雨
第六話
(ザァァァア)
午前中はあんなに晴れていたのに、午後になると雲が広がりだして急に降りだした。
俺は、傘を持っていなかったのでかばんを頭の上に被せ、昇降口から駆け出した。
湯浅野旅館に着くころには、制服はビショビショ、靴の中もグチョグチョッと水が入り込んでいる音がした。
「フー、ひどい雨だったな」
湯浅野旅館に入ると彩花さんがいた
「和泉、ビショビショじゃない」
「はい」
彩花は大きめのタオルを手渡した
「あっ、どうも」
「今日は午後から雨が降るって天気予報で言ってたでしょ、傘持って行かなかったの?」
「朝はいつもギリギリまで寝てるから、そんなの見ないですよ」
「だから、そうやって濡れちゃうんでしょ」
「いいんですよ、濡れたって」
「ふーん」
彩花はクスクス笑いながら和泉を見つめた
翌朝
和泉(やばい遅れる遅れる)
朝礼まであと二分、このままいけばギリギリ間に合う時間だ
下駄箱で上履きを素早く履いて、階段を駆け上がろうとしたとき
ガンッ
何かが壁にぶつかる音がした
「何だ?」
音がした先に目をやると、廊下でフラフラと歩く女の子が視界に入った
ガンッ
右の壁にぶつかって
ガンッ
今度は左の壁にぶつかった
「ちょっと、君大丈夫?」
「あ~もうだめです~」
「分かった、肩を貸すから保健室まで行こう」
「はい~すいません~」
委員長「和泉君これで遅刻五回目だヨ、君は今日は居残りお掃除だヨ」
そう言うと、委員長は名簿にチェックを付けた
ちなみに、委員長はインド人のような見た目をしている、そして日本語がちょっと変だ
みさき「イェーイ!」
「ちょっと待て!貧血の子がいたから、保健室まで送り届けてたんだよ、だから遅れたの!」
「和泉くんこの期に及んで噓良くないヨ」
みさき「そうだそうだ!」
「嘘じゃねーよ!」
堺「まあまあ落ち着いて、和泉俺も手伝うから」
放課後
ガチャンッ
保健室のドアが閉まった
小春(はーあ、また今日もここで過ごしちゃった、わたしってほんとにダメな人だな…)
(そういえば… 朝、助けてくれた人、私より先輩だったみたいだけど、何組の人なんだろう)
小春は二年生の教室を探し回った
しかし、和泉を見つけることはできなかったので、あきらめて帰ることにした
小春は昇降口から出て、グラウンドを見渡した
「あー!」
和泉「ああもう、間に合ってたのに、なんで俺が掃除しなくちゃなんねんだよ」
俺は堺にボールをパスした
堺「まあ部活にも間に合ったからいいじゃん」
俺は堺のボールを受け止めた
「あっ!あの!」
「うん?」
振り返ると朝のあの子がいた
「ああ、もう大丈夫なの?」
「はい!」
「あっあのこれ受け取ってください!」
「えっ?」
その子は俺に茶色の封筒を差し出した
「それじゃ部活のお邪魔ですので失礼します!」
「ちょっと!」
そういうとその子は行ってしまった
「ほら、言ったじゃないか」
「ほんとだったんだな」
「見たかみさき!俺に謝れ!」
みさき「イヤですー」
堺「それより和泉、それ何もらったんだ?」
「もしかしてラブレターだったりして」
堺「この時代にラブレター紙で渡すかな?」
みさき「いいから、開けてみなさいよ!」
俺はドキドキしながら封筒の中の紙を取り出した
「えっ!?」
なんと、封筒の中には!?
