ドイツからの刺客
第四話 ドイツからの刺客
まだ5月だというのに、ひどい暑さだ。アスファルトから反射する熱気がひしひしと伝わってくる。耳をすませばセミの鳴き声が聞こえてきそう日だ。
和泉「堺、今日の相手聞いたか?」
「ええと、なんか変わった名前の高校だったよね」
ハノファー高等学院と言えば、全国大会常連の言わずと知れた強豪校だ。部員計200人、顧問は5人、監督はJリーグの元選手、マネージャーは選手一人につき一人ずついるそうだ。二時間前にドデカいバスで到着した彼らは、テントの設営、グラウンドの整理を済ませ、俺たちが来た時にはもうウォーミングアップの体勢に入っていた
それに比べて、俺たちはというと…
後輩「冷たっ!」
「ちょっと、やめてくださいよ!先輩」
みさき「キャー!リアクション、カワイイ!」
部長「おい!」
「みさき!」
みさき「なに?」
部長「なに?じゃないだろ!水鉄砲なんかで遊んでないで、さっさと水入れてこい!」
ドサッ
部長は部員全員分の水筒を持ってきた。部長のサッカー部には珍しい坊主頭に、強い日差しが照りつけている。まるで太陽がもう一つあるようだ。
みさき「そんぐらい、自分たちでやりなさいよ!赤ちゃんじゃないんだから。」
「お前マネージャーだろ!マネージャーならマネージャーらしく選手たちをサポートするもんなんだよ!」
「相変わらず、朝からやかましい顔してるわね」
みさきはボソッと部長にそう言うと、水を汲みに行った
「あ、ちょっと待て!俺は三年だぞ!」
「俺は部長だぞー!」
(ピピッ ピピッ ピピッ)
六畳一間の部屋にアラームが鳴り響いた
彩花「美紀さん朝ですよ、起きてください」
美紀「ファーア」
美紀は大きなあくびをしながら腕をめいっぱい伸ばした
彩花(あら、今日は珍しく、すぐに起きてくれたわね)
美紀「…」
ノソリ… ノソリ… ガラガラガラ
「だから…」
美紀「?」
「そんな格好で外に出ないでって言ってるでしょ!」
いつものやり取りの後、二人は客室の清掃を任された
美紀「なあ一つ聞いてみたかったんだけど?」
彩花「?」
「何です?」
彩花はテーブルの入れ物にお菓子を並べた
「お前、和泉のことどう思ってるの?」
「モグモグ…」
美紀は口をゴモゴモさせながら質問した
彩花「えっ?」
「…」
急な質問に、彩花はしばらく黙り込んだ
次の部屋で、彩花は再びお菓子を入れ物に入れた
「別に、どうも思ってないですよ」
美紀「フーン」
「モグモグッ」
バシッ
彩花は美紀の腕をつかんだ
「美紀さん、お菓子食べないでくださる?」
「だってーこれ美味しいんだもん」
「最近どうもお菓子の減りが早いと思ってたら…」
彩花は険しい表情で美紀に視線を向けた
「いいじゃーんちょっとぐらい、いっぱいあんだから、お前の親父だったら許してくれるよ
「ダーメッ!」
試合は前半が終了した、ゲームカウントはすでに6:0の大負け、サッカーでこんな点数滅多に見ない
部長「…」
みさき「でもさ去年は前半の時点で9対0だったし、悪くはないんじゃない?」
部長「…」
堺「てことは、去年は五分に一回ゴールを決められてたってことになるね」
部長「…」
部長「あーもう!」
「なんで勝てないんだよ!」
堺(なんで勝てると思ってるんだこの人は)
