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プロトタイプ POL000 1

ソリスピアさんの方で個別で投稿していたお話です

 そこはひんやりとした冷気漂う空間だった。


 泣き叫ぶ妻の背中を見下ろし無機質な台の上で横たわる15歳の息子の死に顔を見つめていた。


 短い前髪に少し細めの眉毛。鼻筋は妻に似てすっと通っていた。


「こんな顔だったのだろうか?」

 そう中山和彦は交通事故で死亡した息子をただただ見つめることしか出来なかった。


 半年もしない内に妻の亮子とは離婚した。妻は『以前から』付き合っていた男の元へ行き、息子の遺骨を持って行こうとしたがそれについては相手の男が制止をして結局のところ彼女は息子の遺骨より男を選んで何も持たずに消え去った。


 ポツンと残された白い布を被った息子の遺骨を前にずっと考えていた。


 ずっと。

 ずっと。

 己が息子と何をして生きてきたのだろうか、と。


 息子の部屋は怖くて入れなかった。

 だから息子が何を思い、何を感じながら生きてきたのかもわからない。


 最後に言葉を交わした日も何という言葉を話したのかも、山中和彦には思い出せなかったのである。


 山中和彦は広島駅から東京へ向かう新幹線の窓際の席に座りながら視線の少し先で騒いでいる大学生たちの姿を見ながら

「結局、俺は……5年間考えても翼のことが何もわかっていなかったということだけが分かったな」

 そう考え

「翼も生きていれば大学生だ。彼らと同じくらいの年齢だっただろう」

 と何処か感傷に似た思いを感じながら時折身体を震わせる新幹線の振動に身を任せた。


 47都道府県警察の頂点に位置する警察庁。

 広島県警察刑事部捜査一課長を務める中山和彦は突然の警察庁刑事局長の呼び出しに片道約四時間かけて向かっていたのである。


 日頃は広島県のあっちの警察署、こちらの警察署と凶悪事件が起これば走り回っていた。東京の本庁の呼び出しは本当に珍しいのだ。もちろん、更に上の役職である県警本部長などになると定期的に本庁へ出向くこともあるが一介の県警本部の課長クラスとなるとそれほど多いわけではない。


 つまり、これはかなり珍しいことであった。


 中山和彦は東京駅に着くと東海道新幹線の改札を通り抜けて雑然として多くの人々が行き交う在来線構内に目を苦い笑みを浮かべた。


「いやいや、東京に来たのは本当に数年ぶりだからな。45歳のおっさんでもお上りさん気分になるな」

 そうぼやき、警察庁が入る合同庁舎がある桜田門駅へと向かうために山の手線乗り場へと人々の流れに乗って向かった。


 警察庁のある合同庁舎の周辺には警視庁や様々な省庁などの日本の中枢である役所関係の建物が集まっている。どの建物も威圧感がありしかも高層であった。


 中山和彦は庁舎に入りボディチェックとセキュリティチェックを受けると入館許可証を身につけて16階の警察庁刑事局へと向かった。

 16階の警察庁の部署が入る階になると人の姿はそれなりに落ち着き廊下を行き交う人の姿もなかった。中山和彦はその中の一つである警察庁刑事局長の執務室の戸を叩くと中から声が返った。

「入れ」


 現在の警察庁刑事局長は相田元一と言い、警察庁長官の荒神静音と共にかなり切れ者であると噂されている。


 中山和彦は重厚な扉を開けて中に入ると敬礼をして

「広島県警察本部刑事部捜査一課長、中山和彦であります」

 と告げた。


 相田元一は50歳だが見た目は40代前半の若い印象のある男性であった。

「よく来た」

 彼はそう言いチラリと隣に立っている青年に目を向けた。

「彼はPOL000。現在、警察と東京大学工学部と数社が共同開発しているロボット警察官のプロトタイプだ。彼の性能を見て今後のPOL系ロボット警察官の方向性を決めようと思っている」