ラブレター、
ではなくイタリアンレストランのパスタ大盛り無料券と、全品50円引き券が同封されていた。
翌日
俺たちは券を片手に例のレストランに行くことになった。
「ここみたいね」
俺はお店の看板を見上げた
「トラットリア・プリマヴェーラ (Trattoria・Primavera)、ここだ。」
「随分新しいね、最近できたのかな?」
「さあ、でも聞いたことないな」
「いらっしゃいませ」
その子は入口に立って手にはお盆を持っていた
エプロン姿が最高にかわいかった。
「どうも」
「あっ!来てくれたんですね!」
「君ここで働いてるの?」
「はい!実はここは私の両親がやっているんです。」
「あーそうだったの」
こちらにどうぞ
厨房の奥にはピザ窯があり、中年の男が中の様子を見ていた。
「そういえば、彩花さんは?」
「少し遅れるって言ってけど」
カランカランッ
「あっ来た!」
彩花「ごめんごめん、みんなお待たせ」
「お連れ様ですね、よかったら、これ使ってください。」
「小春は彩花に荷物を入れるかごを渡した」
「どうも、あれ、?」
「もしかして小春ちゃん!?」
「えっ!?」
「あっ!!」
「彩花さんじゃないですか~!」
「えっ?」
「彩花さん、知り合いなんですか?」
「ええ、前に去年の11月ロンドンの“環境変動における災害対策について”という議題で学生によるシンポジウムがあったの、その時に小春ちゃんは私と同じグループだったのよ」
和泉(シンポジウム!?たしかアレックスも同じことを言っていたな)
「そうでしたね、あの時は彩花さんがグループの皆さんの意見をまとめてくれたおかげで、助かりました。」
「いえいえ、そんなことないわ」
「でもどうして彩花さんは日本にいるんですか?」
「ええっと…まあいろいろあって今はこの近くの旅館に住み込みで働いてるの」
「ええ~!」
「彩花さんが住み込みで~!?」
「そんなことより、小春ちゃんこそなぜ日本にいるの?」
「ええ、実は私の父はイタリアンのお店を、持つことが夢だったんです、だから、今までイタリアで料理修行をしていました。この間、修行していたレストランの親方からようやく実力を認めてもらいまして、そして、海が近くて温暖なここ熱海でお店を開くことにしたんです。」
「まあ、そうだったの、お父様の夢が実現してよかったわね」
「ええ…そうですね…。」
小春は少し顔を曇らせた。
和泉「小春ちゃん?」
「いけない、少ししゃべりすぎましたね、お料理準備しますね」
そういうと、小春は厨房へ向かった
「あら、そういえば、みんなはどうして小春ちゃんと知り合いなの?」
「ええ、実は…」
「ってことがあったんです。」
「へー和泉、意外とやさしいとこもあるのね」
「意外って、僕はいつでも優しいですよ」
「でもね、彩花ちゃん!和泉封筒を渡された時、ラブレターだと思って大はしゃぎしてたの」
小春「えっ!?」
「おい、余計なこと言うなって」
彩花「フフッ」
お待たせしました!ナポリタン大盛りにしましたよ!それから、マルゲリータLサイズです!
和泉「うぁーうまそう!」
小春ちゃんはピザカッターで八等分に切り分けてくれた。
小春「あのー皆さんこの前、学校のグラウンドにいましたけど、部活動ですか?」
「和泉と、堺はサッカー部で私はそのマネージャーなの」
「マネージャーつったってみさき、いつも冷房の効いた部屋で友達としゃべってるだけじゃないか」
「うるさいわね!あんたたちこそ、いつになったら県大会に出場できるのかしらね?」
「なんだと!」
堺「まあまあ二人とも」
堺「小春ちゃんは部活入ってるの?」
「あの、私最近転校してきたばかりで、部活入ってないんです。」
「でも、私、あの調子じゃ運動なんてできないし」
じゃあうちたちのとこ来なよ、マネージャーなら大丈夫でしょ!
「えっ?いいんですか」
彩花「良かったわね、小春ちゃん」
「はい!」
数日後
「二宮小春です!今月この高校に転校してきました、皆さんよろしくお願いします!」
久々、サッカー部の部室に一輪の花が咲いたように、小春ちゃんはキラキラ輝いて見えた。
部員A「おいおいめっちゃ可愛い子じゃねーか」
部員B「和泉、お前知り合いなんだろ」
「まあ」
「紹介してくれよ、頼む」
「え?ああ」
みさき「ちょっとあなたたち!小春ちゃんに変なことしたら私許さないからね!」
部員A「チッ」
部員B「分かってるよ!そんなこと」
堺「和泉、パス!」
和泉は堺のロングパスをボールを胸で受け止めた
華麗なドリブルでディフェンスをかわしシュートの体勢に入る
小春「うわぁ!」
小春は和泉をずっと目で追っていた。
俺はシュートを放った
(ガンッ)
「あっ」
が、ボールは惜しくもラインを外し、ゴールポールに当たった
部長「よし、休憩!」
「クソッ!」
俺はベンチにもたれかかった。
小春「先輩お疲れ様です!」
「ああ、ありがとう」
俺は水筒を受け取った。
ゴクゴクッ
「あの、和泉先輩…」
「うん?」
「今日よかったら一緒に帰りませんか?」
「えっ?」
「あっ無理だったらいいんです、ごめんなさい急に」
「ううん、いいよ、そうしようか」
「えっいいんですか!?」
小春は目を輝かせた。
「それで、私が半分残してたフォカッチャ勝手に食べたんですよ!」
「ええ!それはひどいね!」
「そうですよね!」
「あっ彩花さん」
和泉(ゲッまずい、なんでこんな所に)
あら二人とも、部活帰り?
