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プロトタイプ POL000 2

 POL000はロボット警察官のプロトタイプである。

 現在の名前は本条燕という。


 中山和彦はその本条燕と生活を始めて一か月が過ぎようとしていることに気付いた。季節は薄紅の桜の季節から新緑のGWへと切り替わっていた。


「おはようございます」


 中山和彦の自宅の一階の部屋を間借りしている燕が台所に姿を見せた。と言ってもロボットの為に食事はしない。

 中山和彦はご飯とみそ汁と卵焼きを食べながら

「おはよう」

 と答えた。


 ずっと、感じていた。

 5年前に交通事故で死んだ息子を彷彿とさせるのである。いや、それは空想上の息子なのかもしれないと中山和彦はご飯を咀嚼しながら考えた。


 警察の仕事と言うこともあって息子が15歳で死ぬまで触れ合ったことが殆どない。休みも挨拶を交わして少しして呼び出されたり、息子がどんな顔だったかも霊安室の冷たいベッドの上で初めて見たような気分であった。


 妻とは直ぐに離婚した。家にほとんど帰らない自分との間に愛はなく『既に付き合っていた男性』と第二の人生をやり直しているのだ。


 皮肉なことに二人がいなくなってから自分は家に帰ることが増えた。同時に誰もない一人の家のもの悲しさを覚えた。


 だから。

 警務部が広島県警本部の近くのマンションを見つけたと言ってきたときに

「ああ、もう慣れたのでこのままでいい」

 と答えて燕と共同生活を続けることにした。


 中山和彦は目の前で微笑むように座っている燕を見ると

「今日も巡回だ。いいな」

 と告げた。


 燕は笑って敬礼すると

「はい!」

 と答えた。


 息子の翼がもし生きていたら20歳だ。2年もすれば大学を卒業して自身の未来を歩む年齢になっただろう。

 その時にこんなやりとりが……とこうやって燕を見ると都合の良い妄想を抱くことがある。


 中山和彦は食事を終えると燕の運転で広島県警本部へと出向いた。先日の安川緑道殺人事件以降傷害や窃盗などはあるが殺人に発展する事件は発生していないが、広島市内で人通りのある繁華街から一本筋が違う通りに鄙びてしまった広島中央商店街があるのだがそこで何者かに何かを撃たれて怪我をするという事件が起きている。


 ここ一週間で3人ほどが同じ場所で襲われていた。

 全て夜であるが昼間も燕の教育も兼ねて巡回しているのである。その区域は新旧の建物が入り混じり迷路のようになっているために道を覚えるということもあった。


 刑事部捜査一課のフロアに中山和彦と燕が入ると既に出勤していた数名と燕の実践教育の係という名の相棒としてつけている七滝時也と三見佑介も挨拶をした。

「おはようございます、本条、今日も昼も夜も巡回だぞ」

「おはようございます、課長。そうそう、昼は繁華街側から裏路地に入る形にする」


 中山和彦は笑みを浮かべると

「俺も参加するので頼む」

 と告げた。


 燕も敬礼すると

「はい! お願いします」

 と答えた。


 七滝時也は笑って

「敬礼好きだな」

 と告げた。

 燕は笑うと敬礼して

「はい!」

 と答えた。


 それには全員が苦笑した。


 燕は二人の間の席に座って地図を広げた三見の机に顔を向けた。

 中山和彦は笑みを浮かべながら

「今日もここ連日起きている襲撃事件の犯人を捕まえるために夜は広島警察署と合同で広島中央商店街と大通りの二か所を無線で連絡を取り合いながら巡回する」

 と呼びかけた。


 それに捜査一課の面々は立ち上がると敬礼した。

「「「はい!」」」


 中山和彦は頷くと

「三見、今日の午前の巡回ルートはお前に任せる」

 と言い

「夜の割り振りは作っているので俺が巡回に行く前に貼っていくので確認をしておくように」

 と告げた。

「それまでは通常業務だ」


 それに全員が返事をした。


 中山和彦は掲示板に夜の巡回ルートとメンバーを書いた地図をはり、七滝時也と三見佑介と燕の4人で午前の巡回へと出掛けた。無線で状況報告をしながら行動するという訓練でもあったのだ。