 中山和彦はチラリと敬礼する20歳くらいの青年を目に

「……POL系ロボット警察官?? なんだそれは??」

 と心で呟いた。


 POL000と言われた青年の姿をしたロボット警察官はニコッと人好きのする笑みを浮かべるとすっと敬礼をした。


 それに中山和彦は何処かハッとするものを感じつつ

「あ、はぁ」

 と視線を戸惑うように相田元一に戻した。


 相田元一はそれに

「中山警視にはこのPOL000の教育を任せる」

 と告げた。


『任せる』と言うのは意思確認ではなく決定事項と言うことである。


 中山和彦は目をカッと見開いて相田元一を見たものの階級二つ違えば天と地の権力差があるという厳格な縦社会にあって警察庁刑事局長の決定事項をひっくり返すことが一介の県本部の一課長にできる訳もなく

「……わかりました」

 と答えるしかなかった。


 相田元一は笑むと

「では頼む」

 と告げ

「POL000では呼びにくいと思うので名前は君が決めればいい」

 と付け加えた。


 中山和彦はじっと見つめてくるPOL000を見つめ返し

「は、はぁ……」

 と呟き、その視線にふっと息子の翼を思い出して

「つ……」

 ばさ、と言いかけたものの言葉を飲み込むと窓の外に飛んだ燕を目に

「ばめ……ほんみょう……とかですかね……その……つばめと」

 と告げた。


 相田元一はそれにペンを手にすると

「? ほんじょう、つばめ、か?」

 と言い

「なるほど、では漢字は六法全書に使われる本条でいいか。本条燕だな」

 と告げた。


 中山和彦はヒタリと汗を浮かべつつ敬礼をすると

「はい、本条燕と」

 と答えた。


 POL000は一度目を閉じて静かに開けると

「中山和彦警視、宜しくお願いいたします」

 とニコッと笑った。


 中山和彦はその笑みに何かを感じつつ

「は、宜しくお願いいたします」

 と答えた。


 相田元一は笑いをこらえるように口元を歪め

「では、頼む。広島県警の警務部には話を通している」

 と告げた。


 中山和彦は敬礼をすると

「は!」

 と答え、POL000こと本条燕に目を向けると

「では、行きましょうか」

 と混乱しながら彼を引き連れて警察庁刑事局長の執務室を後にした。


 そして、廊下を数歩歩くと大きな息を吸い込みハァ~と息を吐き出した。

 本条燕は軽い足取りで中山和彦の横に立つと

「俺を新米の部下だと思ってください、中山課長」

 とビシッと敬礼をして告げた。


 45歳という少々若者とはジェネレーションギャップを覚える年齢に達している中山和彦は

「彼が……ロボット? ニュースで時々AIとか聞くがまるっきり人間と変わらないじゃないか! ロボットも極めりだな」

 と心で呟きながら、緊張感から解き放たれた瞬間に感じる空腹に

「本条、燕くんは……ご飯を食べるのか?」

 と聞いた。


 本条燕は首を軽く振ると

「いえ」

 と答え

「でも、ちょうど正午ですので昼食に付き合いますよ」

 と告げた。


 中山和彦はフゥと息を吐き出して

「そうか」

 と答え、彼を連れて合同庁舎を後にしたのである。


 横を軽い足取りで歩く燕を横目に彼は5年前に失った息子の翼もまた生きていれば同じ年くらいの年齢だっただろう。とフと感じたのである。


 建物を出ると明るい光が注ぎ、中山和彦は何処か久しぶりに景色を視認したように目に入る桜の木々に

「ああ、そうか」

 と小さく呟いた。


 ……春か……

 そう感じたのである。


 中山和彦の勤める広島県警本部は広島県の中心地である広島駅からは意外と離れた場所にあり、どちらかと言うと広島城寄りの場所にあった。

 その周辺に同じように裁判所や県庁がありこれはどの県もそうなのだが県警本部の隣に県庁が立っているという形であった。


 中山和彦の家はそこから少し離れた京橋川と猿俣川に挟まれ広島湾に面する南区の皆実町の住宅街にあった。

 本条燕と共に東京から再び約4時間かけて広島へ戻った中山和彦は県警本部に一旦寄って警務部長である小山健二に出張費などの精算を提出しPOL000こと本条燕について聞いた。


