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SPRING  作者: SORA
3/5

彩花の母

第三話 彩花の母

湯河原から熱海までの道は山沿いを走る一般道路と海岸線を走る有料道路がある。海岸線を飛ばすロータスエリーゼは鮮やかなオレンジ色で、間もなく赤い鉄橋を通過した。




そういえば、ここ最近彩花さんの姿を見ていない。そんなことを考えながら、俺はいつも通り観光バスから大量の荷物をせっせとおろしていた。


和泉「はー、しんどい。」

堺「今日は大盛況だねー」

「それだけ俺たちが大変な思いをするんだよ、堺」


ブーーーンブーーーッ

キッキィーーーー

荷物を下ろす俺たちの横にオレンジのスポーツカーが止まった。

ガタッ


彩花「いーずみ!」


「うわ、すげ…」


俺は突然のことでそれしか言葉が出なかった、そうだ、彩花さんはお嬢様だった。


「どうしたんですか?その車」

「実はね…」




数日前

彩花は家に帰った。午前中は花壇の菜の花に水をやり、ゴルフの練習、午後はリビングで紅茶を飲みながら音楽を聴いていた。


「彩花、久しぶりに帰ってきて少しリフレッシュできたんじゃないか?」


彩花「…」


「彩花、どうした?」

「なんでパパはずっと家にいるのよ!せっかく一人になれると思ったのに!」

「なんでってわしも同じタイミングで休みを取ったんじゃ、彩花と一緒に過ごせると思っての」

「パパといつもいつも一緒に居たくなんかないわよ」

社長(ショボン…)

「彩花が喜ぶと思ってプレゼントも用意したのに」


「プレゼント?」


「彩花も免許取ったからな、これは父からのプレゼントじゃ」


そういうと社長は彩花に車のカギを三つみせた。


「パッ」

「パパー!」

彩花は嬉しそうに社長の腕にしがみついた。


「ガッハハ、じゃさっそくガレージに見に行くぞ」

「うん!」

ガラガラガラガラ

「うわぁーー!」


ガレージの中にはピカピカのスポーツカーが止まっていた。

ロータスのエリーゼという車だそうだ。


「どうじゃ、彩花でも運転しやすい大きさじゃろ」

「でもこんなにいい車私に運転できるかしら」

「慣れれば大丈夫じゃよ」

「ねーえ、後の二台はどこにあるの?」

「隣のガレージにちゃーんと止まってあるぞ!きっとその2台もきっと気に入るはずじゃ!」

「ありがとう!やっぱり私パパのこと大好き」

彩花は照れくさそうにまた社長の腕にしがみついた

「ガハハハッ」



ガラガラガラガラ

「…えっ…」

「どうじゃ!いつもオレンジでは飽きると思っての、白と青のエリーゼも彩花にプレゼントじゃ!まあその日の気分によって好きな色のエリーゼに乗ればよい」

彩花「…」

彩花は組んでいた腕を離した。

「彩花?どうしたんじゃ?」

「どうしたもこうしたも…」

「おんなじ車三台もいらないわよ!もう!パパのバカ!」




「というわけで今に至るということ」

「はっはあ」

「その車いくらするんです?」

「えーいくらだったかしら?800万ぐらいじゃない?パパも安いやつにしたって言ってたし」

「はっ800万!?」

和泉(彩花さん、もう俺、ついていけないよ)


彩花さんは奥の駐車場に車を止めに行った。

「でもそんな車で出勤したら、女将さんに疑われますよ」

「あら、誰かさんが女将さんに言わなければバレることなんてないでしょ?」

彩花さんは意地悪そうにぱっちりした目で俺のことを見てきた。

和泉「はいはい」

和泉(まだそのことを根に持ってるのかよ)




