湯浅野旅館の危機 彩花VSエマ 前編
彩花はオレンジのエリーゼで海岸線を南に走り熱海を目指していた。そのとき、突如、後ろからプジョーのオープンカーが迫ってきていた。
「ん?」
彩花はサイドミラーでその存在に気づき、アクセルを踏んだ。しかし、彩花の腕をもってしても、なかなか離れず、エリーゼをぴったりとマークした。
「先に行かせましょ」
彩花は道を譲った、プジョーのオープンカーはエリーゼの横に並ぶ、運転手は彩花と同じくらいの若い女の子だった。髪型はボブっぽくて、サングラスをかけている。
「え!?」
彩花に軽く手招きすると、エリーゼを抜き去り、加速して見えなくなった。
「何なの!?」
彩花はハンドルを爪でひっかいた。
「でもあの子どっかで見たような……」
彩花が旅館に着くと、女将さんは悩んだ表情をしていた。
「どうしたんですか」
「あら、彩花さん、実はね、最近熱海に海外のリゾートホテルが建設されたのよ、それでね、最近湯浅の旅館の客足が離れているの。」
「あーそれって海辺にある大きなビルのことですか?」
「そうそう、うちに比べたら施設もきれいだし、露天風呂も景色がすごいみたいなのよ」
「はあ」
女将さんは不安げな表情をしていた。
「すいませーん! 宅急便です!」
「はーい」
女将さんは宅配業者から、茶封筒を受け取り、その場で封をビリビリと破った。
「え!」
「これってもしかして!」
中身を見て、二人は唖然とした。
Brise de Printempsといえば、フランスの有名なリゾートホテルの会社である。世界のリゾート地(マイアミ、ハワイ、タヒチなど)にホテルがあるそうだ。そんな会社がついに熱海にも進出してきたのである。
「完全にケンカを売りに来てるわね」
彩花はいつにもましてプリプリと怒っていた。
「でも、ラッキーじゃん! 無料で温泉には入れるんだから!」
「美紀ちゃん! 今日は遊びに来たんじゃないんですよ、ここに偵察に来たのよ、あんな挑発をしてくるホテルになんか負けちゃいられないわ!」
あの封筒の中身には、なんとBrise de Printempsリゾートホテルの招待状が入っていた。なんでも、日帰り温泉施設としても利用できるそうなので、和泉、彩花、美紀先輩の三人で行くことになった。
「待っていたわ、彩花!」
ホテルのフロントに入ると、三人を待っていたかのように、女の子が赤いソファーから立ち上って近づいてきた。
「ああっ! あなた、この前私の車を追い抜いたでしょ!」
「あんなにちんたら走ってるので、おばあちゃんが運転してるのかと思いましたわ、オホホホッ!」
「何ですって! ていうかなんで私の名前知ってるのよ!?」
「あら、覚えてらっしゃらないの?」
「あ! エマ!」
彩花は過去の出来事を思い出したようだった。
「そうあれは、ロンドンで開かれた シンポジウムの時に……」
「またそのシンポジウムの時なんですか?」
和泉は聞き返した。
「そうよ、エマがずっと勝手なこと言うから意見がまとまらず、大変だったのよ」
「当たり前でしょ、あんたたちが馬鹿な意見ばっかり出すから、私が正してやったのよ」
「何ですって!?」
美紀先輩は疑問を感じた。
「ていうか、エマちゃんは何でここにいるの?」
「このリゾートホテルは私のパパが経営しているのよ」
「ええ!?」
「じゃあエマちゃんが湯浅野旅館に招待状を送ったのか」
「そういうこと」
エマは黒いドレスに、首には高そうなネックレスをしていた。まるで海外のセレブのようなファッションセンスだ。背は彩花よりも低いが、グラマラスな体型で大人っぽく見える。
三人はエマに連れられ、ホテルを案内してもらった。和泉はこのホテルの設備にずっと感動しっぱなしであった。ちなみに団体行動のできない美紀先輩は気づいたときにはもうどこにもいなかった。
「いいなー、俺もうずっとここにいたいわ」
「そうでしょ、これからは私たちBrise de Printempsが熱海の代表的なホテルになるんだから、もうんなボロい旅館行には行かない方がいいわ」
「ちょっと和泉! あなたどっちの味方なの!?」
「えーだってこっちの方が湯浅野旅館よりきれいだし、広いし、マンガもたくさん置いてあるし、」
「あらそう、じゃあこれからはこのホテルで働けばいいじゃない」
「ちょっと、何もそこまで……」
彩花はまた不機嫌になった。その様子を見たエマはいきなり和泉の肩に抱き着いた。
「イズミーは、彼女とかいるの?」
「えっ、いないっすけど」
エマから高そうな香水のいい香りが漂ってきた。
「じゃあこれからは、いつでもここに遊びに来てね、エマ待ってるから」
エマは上目遣いでじっと見つめた、和泉は思わず、目をそらしたが今度は彩花にらまれた。
「まっまあ、たまに来ようかな……アハハ……」
その後、彩花たちはリゾートホテルの醍醐味であるオーシャンビューが楽しめる露天風呂に案内された。
「うわー!」
和泉は露天風呂からの景色に感動していた、地上22階から熱海の街と、青い海が水平線の彼方まで澄み渡って見える。
一方、女湯では……
「ねえ、あんた、好きなんでしょ」
「え? 何のこと?」
「とぼけんじゃないわよ、イズミーのことに決まってるじゃない」
「はあ、別にそういうんじゃないんですけど」
「意地っ張りぃ」
エマは手で水鉄砲を彩花に浴びせた
すかさず、彩花もやり返した、するとエマは彩花の顔に水鉄砲を浴びせてきた。怒った彩花は湯浅野旅館の桶で水を汲みエマにかけようと体を湯船からだし、桶を頭の上にあげた。
「あら、あんた、面白いところにほくろがあるわね」
「えっ」
彩花は谷間のほくろを指摘されて、顔を赤らめながら湯船に体を沈めた。
そして次の日、和泉が湯浅野旅館に入ると、彩花がフロントから出てきた。
「和泉、これ持って」
「何すかこれ」
和泉は彩花に自撮り棒を渡された。
「最近はSNSの写真をみて旅館を決める人も多いのよ、だから、私湯浅野旅館のアカウントを作ったの。」
「えーすごいじゃないすか」
「だから、これからこの旅館の紹介映像をとるの、和泉はカメラマンとして、私をしっかり撮ってね」
「ええ! そんな責任重大なことしたくないっすよ! それに……
「それに?」
「そっそんなことしたら、彩花さん目当ての客がいっぱい来ちゃいますよ」
和泉は照れ臭そうに答えた。
「やってくれないってこと!? じゃあもうエマのところに行ってくればいいじゃない!」
「分かりましたよ……」
和泉は、彩花の可愛さが世界に発信されてほしくなかったが、しぶしぶ了承した。
続く