 小山健二はあっさり

「こちらも急にだからなぁ」

 と言うと

「取り合えずは警察学校の寮の一室をマンションが見つかるまで使ってもらうしかないな」

 と告げた。

「少し離れているが少しの間だけだからな」


 中山和彦は目を細めると

「広島湾を挟んで対岸だろ」

 と突っ込み

「わかった、とりあえず。俺の家に住まわせる」

 と言い

「近場のマンションを早く見つけてくれ」

 と告げた。


 小山健二はニッと笑うと

「いやいや、悪いねぇ」

 とさも悪くなさそうに告げた。


 中山和彦は肩を竦めると二人の様子を沈黙を守って見つめる本条燕を見ると

「行こうか、本条」

 と呼びかけて、警務部のフロアを後に県警本部を出た。


 本条翼はパタパタと音がしそうな足取りで中山和彦の後について駐車場に止めていた車の助手席に乗ってシートベルトをした。

「お世話になります!」


 中山和彦はそれに

「いや、気にしなくていい」

 と言うと車を走らせたのである。


 県警本部からホテルやビルなどが立ち並ぶ鯉城通りという市街地の道路を南下し広い道に出ると左折をして住宅街の様相が強い国道2号線の東に向かって京橋川という幅の広い一級河川を超えて少し南下した住宅街に中山和彦の家はあった。


 二階建ての極々普通の家である。ただ、5年前まではそこには息子と妻が住んでおり、反対に和彦自身は帰ることが殆どなかった。車で10分程度の場所だったが県警本部に寝泊まりすることも多かったからである。


 広島の治安のため。人々を守るため。

 中山和彦は家の駐車場に車を入れると共に降り立った燕に

「ここだ」

 と言いながら

「結局、俺は一番身近な人間を守ってやれなかったな」

 と目を細めた。


 燕は中山和彦の後について2段ほどの階段を上り、家の玄関に入ると

「たっだいまー」

 と足を踏み入れた。


 中山和彦はそれに目を見開くと振り返り靴を脱いで入る燕を見た。そして苦く笑むと

「ただいまか……良い言葉だ」

 と言うと

「お帰り」

 と答え、一階にある自室の隣の和室を使うように告げたのである。


 POL000はロボットであり食事はしなかった。電力は一か月くらいは体内蓄電で持つがその間に充電する必要があった。それに関しては燕自身が良く分かっており

「電力供給料金については警務部へ請求してください」

 と告げた。


 中山和彦は電力供給する姿を見る時だけ

「やはり、ロボットか」

 と感じ、それ以外の時はほぼほぼロボットであることを忘れるほど『人間くさい』ロボットであった。


 翌日から広島県警察本部刑事部捜査一課に在籍することになった本条燕に中山和彦は捜査一係の七滝時也と三見佑介を付けることにしたのである。


 七滝時也は燕を見ると

「新人だな。宜しく」

 と敬礼し

「裏取りや巡回はさせるからな」

 と告げた。


 三見佑介も敬礼して

「まあ、所轄と、だからな」

 と言い

「宜しく」

 と告げた。


 燕も敬礼をすると

「お願いいたします」

 と告げた。


 その時、安佐南警察署管内で男性の遺体が安川緑道の桜の木の下で発見されたという通報が入ったのである。暴行を受けた痕があり殺人事件と断定されての帳場が立ったのである。


 中山和彦は本条燕と捜査一と捜査二係の面々を見て

「行くぞ」

 と声をかけると安佐南警察署へと向かった。


 安佐南警察署では帳場が立っており『安川緑道男性殺人事件』と命名されていた。所轄の刑事課の面々も広い会議室の中で席に付いており前の方には署長の小宮孝雄と刑事課長の水森豊が立って待っていた。