「はい、そうです、彩花さんはどこ行くんですか?」
「ちょっと女将さんにおつかい頼まれちゃってね」
「そうだったんですね、彩花さん、またお店に来てくださいね」
和泉「小春ちゃん、そっそろそろ行こうか」
彩花(えっ?)
「あっはい」
小春「じゃあ彩花さん、また」
彩花「バイバイ」
彩花は別れた後、振り返って楽しそうに歩く二人を見つめた
彩花「…」
「ここんとこ、あんまり晴れないな、ずっと曇ってるよ」
美紀は部屋から夜空を見つめた
彩花「そうですね…」
彩花「…」
翌日
「そしたら、私が残していたティラミス勝手に食べちゃったんですよ
えーまた!」
「ひどいですよね、もう次からはお皿に名前書いとこうかな~」
「アハハハ!」
俺は近づいてくる人影に見覚えがあった
(げっ、また彩花さんだ)
「小春ちゃん、今日はこっちから帰ろうか」
「えーお家はあっちですよ、てゆうか和泉先輩もそっちは遠回りじゃないですかー」
「いいからいいから」
彩花「…」
彩花(もう、何コソコソしてんのよ、バッカみたい)
和泉の行動は彩花にはバレバレであった。
俺は彩花さんにバレないように道を変えようとした
小春「あ、ちょっと!」
「えっ?」
バサッ
小春は和泉に抱き着いた
「ちょっちょっと!」
彩花「!」
和泉「あっ彩花さん、これは、その…」
彩花は呆然と二人を見ていた。
彩花「…」
「すいません、家まで送ってもらって」
和泉「うん、大丈夫だよ、もう体調は平気?」
「はい、よくなりました!」
「ではお二人とも、どうもありがとうございました。」
彩花「じゃあまたね、小春ちゃん」
彩花「…」
和泉「…」
帰り道、しばらく沈黙が続いた
「あの、一応言っときますど、小春ちゃんは貧血で僕に抱き着いてきただけですからね」
彩花「…」
「ちょっと!聞いてるんですか?」
「私、そんなこと聞いてません」
「じゃあどうして、不機嫌になってるんですか?」
「別に、不機嫌になってなんかないし」
結局そのあとも彩花さんは口をきいてくれなかった
その日の夜
彩花「美紀ちゃん、それ何作ってるの?」
「ああ、これテルテル坊主だよ、ここんとこ天気が悪いからな」
「へーえ」
「なんだよ?」
「美紀さんも結構かわいいとこあるんだなと思って」
「どういう意味だよそれ、こうみえても女子力高いんだぞ」
「フフッ」
彩花は部屋の電気を消した
アレックス「大体なんなんだ君は、いつも僕の邪魔ばかりして」
和泉「…」
「何とか言ったらどうだ? 毎日こんなことしていたら身が持たないぞ。」
彩花(二人とも、また言い争いしてる…)
和泉「…」
「そんなの…」
「そんなの、彩花さんが好きだからに決まってるだろ…!」
彩花( !! )
彩花「!!」
彩花は布団から起き上がった。
「夢…」
彩花「…」
彩花「私、なんでこんなこと思い出してるんだろう…」
彩花は暗い部屋を見渡した
窓から光が差し込んでいる、うっすらとテルテル坊主の影が見えた
彩花「…」
曇った空の中、和泉は浮かない顔をしていた
(彩花さん、まだ怒ってんのかな、全く、すぐカッとなるんだからあの人は)
その時、ポツポツと雨が降り出した
(やっべ、今日も傘持ってこなかった、仕方ない、走って帰るしかないな)
女将さん「今日もずっと雨ねーもう嫌になっちゃう」
美紀「あーあ昨日テルテル坊主作ったんでけどな、朝起きたらひっくり返ってたんだよ」
女将さん「あら、美紀さんひっくり返すと逆に雨が降るんですよ」
「え、そうなの?」
彩花「私は好きですよ、雨」
女将さん「あらそう、それじゃちょうどいいわ」
女将さんは戸棚から封筒を取り出した
「彩花さん、これポストに出してきてちょうだい」
「えー」
「雨、好きなんでしょ?」
「はーい」
彩花は湯浅野旅館を後にした。
和泉「ハアハア、もう少しだ…」
「あっ!」
俺は走るのをやめ、道路の真ん中に立ち尽くした
ザァァァア
雨が服にしみいる感覚がした
彩花「…」
和泉「彩花さん…」
彩花「…」
彩花「はぁ」
彩花は大きくため息をついた
「あの…すいません、傘に入れてもらって」
「和泉、今日は雨が降るって言ってたでしょ」
「天気予報なんて見ないですよ」
「見ないからこういうことになるのよ」
「はいはい」
彩花はどこかうれしそうな顔で雨の中を歩いた。