彩花「ありがとうございました!またお越しください。」

彩花さんは、少しめんどくさい人だけど…普段は笑顔が多くて優しい人だ。

彩花さんがここに来て数カ月、旅館の雰囲気も明るくなってきた気がする。


でも…


たまに遠くを見つめてボヤっとしいるときがある。

そういう時の彩花さんの顔は、どこか心配そうで悲しい表情をしている



「彩花さん?」

「?どーしたの和泉?」

「どうしたんですか?深刻な顔して。」

「えーそんな顔してないよ」

「何か悩みでもあるんですか?」

「別に、何も悩んでないけど…」


そうは答えるが、どこか腑に落ちない。きっと人には言えないことなのだろう。





みさき「フーン、まあ私には何となく分かるなー」

和泉「じゃあなんで?」

「彩花さんにはね彼氏がいるのよ」

和泉「…」


「うそだ」


魂が抜けたような顔になっている俺をみてみさきは少し驚いていた


「だいたい、彼氏がいないと思う方がおかしいでしょ!」

「嘘だ!そんなの絶対嘘だ!」


俺は頭を抱えた。


「彩花さんはきっと、留学先のイギリスにいる彼のことを思っているのよ、ああ!そんな彩花さんを思うと私まで胸が締め付けられそうになるわ!ウーウゥッ ウッ」

みさきは教室の壁に抱き着きそのまま泣いた真似をし始めた。

堺「みさき、和泉の前でそんな悪ふざけするもんじゃないよ、和泉は彩花さんにガチ恋してるんだから」

「和泉元気出しなよ、まだ彼氏がいるって分かったわけじゃないんだから。」

「そ、そうだよな、堺」


「まあ多分いるけど」


和泉「!!」

和泉「イッイヤダーーー!」

ガタンッ ガラガラガラ  タタタタタタッ


堺「ちょっと!和泉、どこに行くんだよ!」

和泉「うっうわぁー!!」


ガッンッッ!




小田原中央病院の桜は先週がちょうど満開だったようだ。今はもう葉桜になって、花ビラが道路を桜色に染めている。

「ママ!」

彩花の母「彩花!今日も来てくれたの?」

「当たり前でしょ、私ぐらいしかここに来れないんだから。」


「はい、これ」

彩花は花瓶に入れたお花を窓際のふちに置いた。


「あら!今日は菜の花にしたのね。」

「ええ、この前家に帰った時、庭に咲いていたから持ってきたのよ」

「ママ、どう?体調は?」

「元気よ」

「彩花が日本に戻ってきて、会いに来てくれるから、私元気になってきたわ、もしかしたらこのまま退院できちゃうかも!」

彩花「…」

「そう、それはよかった…」

「お父さんとは最近話しているの?」

「ええ!もう毎日毎日一緒よ!ほんと勘弁してほしいわ!」

「彩花、そんなこと言わないの、お父さんね、きっと家で一人だから寂しかったのよ。」


彩花はしばらく世間話をして病室を後にした。

「じゃあね、ママ、また明日。」


彩花が病室を出てしばらくするとドアの向こうからゴホゴホッと苦しそうな咳が聞こえてきた。

彩花(ママ…どうして…)





看護師「ここはこうして、よし」

看護師「和泉さん、右足と左腕は打撲して内出血を起こしているので、しばらくの間激しい運動はお控えください、あと頭は止血したばかりなので傷口が完全にふさぐまで、入浴する際はお気をつけください。」