 警視庁や大阪府警などに比べると日常的に殺人事件が起きているわけではない。広島県警もそれほど数は多くない。特に安佐南警察署管内では珍しく大きな事件だったのである。


 中山和彦は部下を連れて安佐南警察署の帳場に到着すると開いている席に座る部下を横目に一番前へと進んだ。

 燕にとっては初めての帳場である。そのまま中山和彦についていきかけてムンズと七滝時也に腕を掴まれると

「本条、俺たちはこっちだ」

 と空いていた席に座らされた。


 三見佑介は苦笑しながら

「新人でも前に乗り出すのはダメだろ」

 と言い二人で挟むように燕の両側に腰を下ろした。


 40ほどある席がほぼほぼ詰まり、中山和彦が前の中央の席に座ると刑事課長の水森豊が立ち上がり状況説明を始めた。


 鑑識は既に現場の遺留品やゲソ痕などの採取を終わらせており、遺体の側には他にも5人の足跡があった。

 その足跡の型の写真を示し

「ガイシャの足跡の他に5人のゲソ痕があり、いずれも26cmから27cmの男性のモノだった。犯人は複数名でガイシャに暴行を加えて殺したと思われる」

 と告げた。

「死亡推定時刻は夜の7時から9時の間と出ている。暴行を受けても暫く生きていたと思われる。その後に亡くなったのではないかと検死報告書で出ている」


 七滝時也も三見佑介もメモを取りながら話を聞いていた。燕は黙って見つめ話を聞いていたのである。

 中山和彦は現状の説明が終わると立ち上がり

「殺害現場と死体発見現場だと思われる。またゲソ痕などがはっきり残っていることから計画的ではなく衝動的なものだと判断できる。ガイシャ身辺にトラブルがなかったか。また現場周辺で突発的なトラブルがなかったかの両面からの聞き込みを中心に絞り込んでもらいたい」

と告げた。


 それぞれ手帳を閉じるとザッと立ち上がった。

 燕はキョロキョロとそれぞれの上司に聞き込み区域の割り振りを聞きに向かうのを見て

「俺は」

 と呟いた。

 それに七滝時也が彼の腕を掴むと

「本条、こっちだ」

 と告げて、前にいる中山和彦の元へと進んだ。


 所轄は所轄の上司がいるが、本庁から来ているのだ。その中心者は中山和彦である。


 中山和彦は地図の前に立ち

「ガイシャの周辺でのトラブルについては所轄が中心に聞き込みをしてくれる。地理的に詳しいのでな。我々は現場周辺を中心に聞き込みを行う。捜査二係は現場の南側を下祗園駅に向かって聞き込みを頼む。それから七滝に三見、それから本条の三人は現場の北側だ。古市橋駅に向かって北上しながら聞き込みだ」

 と告げた。


 全員が敬礼をした。

 中山和彦は七滝時也と三見佑介を見ると

「七滝と三見、本条は初めての聞き込みになる。指導の方を頼む」

 と告げた。


 七滝時也と三見佑介は顔を見合わせると敬礼をして

「わかりました」

 と答えた。

 燕も敬礼をすると

「はい!」

 と答えた。


 中山和彦は全員が立ち去るのを見ると小さく息を吐き出し、ガイシャの発見時の状態やその他の状態などを見た。


 計画性があればゲソ痕くらいは消していくだろう。

 それが全くされていない。


 しかも倒れたガイシャをそのまま残して立ち去ったと思われる。

 こういう現場は何度か見ている。行きずりでトラブルとなって衝動的に殺害に至った現場の状態と酷似している。


 ただそう思い込むと初動捜査で失敗する可能性があるので、最初は広く調べるのだ。


 ただ、ガイシャの周辺については職場や、よく立ち寄る場所などを調べることになると住所を聞いてピンとこなければ少々時間が掛かる。なので、周辺地理を知り尽くしている所轄の刑事に頼むのが効率がいい。

 反対に事件現場はそこさえ解れば後は周辺の家々を回っていくことで良いので地理が疎い本庁からの応援でも問題はない。


 聞き込みの能力は十二分に本庁の人間は高いのだ。


 本庁からの応援と所轄の刑事の裏取りの割り振りは得てしてそのようにして決まる。


 中山和彦はフッと

「本条は……大丈夫だろうか?」

 と考えた。

 七滝時也と三見佑介は刑事課の中でも優れた刑事であり、且つ、対人的なコミニケション能力が高い。

 それを考えて燕の指導係に付けたのだ。


 燕は七滝時也と三見佑介と安佐南警察署を出ると車に向かいかけた二人を見た。

「あの、ここからだと安川緑道の現場まで徒歩で15分ほどです」

七滝時也と三見佑介は足を止めると地図を広げた。

確かに古市橋駅などは徒歩5分ほどである。

つまり、目と鼻の先と言うことだ。


三見佑介は笑むと

「よし、現場へ行ってそこから戻ってくる形で聞き込む方がいいな」

 と告げた。

 燕は敬礼をすると

「はい」

 と答えた。


 三見佑介は笑うと

「本条、いちいち敬礼する必要はない」

 と告げた。

「返事だけでいいぞ」


 七滝時也も頷いて

「そうそう」

 と答えた。

「TPOを弁えればいいのさ」


 燕は『TPO』と記憶すると

「はい」

 と答え、二人が歩き出すのに合わせて後を付いていった。


 安佐南警察署の直ぐ西側に沿ってある片道二車線のこの辺りでは大きな国道183号線を超えて一般駐車場と住宅の横を抜けるとそこに木々の植えられたアスファルトではない土の散歩道がある。