部長「そもそもほとんどだ守ってばっかでお前たち全然攻めてないじゃないか!今まで散々シュート練してきたのを忘れたのか⁉」
和泉(逆にシュート練しかしないからこうなるんだよね)
(ピピッー)
後半戦のホイッスルが鳴った
誰もこの試合に期待などしていなかったが、チャンスが訪れた、今日の試合で初めて相手のディフェンスを突破したのだ
和泉「いける、いけるぞ!」
俺はボールを胸で受け取り、ラインをあげる、左サイドバックのディフェンスをかわしゴールまで一直線に駆け抜け
ゴールの中央で冷静にシュートを放った
しかし、ゴールキーパーは、キツネのような細い目で俺が蹴ったボールの軌道を正確に読んでいた
和泉(ちっ 止められたか)
キーパーは日本人離れした銀髪のマッシュヘアでひときわ目立つ存在だった。
俺が蹴ったボールをとった時の自信たっぷりな顔が腹立たしいやつだった。
数日後
俺が湯浅野旅館のフロントに行くと、彩花さんが誰かと話しているのが見えた
??「彩花さん、これ、お土産です」
彩花「ど、どうも…」
和泉「彩花さん、友達ですか?」
和泉「ってあぁー!」
俺は唖然とした、
和泉(この男、この前のゴールキーパーだ、なんで湯浅野旅館にいるんだ?…)
「誰だ、君は?」
このゴールキーパーは俺のことなど覚えていないようだった
「ここで一緒に働いている和泉君よ」
「なんだ、ダダの知り合いか」
和泉「で、誰なんです?」
彩花「えーと、それが私も思い出せないの、誰だっけ?」
アレックス「忘れたんですか⁉」
「去年の11月ロンドンの“環境変動における災害対策について”という議題で学生によるシンポジウムがあったでしょ」
「ああ!あったわね」
「シンポジウム?なんだそれ?」
「君には難しい話だ、少し黙っていなさい」
和泉(ナニッ⁉)
「そのとき、お互いに意見を発表しましたよね?」
「そうだったかしら?」
「いやーあれは実に有意義な時間でした、特に私が示した再生可能エネルギーのメリットとデメリットについては・・・」
ベラベラ話しているのを無視して、彩花さんはなんとか思い出そうと手を顎に当てて考え込んでいた
彩花は頭の中にその時に撮影された集合写真を思い浮かべた
彩花「うーん…」
キーパー「右の一番上です」
「あー違うこっちこっち!」
「うーん…」
「そう!」
「その上!」
「の一番右端!」
「うっうーん…」
彩花(いたような、いなかったような・・・)
和泉「で、あなた、何の用なんですか?」
キーパー「和泉君、申し遅れたな」
「アレックス・アレグザンダーだ」
和泉「アレックス…ごめんもう一回」
アレックス「アレックス・アレグザンダーだ!」
和泉「それって稲妻サンダーのこと?」
「アレグザンダーだよ!」
アレックス「まあ今日のところはこれで、彩花さん、また会いに来ますね」
彩花「えっええ…」
そう言うと、アレックスは白のBMWに乗り、颯爽と湯浅野旅館を後にした。
アレックスからもらったお土産袋の中には、ビールとプレッツェルが入ってた。
美紀「それにしても」
ポリポリッ
「随分固いパンだな」
「プレッツェルって言うのよ、それ」
「フーン、よく分からないけどビールに合うなーこれ、お前も飲むか?」
(それ私がもらったんだけど…)
「ビールは美紀さんにあげる、私はまだ飲めないし…」
(アレックスって言ったっけ、あの人、なんで私に会いに来たんだろう?)