 中山和彦は燕に無線とマイクを付けさせた。七滝時也と三見佑介もそれぞれ無線とマイクを付けた。


 県警本部から広島中央商店街は徒歩20分ほどの場所で路面電車広島電鉄を越えた向こう側にある。

 ちょうど広島電鉄の胡町と銀山町の間で二筋ほど奥である。

 広島電鉄の走っている道路の両脇には高層ビルやホテルなどが立ち並びその奥になると背の低い店が密集している。その中ほどに東西200mほどの間に数件の個人専門店が並んでいるのが広島中央商店街であった。


 中山和彦は燕を連れて広島電鉄の胡町へ行くと

「今日は大通りを見て商店街との間の通りを折り返して最後に商店街を通る」

 と告げた。

「七滝と三見は反対に商店街を通って大通りに回って中道に入るコースだ」


 ……お前が先導しろ……


 燕は敬礼をすると

「はい」

 と答えた。


 大通りは広い二車線道路に路面電車の線路が通っている。正に一直線で見通しも良い。燕は周囲のビルを見ながら足を進めた。

「中央広島生命ビルを西へ向かいます」

 それに七滝時也が応えた。

「了解。こちらは純東胡ビルを東に向かって巡回中」


 中山和彦は頭の中に地理を浮かべながら七滝時也と三見佑介の動きを想定していた。

 燕は中央広島生命ビルを西に向かいながら問題の広島中央商店街のある南側を見ていた。

 色々なビルが立ち並んでいるがその合間に路地がある。薄暗く奥が見えにくくなっているがその向こう側に建物が地図上ではある。

 中山和彦は燕が無言のまま歩いているのを黙って見つめていた。これまで襲撃し逃走した犯人はこのビルと向こう側の店の裏や間の通りを迷路と見立ててジグザクに走って消え去っているのだ。

「まるで猫のようなやつ」

 そう中山和彦は考えていた。

 その時、燕は折り返しの銀山町駅に来ると

「銀山町駅に到着したので間の道へ移動します」

 と告げた。

 七滝時也も反対の胡町に来ると三見佑介を見て

「了解、俺たちも北上して大通りに移動します。商店街に異常なし」

 と告げた。

 中山和彦は足を止めると燕に

「本条」

 と呼びかけた。

 燕は止まると振り返り

「はい」

 と答えた。

 それに

「お前の報告は足りないものがある」

 と告げた。

「巡回を違う場所でしていて一区画終わったとしてそこはどうだったのかだ」


 燕は「商店街に異常なし」と告げた。

 中山和彦は頷くと

「俺たちが見てきた区画はどうだったか七滝と三見に報告をする必要がある」

 と告げた。

 その声はそのまま七滝時也の耳に入ってきており、小さく口元に笑みを浮かべた。


 燕は敬礼すると

「はい! 相生通りに異常なし!」

 と告げた。


 七滝時也はそれに

「了解」

 と答えた。


 太陽が眩い午前は人々の往来も多くざわめきも広がって活気がある。中山和彦は燕と決めたルートを歩き、時計を見た。

 時刻は午後1時である。


 違うルートを進んでいた七滝時也と三見佑介と合流し本部へと戻った。燕は昼食をとることはしない。ロボットだからである。なので、中山和彦は七滝時也と三見佑介に昼食をとるように指示を出し、燕を連れて会議室で弁当を食べた。


 ロボットと言うには人間と殆ど見分けがつかない燕をロボット警察官として公表はしていない。七滝時也と三見佑介を始め他の面々も現在のところ本条燕は『人間』だと思っている。