 そこが安川緑道である。

 安川緑道は少し蛇行した三キロほどの遊歩道で木々が植えられ、場所によってはちょっとした公園やトイレなどもある。

 現場はその遊歩道の中ほどで安佐南警察署とは反対側の西側に植えられた桜並木の一角であった。


 燕は七滝時也と三見佑介の二人とゆっくりその遊歩道を南下した。昼間は日差しも適度に射し込み、明るい。また散歩や子供たちの笑い声も遠くから響いてくる。


 しかし、街灯がほとんど見当たらないのである。

 つまり、夜になるとかなり視界が悪く人通りが無くなるだろうということは何となく想定が出来た。


 七滝時也も周囲を見回しながら

「昼間は良いが夜がきっと静かなんだろうな」

 と呟いた。

 三見佑介は頷き

「そうだな」

 と言い、足元を見て

「それに」

 と呟いた。

「夜は溜まり場になっている可能性があるな」


 足元に落ちている煙草のカスなどを見て目を細めていたのである。

 15分ほど道なりに遊歩道を進み、不意に燕が立ち止まると

「こっちです」

 と右手を指さした。


 二人は足を止めてフムッと少し考えた。

 凄い地理力である。

 燕が地図を広げているところも、メモを取っている様子もないことを二人はちゃんとチェックしていたのだ。


 なのに、ここまで迷いなく来て、挙句に場所をドンピシャで示している。


 燕は歩道を横手に抜けて桜の淡い花を咲かせる枝を手で避けながら自分たちが遊歩道に入ってきた反対側へ出ると花束が置かれている場所に立ち

「ここです」

 と告げた。


 そこは視線の先に見える住宅から細いアスファルトの道路を一つ挟んだ桜の花の波が影を作るように枝を伸ばす少し奥まった場所であった。

 夜にもなれば周囲には電灯がないこともあり人通りは無くなるだろうと想定できる場所である。


 七滝時也は目の前に見える二階建ての家を見て

「あそこから当たろう」

 と告げた。

「そこから戻る形で古市橋へと向かって聞き込みをしていこう」


 それに三見佑介も燕も頷いた。

 死亡推定時刻は7時から9時。

 しかし、暫く息がありその後に死亡と言うことなので恐らく暴行があったのは7時より前と言う可能性もあるのだ。


 三人は正面の家に行くと『真中』という表札を見てインターフォンを押した。

 インターフォンについているライトが光り声を返った。

『どちら様でしょうか?』


 七滝時也は警察手帳をカメラに向けて見せると

「警察のモノです。昨日発生した事件のことでご協力をお願いできればと思います」

 と殊更丁寧に告げた。


 日頃は『警察のモノです』で終わらせる場合も多々ある。

 だが今回は新人の燕の教育もあってセオリーを踏んだということである。


 燕はその様子を見て目をぱちぱちと動かした。

 三見佑介はそれを横で見ながら

「瞬き凄いな」

 と思わず心で突っ込んだ。


 家の中から50代くらいの女性が扉を開けて姿を見せた。彼女は3段ほどの階段を降りて門の前に来ると

「あの三鷹さんの旦那さんでしょ? きっと祇園高の生徒さんよ。本当にいつも迷惑をこうむっているのよ」

 と言い、小声で

「あそこの息子さんも祇園高の生徒さんでその一人だから大きな声で言えないんだけどね」

 と告げた。


 七滝時也はメモを取りながら

「あそこと言うと、お名前は?」

 と聞いた。

「それと、迷惑と言うと何か前にもトラブルが?」


 女性は頷くと

「実はね、あの学校の通学路になっているんだけど、ここのところ5人組の学生が大きな音で音楽鳴らしたりタバコ吸ってその辺にポイッってしてちょっと前に小火になりかけたのよ」