彩花は部屋ベランダの柵にもたれながら外を見つめた
翌日
朝礼の時、女将さんは困惑した顔していた
女将さん「ええと…」
本日からここで皆さんと働くことになりましたアレックス・アレクザンダーさんです…」
彩花「ええー!?」
堺(面白くなってきた)
和泉「女将さん!なんでこんなわけの分からない怪しい人を採用するんですか⁉」
「でもねー人手不足だし、ちゃんと働いてくれるならだれでも大歓迎です」
ヤツは相変わらず斜に構えた態度で俺の方を見てニヤニヤしていた
「フッ、訳の分からないとは失礼な、僕はあの名門ハノファー高等学院に通う将来エリートになる男だ、この高貴な湯浅野旅館に身分不相応なのは君の方じゃないのかね?」
「おい!今の言葉もう一回言ってみろよ!」
「喧嘩するなら、やめてもらいますよアレックスさん」
「女将さん、お見苦しいところをお見せして大変申し訳ございません。しかしわたくしアレックスは、英語はもちろんドイツ語、スペイン語も話せます。熱海は海外からのお客様も多いですから、きっと湯浅野旅館のお力になれると思いますよ。」
女将さん「あら、すごいじゃない、それでは期待してますよ。」
この日からというもの、俺たちは彩花さんをめぐって壮絶な戦いを繰り広げることになった。
「彩花さんそれ持ちますよ!重たいでしょそれ」
「あら、気が利くわね、ありがとう和泉!」
「彩花さん、その布団はこの僕が運んでおきますよ!」
「えっ…じゃっじゃあアレックスくんにお願いしていいかな?」
「おい、先に頼まれたのは俺の方だ」
彩花「…」
「何を言ってるんだ!? 彩花さんは私に頼んでいるんだよ」
「うるさい!お前は外で落ち葉掃きでもしてろよ!」
「今は五月だ、落ち葉なんて一枚も落ちやしないさ、そんなことも分からないのかね、君は。」
彩花「…」
「何だとこの野郎!」
(ハァ…)
彩花はため息をついた
彩花「もう!自分でやるから結構です!」
彩花さんは言い争う俺たちにかまうことなく行ってしまった。
数日後
「和泉、今日も部活休むの?」
「ああ、しばらく休むかもな」
「大丈夫?随分疲れた顔しているけど…」
「平気だよ」
俺は、堺をおいて学校をあとにした。
(俺は部活そっちのけで、湯浅野旅館のバイトに明け暮れた。部活なんか行ってられるか、彩花さんをアイツと二人きりにしたらどうなるか分からないからな…)
(待てよ…?)
俺は道端で立ち止まった。
(そもそもアイツ、なんで彩花さんが湯浅野旅館で働いてることを知ってたんだ?)
アレックス「そんなの簡単なことだ」
「彩花さんのSNSにかいてあったでしょ」
「え⁉」
アレックスの携帯を覗くと、Ayaca,Y のアカウントには着物に着替えた彩花さんの後ろ姿らしきものが投稿されていた。
「なんだ、もしかしてフォローしてないのか?」
「しっ…してるよ!」
二人が話に夢中になっている間、彩花はとなりの更衣室に入った。
アレックス「大体なんなんだ君は、いつも僕の邪魔ばかりして」
和泉「…」
「何とか言ったらどうだ? 毎日こんなことしていたら身が持たないぞ。」
彩花(二人とも、また言い争いしてる…)
更衣室は壁一枚挟まれただけなので、声は筒抜けであった。
彩花は着替えながら二人の声に耳を傾けていた
和泉「…」
和泉はロッカーにもたれかかり、うつむきながら答えた
「そんなの…」
「そんなの、彩花さんが好きだからに決まってるだろ…!」
彩花( !! )
彩花は思わず手を口に当てた。
彩花「…」
「フッ」
アレックスはしたり顔で軽く微笑んだ
「最初からそう言えばいいんだよ、和泉君」
アレックスは“ポンッ”と、やさしく俺の肩を叩いた
「まあ、これでお互いに、正式なライバルって訳だ、少しは仲良くしようじゃないか。」
和泉
(こいつ、俺のことを試してたな)
むっとした俺の顔を見て、アレックスはニヤついていた
「そうだな、ブラックサンダー」
