親父の過去 前編
俺はその日、墓参りに来ていた。親父は線香の束にろうそくで火をつけ、お墓の前に置いた、そしてゆっくりと目をつぶり、手を合わせた。
「なあ、じいちゃんはどんな人だったの?」
親父は墓石を見ながら話し始めた。
「じいちゃんはな、強い人だったよ。でも、強がってたのかもしれないな、俺とお袋には弱音を一切吐かなかったよ」
「だから、無理がたたったんだろうな」
親父と墓参りには何度も来ているが、じいちゃんのことを聞いたのは今日が初めてだった、でも、親父にとってじいちゃんの死はとても大きな出来事であったのは間違いないだろう。なんたって今の俺と同じ17の時に亡くなっているんだから。
「おい和泉、お前小春ちゃんとどこまでいったんだよ?」
次の日、堺と帰ろうとしていると、サッカー部の奴らが絡んできた。
「別に、そういう関係じゃねーよ」
「嘘だーいつも部活の後一緒に帰ってるじゃん」
「それはたまたま帰り道が同じだからだよ、なあ堺」
「最近俺のことはおいて小春ちゃんと帰っちゃうよな、和泉」
「ほら、やっぱこいつもう付き合ってるんだよ」
「おい堺! 誤解を生むようなこと言うなよ、お前だって俺を置いて先に帰るじゃねーか」
「あれ、そうだっけ」
そうこう話していると、校門の前までたどり着いた
「あれ? 和泉、あれ見て」
「え? あ!」
道路脇に、ロータスエリーゼが止まっていた。でも、今日は色が青だ。彩花さんはというときょろきょろと下校する高校生たちを見ていた。
「あ! いた!」
「何やってるんですか? 高校の前で」
「和泉、この後暇?」
「まあ、暇っすよ」
「じゃあちょっと付き合ってくれない?」
「え?」
「ほら、車乗って」
「あ…… はい」
「おい、堺誰だよあの子、モデルみたいな子だったぞ」
「ああ、彩花さんだよ、和泉がガチ恋してる」
「はあ!? あの野郎、小春ちゃんに懲りず、あんな美女とドライブだなんて!」
ついに、彩花さんの助手席に乗ることができる、俺はそれだけで胸がドキドキしていた。中に入ると、エリーゼの中はびっくりするくらいせまかった、俺はリュックを膝の上に抱えるように置いて座った。
「あのどこに行くんすか?」
「それは後で話すから、とりあえずシートベルトして」
「あっはい」
「ガチャッ」
シートベルトをしたのを確認すると、彩花はギアを一速に入れ、アクセルを踏んだ
エリーゼは熱海の街を抜けて、海岸線を北方に走っていた
「え!? お母さんが俺に会いたい!?」
「そうなの」
「でもどうして?」
「それが、なかなか訳を話してくれないの、和泉何か知ってる?」
「さあ」
「そういえば、この前言ってたことお母さんに言ったんすか?」
「え?」
「ほら、彩花さんの前だけ病気がつらくないふりするのがイヤだって」
「……」
「そんなこと、言えないわよ」
彩花さんはそこから少し黙り込んでしまった、余計なことを聞いてしまったかもしれない。
「うーん、面会時間までに間に合うかしら」
「和泉、飛ばすからなにかに捕まってて」
「え!?」
彩花はアクセルを強く踏んだ、エリーゼは勢いよく加速した。おれは背中がシートに張り付けられるほど後ろに体を持っていかれた。
「ちょっ!? 飛ばしすぎだって!」
彩花さんはカーブなのに、全然減速しない。崖の岩肌が目の前に迫ってきた
「うわー!!ぶつかる!!」
「あら、あなたが和泉君ね、こんにちは、彩花がいつもお世話になってます」
「あ、どうも」
「どうしたの、和泉君、顔がやつれてるわ」
「いや、大丈夫ですよ、アハハ……」
彩花さんの荒い運転で、小田原の病院についたときには、もうくたびれていたが、彩花さんはニコニコしていた。
「和泉君のことは、よく彩花から聞いてるのよ」
「えっそうなんすか」
「ちょっ、ちょっと! お母さん!」
彩花さんはベッドの横の椅子に座ってお母さんと談笑していた。家族のこと、湯浅野旅館のこと、とくにこの前の流しそうめんの話にはお母さんも社長にあきれている様子だった。それと、どうやら彩花さんにはお姉さんがいるみたいだ。
「じゃあ、さやかお姉ちゃんはいま日本にいるの?」
「ええ、今は東京にアパート借りて住んでるみたいよ、この前、連絡があったわ」
「そうなのね、今度会いに行こうかな」
「あ、もうこんな時間旅館に戻らないと、ごめんお母さん、今日は外に連れていけないかも」
「いいのよ、頑張ってねお仕事」
「ごめん、和泉帰りは電車で帰って」
「はーい」
彩花さんはそそくさと病室を後にした、
「恭介君は何かスポーツやってるの?」
「はい、小学校の時からサッカーやってます」
「あらそう、野球じゃないのね」
「え?」
「ううん何でもないの、ちょっと気になってただけ、強いの?」
「いえ全然、でも俺はあいつらとサッカーしたいからそれでいいんです」
そう、まあ楽しいのが一番ね
「あのよかったら外行きませんか?」
「え、でも悪いわよ、彩花じゃないんだし」
「大丈夫ですよ、外に出た方が気分もすっきりしますよ」
俺は彩花さんのお母さんを車いすで押しながら、病院のお庭を散歩した
九月の夕方は、秋の涼しい風が吹いていた
「この季節って夕方少し寒くなるのよね」
「あの、上着持ってきましょうか、僕取ってくるんで」
「ううん、大丈夫よ、お父さんと同じで、優しいのね」
「親父のこと知ってるんですか?」
「……」
彩花さんのお母さんは少し黙り込んだ
「ええ、まあね……」
お母さんのやるせない表情が、俺はすごく気になったが、それ以上はもう聞かなかった。
病院を後にして、熱海につくころには空はもうすっかり暗くなっていた。
「恭介どこ行ってたんだ!?」
「ほら、早くご飯にするわよ」
家に帰ってくるなり、父と母のテンションが妙に高い、何かいいことでもあったんだろうか?
「今日はな、ばあちゃんの地元から黒毛和牛が送られてきたんだよ」
ダイニングテーブルにはホットプレートが置かれ、牛肉のパックと切った野菜が並べられていた。
「ほらジャンジャン食べろ!食べ盛りなんだから!」
父ははしで牛肉をつかみ、ホットプレートの上に並べ始めた
ジューッと脂ののった肉が焼ける音がする。
母はビールを冷蔵庫から出して、缶のまま飲み始めた。
「あの、親父」
「ん、なんだ?」
「いや……」
「何でもない」
俺は言えなかった、というよりは、なんとなく言ってはいけない、そんな気がしたんだ。