 と言い

「三鷹さんも怒って何度か注意しに行ったことがあったのよ。宮本さんね。息子さんの宮本雄二君」

 と告げた。


 三見佑介はメモを取りながら

「5人組の学生か」

 と言い

「ゲソ痕の人数と合致するな」

 と呟いた。

 そして、じっと見ているだけの燕を見ると

「本条、メモ取れ。メモ」

 と手帳を見せた。


 燕はそれを見ると

「メモ、ですか?」

 と言い、三見佑介の手帳を見て同じように警察手帳を出すと

「どう書けばいいですか?」

 と聞いた。


それには七滝時也も驚いて思わず顔を向けた。

「え!?」


 三見佑介は苦く笑って

「お前は聞け、俺が教える」

 と言い

「本条、必要だと思われる内容をこう書くんだ」

 と自身の手帳を見せた。

高校名と人数と宮本雄二と書かれていた。


 燕はメモに同じように書いた。

 七滝時也は息を吐き出して

「昨日は何か気付かれたことはありましたか?」

 と聞いた。


 彼女は少し考えて

「昨日は向こうの店まで夕飯を買いに行っていたので……」

 と告げた。


 七滝時也は「何時ごろに?」と聞いた。

 彼女は頷くと

「夕方の5時から6時半くらいだったかしら」

 と言い

「その時は気付かなかったけれど」

 と告げた。


 七滝時也は礼を言うと少し離れて燕に

「次は本条、お前が聞いてみろ」

 と告げた。

「フォローはする」


 問題の宮本家へ先に行くことにしたのである。

 燕は宮本家の建物の前に立つとすっとインターフォンを押した。それは初っ端の出だしを教えようと構えていた七滝時也や三見佑介が声をかける隙間もないほどの躊躇のない行動であった。

 ピンポーン、と音が響き、インターフォンから声が返った。

『どちら様でしょうか?』


 燕は先ほど七滝時也がしたように警察手帳をカメラに向けてみせると

「警察のモノです。昨日発生した事件のことでご協力をお願いできればと思います。宮本雄二さんから詳しくお話を聞かせていただければと思います」

 と告げた。


 三見佑介は笑むと

「初めてにしては戸惑いも何もないし中々良い言い方だ」

 と感心したように呟いた。


 七滝時也も頷いた。


 それに家の扉が開くと俯いた高校生くらい青年と40代くらいの女性が姿を見せた。

 女性は頭を深く下げると

「自首をさせようと思っていたんです。この子、何もしていないんです」

 と言い俯いたままの子供の腕を掴むと

「本当に、止めようと声をかけたけれど聞いてもらえなくて……逃げたんです。決して暴力をふるっていないんです」

 と告げた。


 青年こそが先ほどの話に出た宮本雄二であった。


 燕は頷くと

「お話は署の方で詳しくお聞きします」

 と笑みを浮かべると宮本雄二に

「詳しく話してくれるね」

 と告げた。


 興味深く七滝時也も三見佑介も笑みを浮かべた。

 宮本雄二は頷いた。


 七滝時也は携帯を手にすると中山和彦に連絡を入れた。

「はい、ガイシャと当日の夕方にもめたらしい高校生の一人が自首をして話をしたいと名乗り出てくれました」


 中山和彦はそれを聞くと隣で他の報告を聞いていた小宮孝雄と刑事課長の水森豊を見て

「高校生が自首をしてきたそうです」

 と告げた。

「今から七滝警部たちがこちらへ送ってくるということです」


 水森豊が携帯を切り

「ではゲソ痕を確認し5人と言う話なので他の容疑者の名前を聞いて事情聴取をしましょう」

 と告げた。


 中山和彦は頷いた。

 燕と七滝時也と三見佑介が連れてきた宮本雄二は現場に残っていたゲソ痕の一つと合致しその場にいたことが証明された。

 但し、本人の話通りのそのゲソ痕が見つかった場所は遺体の場所から少し離れており本人の話が正しいだろうことは足の動きからも分かった。


 宮本雄二は取調室で七滝時也の質問に正直に答えた。

「祇園高校から帰る時にあの遊歩道を帰るんだけど丁度木々で影になるからこっそり煙草を吸ったり、色々遊んでいて、何度か三鷹のオジサンに見つかって注意に来て叩かれたりしていて、あの日もタバコを吸っていたら火事になったらどうするって怒ってきて」

