三見佑介の三人は到着すると帳場に姿を見せた。そして、広島で仕入れた防犯カメラの映像を中山和彦に渡した。
帳場には中山和彦と和村修哉の二人だけで後の20名ほどの面々は周辺の聞き込みを行っているということであった。
七滝時也は中山和彦と和村修哉に
「こちらで少し気になったことがありますので駅とロープウェイの映像を見せていただけますか?」
と告げた。
中山和彦は和村修哉を見ると
「お願いします」
と告げた。
和村修哉は頷いて駅とロープウェイの映像を見せた。三見佑介は燕を見ると
「本条、どうだ?」
と聞いた。
燕は映像を見つめ目を瞬かせると
「やっぱりこの人は勝田豊房じゃない。水村紘介だ」
と告げた。
中山和彦は目を見開いて腰を浮かせると
「どういうことだ?」
と聞いた。
同じように和村修哉も三人を見た。七滝時也は頷くとホワイトボードの空いているところに図を書きながら説明をした。
「実は広島の方で勝田家を訪ねると妻のまり子が当日は朝の10時に夫の豊房を見送り家にいたということですが、1時に副社長の水村紘介がやってきて2時にカリリンピザでピザをデリバリしてもらい二人で食べて水村は3時に帰宅をしたということです。尋ねた理由を問うと社長に報告したいことがあったらしいのですがいなかったということで直ぐに帰ろうと思ったところ妻のまり子に暇だから付き合って欲しいと話し相手をしていたということでした」
それには中山和彦も和村修哉も頷いた。
「「なるほど」」
更に七滝時也は
「但し、10時にガイシャが着ていた服を着て荷物を持って家を出た人物と1時に訪れた水村紘介を歩容認証したところ98%の確率で同一人物と言う結果が出て、近隣の防犯カメラに映っている他の日のガイシャである勝田豊房と比べた結果本人ではないとなりました」
と告げた。
「そしてこちらの駅とロープウェイに映っているのも水村紘介と言う疑いが出てきたということです」
和村修哉は驚いて椅子に座ると息を吐き出した。
「それは一体……しかし死亡推定時刻は午後1時50分。広げたとしても午後1時から3時。しかもあの文学の小道で死んでいた遺体は間違いなく勝田豊房だ」
中山和彦は燕を見ると
「歩容認証は間違いないのか?」
と聞いた。
燕は頷いて
「はい、98%の確率で近隣から回収した防犯カメラの映像以外は同一人物と判断します」
と答えた。
中山和彦はスゥと息を吸い込み吐き出すと
「もしそうなら」
と言い
「和村係長、今から千光寺山の周辺の駐車場とそれに繋がる道路のカメラでこの防犯カメラに映っている副社長の水村紘介の車を調べてもらえますか? それと昨日のロープウェイの回収チケットの指紋を採取して勝田豊房の指紋が付いたチケットが出てくるかをお願いします」
と告げた。
和村修哉は驚いて
「そ、れはどうして?」
と聞いた。
中山和彦は地図を見て
「もしこの勝田豊房と思われた男が水村紘介だったならば妻のまり子と共犯であることは間違いない」
と言い
「まり子は夫の勝田豊房を睡眠薬か何かで動けない状態にして水村紘介に夫役を演じさせる。そして、勝田豊房としてロープウェイから降りて文学の小道へ行ったという印象を付けさせ車で服を着替えて広島の勝田家へ1時に来させてそこで夫を本当に殺害し、3時に帰る時に遺体を車に乗せて夜になってから文学の小道の現場へ落して帰宅させる」
と告げた。
「この方法なら犯行は可能だ。ロープウェイを降りたのは12時前なのだから十分犯行時刻に広島の勝田家へ行くことはできる。また回収したチケットから水村紘介の指紋が見つかれば決定的な証拠になる」
和村修哉は敬礼すると
「はい」
と答えて周辺の聞き込みをしていた部下に指示を出した。
燕は中山和彦を見て
「中山課長、その考えはどうして出るのですか?」
と聞いた。
中山和彦は燕を見ると
「そうだな。先ずお前たちが持ってきた情報から犯人を妻のまり子と水村紘介の共犯と断定する。その二人が1時50分に勝田豊房を殺し且つ妻のまり子は家にいたままで水村紘介が10時から勝田家を出て11時に尾道駅に姿を見せて35分にロープウェイの頂上駅に姿を見せて1時に広島に姿を見せて翌日の発見時に勝田豊房をあそこで発見させることが魔法や超常現象のような突飛な考えを抜きにして可能な方法を絞り込んでいけば方法は限られてくる」
と告げた。
「そしてそうする彼らの理由は唯一つアリバイで自分たちがその時間に殺害現場にいなかったことに錯覚させる方法だからな。関係者が何か行動する時には必ず意味がある。そこを察知してどうしてこうしたか、どうすればこうなるかを考えていくことだな」
七滝時也は腕を組むと
「なるほど」
と呟いた。
和村修哉もう~むと考えながら
「なるほどでありますね」
と呟いた。
燕は敬礼をすると
「ありがとうございます」
と答えた。
その後、千光寺山の入口の防犯カメラに水村紘介の車が犯行時の11時50分に走っていく姿が映っており、また高速道路にも彼と車が映っていた。その夜半にも同じように映っていたことから水村紘介を追求し、彼の指紋を採取して回収したチケットの指紋を調べたところ一枚が合致したのである。
水村紘介は全てを自供し、勝田豊房の妻のまり子と不倫関係になり勝田豊房を殺して会社ごと乗っ取るつもりだったということであった。
妻のまり子も家からルミノール反応が出ると全てを自供した。
二人の犯行だったのである。
事件が解決し田上君夫も他の面々も徐々に敬礼好きの本条ということで燕を受け入れ始めていた。
ある晴れた月曜日。
中山和彦と燕はいつも通りに県警本部の刑事部捜査一課のフロアに姿を見せた。
燕は敬礼をすると
「おはようございます!」
と挨拶をした。
それにフロアにいた誰もが
「おはよう」
「よ」
「おはようございます」
などなど挨拶を返した。
中山和彦は自身の席を向かい七滝時也や三見佑介、田上君夫など他の面々と溶け込む燕を見て安堵の笑みを浮かべた。
最近では巡回もきっちりと熟し、事件があると推理をするようにロジックを組み立てるようにもなった。
「この分だと事件を一人で解決するようになれるな」
中山和彦はそう考え自然と笑みを浮かべた。
もしも、息子の翼が生きていて……こんな風に見守る日があったらとフッと考え、目を逸らした。
息子が。
ずっと家に帰らず寂しい思いをさせて何を考え、何を思っていたかすら……いや、最後に交わした言葉すら、顔すら、表情すら、曖昧で思い出せないこんな酷い父親と同じ道を進もうなんて
「翼が考えるわけがない、か」
と中山和彦は呟いた。
席に座り射し込む光りが作る濃い影に
「本条を見ると……翼を思い出してしまう」
そして自分が息子にしてきたことを忘れて都合のいい想像をしてしまう、と目を細めた。
……きっと俺を冷たい父親だと思っていたに違いないのに……
その時、県警本部に伝令が入った。
爆弾の暗号と脅迫状であった。