 誰もいない小さな会議室で弁当を食べながら正面に座って今回の商店街襲撃事件の被害者の調書を読んでいる燕を中山和彦は見た。

「ここまで人間に似せる必要があるのか?」


 例えば駐在員として利用する場合は一般市民が救助の声をかけやすくするためにと考えられるが、それでも高性能すぎるだろうと中山和彦は考えた。

「だが、本条が刑事として他の奴等と違和感なく仕事が出来れば人員不足の解消にもなる。それにロボットに欲はないから警察官や刑事の犯罪が減るだろう」


 人は弱い。どうしても心が揺らぐことがある。ロボットにはそれがないだろうと中山和彦は考え

「だからロボット警察官なのかもしれないな」

 と心で呟いて食事を終えると燕に

「本条、本番は七滝時也と三見佑介と三人での行動だ。先の巡回の手順を忘れずに行動しろ。犯人と遭遇した場合は周囲の人の安全と他に参加している刑事達との連携を忘れるな」

 と告げた。

「報連相だ」


 燕は手帳に『報連相』と書いて敬礼をした。

「はい!」


 日が暮れ、広島の町に夜が訪れると地上にはイルミネーションの灯りがキラキラと輝いた。しかし、それも夜の10時を超えるとポツリポツリと減っていき、特に元々ネオン街でもない昭和の様相を感じさせる個人商店が集まっている広島中央商店街などはシャッター街となって静寂が広がる。

 ぽつりぽつりと行き交うのは駅からその奥にある住宅街へ向かう人か酔っ払いくらいであった。


 大通りと中道と商店街に分かれて広島警察署の刑事課捜査一係のメンバーと本庁の刑事部捜査一課一係の燕たちが共通のマイクと無線機を付けて巡回に乗り出した。

 それを広島警察署の一角で捜査一係長と共に中山和彦は机の上に大きくコピーしたマップを見ながら人員の位置の把握をしていた。


 燕は七滝時也と三見佑介と胡町駅を南下して商店街の東の入口へと差し掛かった。


 アーケード街なのだがシャッターはほぼ閉まっており音がない。だが、街灯が浩々と輝きその通りとそこから少し離れた路地の闇との差が激しかった。


 燕はキョロキョロと周囲を見回し

「真っ暗なのに明るいですね」

 と呟いた。


 全員私服である。

 七滝時也は燕の横を歩きながら

「本条、お前言い方が明るい暗いかどっちかにしろ」

 と突っ込んだ。


 三見佑介は反対側を歩きながら

「商店街だからな。だからアーケードを抜けると直ぐに真っ暗になるから目がおかしくなる」

 と告げた。


 それは路地裏にも言えた。

 路地裏は特に全く灯が入らないので足元など何があるのか分からない状態である。


 その時、スポーツ用品店と雑貨屋の間から人影がびゅっと飛び出してきたのである。

 