 

 七滝時也が言葉の止まった彼に

「どうしたんだ?」

 と聞いた。


 調書を取っているのは三見佑介でその隣で燕はそれを見ていた。調書の書き方の勉強である。その様子を隣の部屋から隠し窓越しで中山和彦が見ていたのである。

「ゲソ痕、突発的な行動と言い恐らく間違いないだろう」

 そう呟き懸命に三見佑介が調書を作っている様子を見ている燕を見た。


 何故だろうか。その姿、いや、その様子が息子の翼に重なる。

「翼のことを分かっていない俺が……何を考えている」


 中山和彦は苦く口元を歪めて視線を自白している宮本雄二に戻した。

 宮本雄二は正直に全てを話した。

「俺と松山はいつものことだと思って帰りかけたんだけど、戸田と勝村と高口が三鷹のオジサンを蹴り始めて……俺も松山も『止めろ』って声かけたけど三人とも止めなくて怖くなって……逃げて……すみません。母さんが止めたんだからちゃんと話せばわかってくれるって言って」


 七滝時也は頷くと

「ああ、正直に話してもらって助かった」

 と笑顔で答えた。


 燕はチラリと宮本雄二を見た。

「サーモグラフィーの様子から彼は本当のことを言っている確率は高いな」

 そう考えた。


 中山和彦は事情聴取を終えた七滝時也と三見佑介と燕を見ると

「帳場に全員戻ってきている」

 と告げた。

「他の関係者の名前も聞いたな?」


 七滝時也は頷いた。

「はい」


 宮本雄二は再度呼び出すかもしれないが一旦は母親と共に釈放した。


 彼が話した高校の同級生の4人に的を絞って事情聴取を行うことになった。宮本雄二が現場にいたことはゲソ痕からも判明していたことと暴行を加えていたのを見ていたという証言があったからである。


 時刻も6時過ぎと言うことで暴行後に暫く生きていたとすれば死亡推定時刻に入ってくるからである。


 所轄の刑事達がそれぞれ4人の家に行くと全員直ぐに投降した。供述は全員合致しておりゲソ痕も現場のモノと全て合致した。

 その中の一人、高口浩一郎の父親が姿を見せると

「息子は高校生だし、素直に事情聴取にも答えた。遺族との話もしてきた」

 だから釈放するように、と訴えてきたのである。


 高口浩一郎の父親は政財界に顔の利く高口興産の社長であった。

 署長の小宮孝雄は息を吐き出すと

「わかりました」

 と答えた。


 高口浩一郎の取り調べをしていた燕は入ってきた小宮孝雄を見ると

「まだ話は終わっていません」

 と告げた。


 小宮孝雄は頭を下げると

「取り調べはここまでだ」

 と言うと

「父親の高口信一郎氏が迎えに来ている」

 と告げた。


 隣の部屋の窓から見ていた中山和彦は隣に立っていた三見佑介と顔を見合わせた。こういうことは実際にあることなのだ。

 二人が部屋から出た時に高口浩一郎は小宮孝雄と共に廊下へと出ていた。


 その先に父親の高口信一郎が立っていたのである。

「まったく、お前は。私の立場も考えろ」


 そう言った瞬間であった。

 高口浩一郎は顔を上げると

「は? あんた誰?」

 と笑うと

「外で女作って家にも帰らず数カ月に一回くらいしか顔を見ない男が父親ずらするなよ! そうさ、あの男だって文句言って殴ってきやがって、だから蹴り飛ばしたんだよ!!」

 と怒鳴った。

「あんたのせいだよ!!」


 燕は高口浩一郎の前に行くとパンっと顔を叩いた。

「確かに三鷹巧さんが殴ってきたので君たちが怒るのは仕方がない部分があるけれど、相手が死ぬまで殴って気持ち良かったか? すっとしたか? 見栄張っていがるのは止めた方がいい」