「どうもありがとうございました」


ガラガラ


和泉の母「恭介!あんたどうしたのその包帯⁉」

「ああ、母さん、ちょっと学校の階段から転げ落ちちゃって」

みさき「和泉ったら階段があるのも忘れてそのままてっぺんから落っこちたんですよー。」

「はあ、本当にどうしようもない子ね、学校から連絡があったから何事かと思って仕事抜けて来たら、そんなことだったの。」

「ありがとね、二人ともわざわざ付き添ってくれて」

堺「いえいえ」

「それにしても、二人ともしばらく見ないうちに随分大きくなって、みさきちゃん、あなたお母さんに似て美人さんになったわねー!」

「いえいえ、それほどでもありませんよ~オホホホ。」

みさきの照れ隠しはなんだかおばさんみたいで少し不気味だ。

母さんは俺のことはそっち抜けでみさきとしばらく世間話をしていた。

「恭介、お母さんまたお仕事に戻るから、先に帰ってなさい。」

「ああ、うん」

「ごめんね二人とも、恭介のことお願いね」

みさき「はーい!お任せくださーい!」

堺「家までしっかりお世話します。」



「アハハハ!」

みさきは俺の包帯姿を見て笑ってきた

「笑い事じゃないぞ!」

「だーって、いきなり教室から飛び出して階段から落っこちるんだから、もう面白すぎ!」

「お前たちが不安を煽るようなこと言ったからじゃないか!」

堺「まあ大きなケガにならなくてよかったよ」


病院の待合室まで差し掛かったとき待合室のソファーにいる人に気が付いた。


「あれ、彩花さん?」

彩花「和泉!?」

みさき「彩花ちゃん!ひさしぶり!」

「みさきちゃん!」

彩花「和泉、どうしたのその頭の包帯?」

「いやあー、アハハ、まあちょっといろいろあって…」

和泉(本当のことは言えないな…)

みさき「彩花ちゃんこそどうして病院にいるの?」

「まあ、ちょっと用事があって」

堺「どこか具合でも悪いんですか?」

「そういう訳じゃないんだけど…」

みさき「フーン」

「堺、私たちお邪魔みたいね、先に帰るわよ」

「そうだね」

「じゃあねー和泉」

「和泉、頑張れよ」

「あっ、ちょっと!」

二人はそそくさと、病院の自動ドアを出て行ってしまった。


和泉(さっきは家まで送るって言ってたじゃないか、全く...)


「えっ!学校の階段から落っこちた!?」

「もう、何やってんの、高校生にもなって。」

彩花さんはあきれた顔をしていた

「だって…彩花さんが…」

「私がどうかしたの?」

「あーいや…何でもないです。」

彩花(…?)

彩花「…」


彩花さんは遠くを見つめながら、またあの悲しい顔をしていた。今日はいつも増して。


「やっぱり何か悩んでるんじゃないんですか?」


彩花「えっ…」


「あの…自分でよければ話聞くので…」


そういうと彩花さんは病棟の3階あたりを見つめながら…


「私のママね、病気でこの病院に入院してるの」

「いつからです?」

「2年前」

「子宮にがんが見つかってね、もうかなり進行してたみたいでそのまますぐ入院することになったの」

「そうですか…」


まさかそんなことだとは思いもしなかった俺は、しばらく黙り込んでしまった。




「でっでも、きっとよくなりますよ!お母さん」

彩花「…」

「この前担当のお医者さんに言われたの…」


「もう長くないって」


和泉「…」


強い風が吹いた。

彩花さんの横顔は涙を流しているように見えた。でも、ひらひらと落ちてくる桜の花びらが邪魔して、泣いているのか分からなかった。


「帰ろっか!」


彩花さんは元気よくベンチから立ち上がった。

「…ええ、そうですね」


こういう時、どんな言葉をかければいいのか分からなかった。





結局俺は何も言えないまま、とうとう電車は熱海駅まで到着してしまった。

和泉(まずい、このまま解散しちゃダメだ!)

「彩花さん!」

「?」

彩花さんは振り返った。


「実は今度…」





数日後

俺たちは彩花さんが来るのを熱海駅のロータリーで待っていた。


みさき「後は彩花ちゃんだけね」

「日帰り温泉の無料招待券ちょうど4枚あったのよ、和泉!せっかくのチャンスなんだから、最低でも手ぐらいは繋ぎなさいよ!」

「えーっ、そんな無茶なこと言うなよ」


グダグダ話してる俺たちの横にあの白いロールスロイスが止まった。

そして大きな窓がウィーンと開いて

「皆さんおはようございます!」

「彩花ちゃん!」

「みんな、車で送ってくれるみたいだから乗ってください。」

和泉「えっ!?」

みさき「マジで!? サンキュー!」

遠慮せず、ずかずか乗り込むみさきに俺と堺も従うしかなかった。

和泉(ああ、ロールスロイスの助手席に乗るなんて人生であと何回あるだろうか)




入浴後…


みさき「まあ、彩花ちゃんにもいろいろあるのね」

堺「いろいろって?」


みさき「…」


彩花さんの表情が少し曇った。


和泉(彩花さん、もしかしてお母さんのことみさきに言ったのか?)