 七滝時也も三見佑介も燕も直ぐに反応しその人物が銃のようなものを向けるのに横へと飛んだ。パンっと乾いた音が響き、三人がいた場所に小さな煙が立った。

 若い青年であった。年のころは燕と同じくらい。

 恐らく20代前後だろうと直ぐに判断がついた。


 七滝時也はマイクに

「ホシと遭遇! 路地を北上」

 と告げた。

 燕は足を踏み出すと

「あの路地はドン突きがカラオケKで中道のカラオケK左右の道に抜ける可能性がある」

 と告げて、中へと飛び込んだ。


 三見佑介は慌てて

「マジか!?」

 と直ぐに後を追いかけた。


 七滝時也は直ぐに

「中道のカラオケKの付近をホシは逃走中」

 と告げて中へと入った。


 燕は細い路地を走る犯人の後を追いかけた。犯人はカラオケKの西側へ出かけて刑事が張っているのを見ると舌打ちをしてそのまま真っ直ぐ進んだ。

 燕はそれを見ると

「いま、カラオケKの裏から隣の牛肉ハイホーの裏へ移動」

 と告げた。


 三見佑介はそれを聞いて

「牛肉ハイホーの裏だ」

 と叫んだ。


 七滝時也はそれを報告した。

 遭遇しかけた刑事はそれに

「犯人を視認した。並走して移動中」

 と答えた。


 三見佑介は足元が見えないものの燕が全く淀みなく走っている足の後をそのまま追いかけながら

「本条はマップが全て頭に入っているのか? 今日の昼の今だぞ?」

 と呟いた。

「いや、安川緑道事件の時もそうだった」


 考えればかなりの記憶力である。

 しかもこの全く視界の利かない中で躓くこともなく疾走しているのだ。それはその報告を聞いてる他の捜査一課と広島警察署の刑事課の人々も感じていたのである。


 かなり中を走り込んでいたり歩き回っていれば分かるだろうが、地図を見ただけでは路地裏に置かれているモノは判断できない。

 燕は走りながら手前にあった小さな岩を避け

「三見警部! 右側に高さ5cm幅3cmの岩です! 注意してください!!」

 と叫んだ。


 三見佑介は左に寄りながら

「了解!! 右側に高さ5cm幅3cmの岩だ! 躓くなよ!」

 と七滝時也に呼びかけた。


 七滝時也は走りながら

「了解!」

 と岩を跨いで走った。


 燕は前を行く青年の背中を見て

「光来焼肉店の東側から犯人が出る可能性があります! ドン突きなので!!」

 と叫んだ。


 七滝時也はそれに

「光来焼肉店の東側だ!!」

 と告げた。


 並行していた刑事は

「了解!」

 と警棒を持って構えた。


 青年はドン突きに行き付くと舌打ちして振り返った。瞬間であった。燕は足で手を蹴り上げると構えかけて吹っ飛んだ銃が壁に弾かれて落ちて来るのをキャッチして銃口を青年に向けた。


 青年は蒼褪めると

「け、警察が……うつ、撃てるのかよ」

 と座りながら告げた。


 燕は冷静に

「警告、威嚇と手順を踏めば打てる」

 と告げて青年の足元に足を踏み込んで目の前に銃口を向けた。

「お前に撃たれた人たちの痛みを知れ!!」


 そう言って目を見開き引き攣る青年に銃口を向けたまま引き金に手をかけた。


 まさかである。

 中山和彦は思わず立ち上がると

「本条!!」

 と叫んだ。


 三見佑介も驚いて燕に手を伸ばした。

 瞬間であった。

「バンッ!!」

 と燕は大きな声で言い、青年がその場で震えながら失禁するのを見ると

「自分でも怖い癖に改造銃で人を襲ったらダメだ。もっとも、これからそれをじっくり反省する時間はあるだろうね」

 と振り返り改造銃を三見佑介の方を見て差し出した。

「回収しました」


 ……。

 ……。

 光来焼肉店の路地裏から迫っていた刑事達も三見佑介と七滝時也も無線を聞いて指示を出していた中山和彦や広島警察署の刑事課捜査一係長も全員が数秒凍り付いてから思わず座り込んだ。


 路地に入ってきた広島警察署の刑事が青年を立たせると

「行くぞ」

 と路地から引っ張り出した。


 青年は蒼褪めながらも

「ちょっとした遊びのつもりだったんだ」

 と呟いた。

 それに三見佑介は路地裏から出ながら

「お前にとっては遊びだったかもしれないがお前に撃たれた人たちはそうじゃない。今も治療を受けて入院している人もいる。彼らはお前のその言葉で許したりはしないからな。世間もだ」

 と言い

「お前はその遊びで一生を台無しにするんだ。もっと違う誰も傷つかない遊びをするんだったな」

 と告げた。


 青年は俯いたままパトカーへ乗り込み連行された。


 七滝時也は最後に路地から出ると燕を見て

「しかし、本条。お前よく迷いなく走れたな」

 と告げた。

 燕は頷くと

「はい、視認出来ていたので」

 と答えた。


 七滝時也は笑って

「あの暗さでか?」

 と告げた。


 しかし三見佑介は笑うことはせずにじっと燕を見つめていた。

『異常』と言う言葉が彼の中で渦巻いていた。また、それはそれに参加していた刑事部捜査一課一係の面々も感じていたのである。


 翌日、事件は解決したものの広島県警本部刑事部捜査一課の中で『本条燕は普通ではない』と言う噂が広がり始めていたのである。


 そして、三見佑介が早朝の中山家へと訪れていたのである。


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