 ……そのままだともっと自分を追い詰めることになる……

「本当の自分を晒さない限りもっと人を殺すことになる。三鷹さんが倒れた時に救急車を呼べば三鷹さんは助かっていたんだ」


 ……浮気をした父親のせいにしたって、三鷹さんを殺したのは君だからな……

「罪を償うのも君だ。三鷹さんの家族は君のそんな言葉を聞いても許したりはしない」


 中山和彦は目を細めて見つめていた。

 家に帰らない父親を『あんた誰?』と言った高口浩一郎の言葉が胸を抉ったのだ。自分も息子の翼が亡くなるまで家に帰る日は殆どなかった。


 ……あんた誰? ……


 そう思っていたのかもしれない。息子はそう思って自分を憎んでいたのかもしれない。

 胸が痛んだ。


 高口浩一郎は頬を抑えたまま俯いた。

「……怖かったんだ。悪いことをしたと思ってる。だけど……対面だけで……俺の気持ちをわかろうともしない親父を見ると……許せなくて」


 高口信一郎は黙って立ち尽くした。


 高口浩一郎は顔を上げると父親の高口信一郎を見た。

「もういいよ。父親止めてくれていいよ。俺、罪を償うからさ。バカな俺の事恥ずかしいんだろ? 帰ってくれ。それで俺は他人だって言えばいいさ」


 中山和彦は高口信一郎の前に行くと

「ちゃんと、息子さんの顔を見た方がいい。彼が何を言っているのかを聞いた方がいい。失った後では二度と聞くことはできない」

 と告げた。

「もし父親をやめるのなら彼の言う通りこのまま帰ってもらいたい」


 高口信一郎は中山和彦を見ると肩を掴んで押し退けた。そして、足を進めて高口浩一郎の前に立つと

「罪を償うんだな」

 と告げた。


 高口浩一郎は頷いた。

「俺がしてしまったことだから……今は……しなきゃよかったと思ってる」


 高口信一郎は小宮孝雄を見ると頭を下げた。

「息子がご迷惑をおかけしました。取り調べを続けてください」

 そう言って高口浩一郎に

「すまなかった。お前の帰りを待っている。家のことはちゃんとする」

 と言うと静かに笑んで背中を向けた。


 高口浩一郎は俯くと

「ごめん、父さん」

 と小さく呟いた。


 高口浩一郎はその後、全てを自供した。

 何度か三鷹巧に注意をされ、その日も同じように煙草を吸っていると怒られて叩かれたことでカッとして怒りに任せて三人で蹴ったということであった。

 ただ動かなくなって宮本雄二と松山康太の二人が逃げ出したことで自分たちも我に返って逃げたということであった。


 全員が高校生と言う事と反省をしているということもあり止めた二人に関しては起訴猶予となり、高口浩一郎を含めた三人は少年院送致となった。


 事件が解決し広島県警本部の刑事部捜査一課のフロアに戻ると七滝時也が

「本条は中々見込みがあるな」

 と告げた。

 三見佑介も頷き

「ああ、地理には異様に強いし、聞き込みも動じないし、調書の書き方も一度で覚えたな」

 と告げた。


 燕は敬礼すると

「ありがとうございます!」

 と答えた。


 それに関しては七滝時也は笑って

「TPOはまだわかってないな」

 と告げた。


 中山和彦は燕と共に夜になると本部を後に自宅へと車で戻った。燕は家の玄関に入ると

「ただいまー」

 と靴を脱いだ。


 その脱がれた靴を見て中山和彦は転がる靴を何処かで見た記憶があり懐かしい既視感に囚われた。


「あんた誰? か」


 燕は玄関口で呟いた中山和彦に向くと

「浮気をして家を顧みなかった父親と街のため人のために駆けまわる父親では同じ家にいない父親でも違う」

 と言い

「寂しかったけれど誇りに思っている」

 と静かに微笑んで告げた。


 中山和彦は目を見開くと燕を見つめた。

 本条燕はPOL000というロボット警察官である。人ではない。ロボットなのだ。


 なのに。

『寂しかったけれど誇りに思っている』

 その声が中山和彦には酷く懐かしい響きに聞こえたのである。


 POL000というロボット警察官。

 今はまだ一部の人間だけしか知らないのだが……数日後、燕の秘密がバレる事件が勃発するのである。


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