「アレグザンダーな、僕はチョコレートじゃない」
彩花「…」
彩花は二人が行くまで、更衣室の中で息を殺していた。
「そうか、あの時シュートした時の」
「俺のこと覚えてたの?」
「覚えているとも、ボールを奪ってから一気にラインをあげて、たぐいまれなドリブルで僕たちの鉄壁なディフェンスを崩し、ゴールの中央でシュート!いやー実に見事だったよ!しかし、君もかわいそうだな、せっかく腕はあるのにあのチームにいたんじゃ、もったいないじゃないか?」
「いや、そんなことはない」
「俺はあいつらとサッカーするのが楽しいんだよ、だから、上手いとか下手とかは関係ないね。」
アレックス「…」
「フッ、そうか…なら何も言わないよ」
「二人とも」
客室の廊下でしゃべっている俺たちに気づいたのか、彩花さんが階段から降りてきた。
アレックス「彩花さん、どうしましたか?」
「これ、フロントに帰しておいてもらってもいい?私ほかにもやることあるから。」
彩花さんは部屋の鍵を差し出した
「和泉君よかったな、彩花さんから仕事を頼まれるなんて」
和泉「えっ?」
和泉「…」
アレックスはニコニコ笑っていた
(まて、その顔何か企んでいるにちがいない、このまま彩花さんから仕事を引き受けたら、コイツの思うつぼだ。)
「遠慮するなって、アレックスがやればいいじゃないか」
「なっ!?僕は遠慮なんかしていない」
「そんな馬鹿な、本当は頼まれたいんだろ」
彩花「…」
「じゃあ君はその間どうしているんだね?」
「俺は外で落ち葉掃きでもしてるよ。」
「フッ」
「ハハハハ!」
アレックスは急に笑い出した。
「今は五月だ、落ち葉なんて一枚も落ちやしないさ、そんなことも分からないのかね、君は。」
彩花「…」
和泉「…」
和泉「そうだったな、ハハハハハ!」
アレックス「ハハハハハ!」
彩花
彩花「もう!私が行くから結構です!」
彩花さんは行ってしまった…
「何をやっているんだねー君は?せっかくチャンスを作ってあげたというのに」
「うるさい!信用できないんだよ!お前の言ってることは。」
??「坊や!」
和泉「何だ?」
遠くで誰かを呼んでいる声が聞こえた
旅館の入り口に、あの白のBMWが止まっていた
中から、18世紀ヨーロッパから来たのだろうか、世界史の教科書で見るような紳士と貴婦人が降りてきた。
和泉(なんだあの二人は⁉)
アレックス「パパ!ママ!何でここにいるんだよ!」
和泉(パパ⁉ママ⁉)
アレックスが急に反抗期の中学生みたいになった。
ママ「なんでって、坊やを迎えに来たのよ」
パパ「アレックス帰るぞ」
「帰るってどこに?」
ママ「どこにって」
パパ「それはもちろん」
ママ・パパ「ドイツ」
和泉「えー⁉」
アレックス「イッイヤだー!」
パパ「だめだ、帰るぞ」
「イヤだー!せっかく彩花さんに会えたのに!おれはずっと日本にいるんだ!」
アレックスは幼く、情けない声で叫び続けた
そんな抵抗もむなしく、父親に引きずられながら湯浅野旅館を後にした。
和泉(一体どうなってるんだ…)
翌朝
彩花「さようならー!」
俺たちは、何が何だか分からないまま、フェリー乗り場でアレックスを見送ることになった。
「彩花さん!和泉に変なことされたらすぐ言って下さい!いつでもわたくしアレックスが海を越えてドイチュランドからあなたのもとに参ります!」
彩花「はっ、はあ…」
和泉「うるさい!さっさと帰れ!キザ野郎!」
彩花(和泉…)
美紀「なあ、普通飛行機で帰るもんじゃないのか?ドイツまで船で帰ったら相当時間かかるぞ」
堺「うーん、まあでもこの場合、船で帰った方が絵になりますしね」
後から聞いた話だがこのアレックスという男はハノファー高等学院の三年生で、今はドイツに留学中だったみたいだ、彩花さんが日本に戻ってきたと知ってわざわざ、ここ熱海まで飛んできたそうだ。
フェリーは汽笛を鳴らしながら、少しずつ水平線の彼方へと姿を消した。