「彩花ちゃんはね、谷間のちょうど真ん中にほくろがあるの!」

「ブーッフ」

俺は思わず口に含んでいた味噌汁を吹き出してしまった。

「ちょっと!みさきちゃん、絶対に言わないでって言ったじゃない!」

彩花さんは顔を真っ赤にしていた。

「ゴホゴホッ」

堺「和泉、大丈夫か?」

いずみ(それはそれで、大ニュースだな)

和泉「で、昼食べたら何するんだ?」

みさき「温泉に来たんだから、やることはもう決まっているでしょ!」

和泉「というと」


みさき「卓球大会よ!」

みさきが毎度、プロ並みのスマッシュを何度もお見舞いするもんだから、俺と彩花さんはただ、あたふたしていただけだった。


「ちょっと和泉、こっちに来なさい」

みさきは試合を突然中断させた。


「あんたね、せっかく距離を近づけるチャンスなのに何してんの!」

「お前本気出しすぎなんだよ、大体、なんでいつも俺と彩花さんの間ばかりねらって打つんだ?」

「そんなの彩花ちゃんとぶつかるチャンスを作ってあげてるに決まってるじゃない!」

「なっ!?そっそんなわざとらしい真似できるか!」

「いいからぶつかりなさいよ!」

「二人が接触することで、お互いに意識しだして恋に発展するかもしれないじゃない!」

「キャーー!」

和泉(はぁ、馬鹿らしい…)


卓球選手権大会男女混合ダブルスの結果は堺みさきペアの圧勝だった。


「私たちの圧勝ね!じゃあ和泉、約束通り全員分のジュースおごりなさい!」

和泉「えっ、俺がおごるのかよ⁉」

(ブルジョワのお嬢様がいるというのに)

「当たり前でしょ!こういう時は普通、男が払うのよ!」

「はいはい」


「あれ、小銭がないな、うーん…」

「はい、これ」

彩花さんはICカードを差し出した。

「今日誘ってくれたお礼」

「でっでも」

「いいから、気にしないで」

「どっどうも」

ピピッ

和泉(ゲッ!残高1万9683円!俺なんて千円以上入ってるときのほうが少ないのに…)




彩花「今日は楽しかった!私ね、高校生の時は勉強ばっかりでこんな風に遊べなかったの」

みさき「じゃあこれからは毎日遊びましょ!」

「そっそうね、アハハハハ…」

和泉「…」

「あの、彩花さん」

「少しは気持ちが晴れましたか?」

彩花「えっ?」

彩花「…」

「いっいや、そんなつもりで聞いたんじゃないんです…」

彩花「…」

「私ね、ママが本当のこと言ってくれないのがつらいの」

「本当のこと?」


彩花さんはためらいながらも、言葉を紡ぐように話し始めた。


「私がまだ、留学する前は髪の毛が、生えてたし、食欲だってあったし、でもどんどん食べれなくなっていくから、お見舞いに食べ物じゃなくて花を持っていくようになったの」

「そうですか…」

「でも、ママはいつも元気だって言うの」

「はあ」


「私、そうやってママが私の前で無理しているのが、イヤなの。」


和泉「…」

和「自分も、そういうのはあまり好きじゃないです…」

彩花「えっ?」

和泉「だから…」

俺は足取りを止めた。

和泉「だから、彩花さんもいつも無理して笑顔を作らなくてもいいんですよ。」

彩花「…」

彩花さんはきょとんとした顔でこっちを見ていた。

彩花「和泉...」

彩花さんはしばらく俺のことを見つめていた


彩花「そっそんなこと…」

和泉「…」


彩花「そんなことあなたに言われなくたって分かってるわよ!」


そう言い放つと彩花さんはまた歩き出した


和泉「えっ!?」

(今ちょっといい感じになってたのに…)



和泉「あーあ、心配して損した」

彩花「ちょっと!どういう意味!? 損したって!」

彩花さんは俺の言葉に突っかかってきた

「もういいですよ、どうせ俺なんかに心配されたかないでしょうしね」

「何もそこまで言ってないじゃないの!和泉って随分卑屈ね!」

「卑屈にしたのはそっちじゃないか!」

みさき「まったく、せっかく二人の距離を近づけるチャンスだったのに、また喧嘩になってるじゃない」

堺「でも、二人ともなんだか楽しそうだね」


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