出会い
イギリスの首都、ロンドンから東京までは約 14 時間のロングフライトだ。17:23 着 の羽田便は予定より 10 分遅れて、到着した。
運転手「おかえりなさいませ、あやかお嬢様。」
彩花「ただいま、お迎えありがとう。」
白のロールスロイスはゆっくりと動き出し、そのまま湾岸線を走り出した。 「長旅でお疲れでしょう、今日はどこかのホテルでお泊りになられてはどうです
か?」
「いいえ、ゆっくりしている場合ではありません、今すぐ熱海に向かってくださ い。」
「かしこまりました。」
(パパ…いったどういうつもりなの!?)
株式会社湯浅野グループには創業 200 年の歴史があり、江戸の頃から、和歌、俳
句、そしてあの東海道五十三次にも記述されている由緒ある旅館だ。そしてここ熱海 に構えるのが、湯浅野旅館本館である。まあつまり一号店ということだ。しかし、湯浅野グループはバブル崩壊に伴い経営は悪化、人手不足も相まって廃館が相次ぎかつ て全国に 32 店あった湯浅野旅館は今では 16 店まで減少した。そしてこの本館でも経 営不振の波が迫り、親父が働いているのもあって、俺は高校生になったとたん半ば強 制的にアルバイトをさせられるようになった。
ある日の夕方、白のロールスロイスがロビー玄関の中央にゆっくりととまった。まあ、一応湯浅野 旅館は由緒正しい旅館だし、高級車が止まることなどざらにある。普段はお客さんだ と思い接客をするが、この時はなぜか体が動かなかった。俺はその場に立ちすくんで しまった。
彼女は車から片足をおろし、歩き出した。髪は柔らかい金髪でぱっちりとした二重 の美少女であった。白いセーターに黒いスカート、絵にかいたようなお嬢様スタイル だった。スタイル抜群で体のラインがこの格好でもはっきり見える。年齢はいくつぐ らいだろうか?明らかに自分よりは年上だと思ったが距離が近くなるにつれ若く見え てくる、25、20 ぐらいか?いやもっと・・・。その人は俺たちのそばをゆっくりとし た足取りで通り過ぎ旅館の中へと入っていった。
女将さん「皆さん今日は新しい従業員を紹介します。来週から皆さんと一緒に働く 綾野さんです。」「綾野彩花です。皆さん宜しくお願い致します。」
「彩花さんは 18 歳だから和泉君たちの一つ年上ね。よかったじゃない和泉君。」 女将さんは少しからかうような目つきで俺のことを見てきた。
「なんでそんなこと僕に聞くんですか?誰が入ってこようが僕には関係ないです。」 「だって和泉君、さっきからすごくうれしそうな顔してるから。そうよね?」 堺「ええ。ここ 1 年で一番いい顔してます。」
(クソ、二人ともおちょくりやがって。) 彩花「和泉君、それから…」
「堺です」
彩花「これからよろしくね!」
和泉「こ、こちらこそよろしくお願いします...」
ある日、俺は一人で熱海の砂浜を歩いていた、白ビキニ姿の女の子がこっちに手を振ってい る。和泉「あ、彩花さん、彩花さーん!」
彩花「和泉くーん!ここまでおいでー!」
彩花さんは砂浜を走り出した。
「あっ!まてー!」
「アハハ!アハハ!ムフフ!」
「キャー、もう!和泉のバカ!」
「アハハ!アハハ!ムフフ!」
みさき「こいつ、さっきからニヤニヤしてない?」
堺「いったいどんな夢見てるんだろうね」
みさき「和泉!ちょっと和泉!起きなさい!」
和泉「え…う…うわー!でたー!」
みさき「出たー!って人をお化けみたいに言わないでよ!」 「あーもう!せっかくいい夢だったのに、一気に現実に戻されたよ。」
みさき「ずっとニヤニヤしてたけど、今度はどんな妄想しての?」
「何でもないよー♪」
堺「きっとこの前、旅館に新しく入った女の子の妄想でもしてたんでしょ。」
みさき「えー誰それ?教えて。」
「バカ!堺!絶対に教えるな!」
「はあー!なんでうちには教えらんないの!」
みさきは俺の机にどっしり座ってきた。ほんとに行儀のなってない女だ。
「どうしてもこうしてもあるか! お前たちはいつもいつも俺の恋を台無しにして
きたじゃないか!」
「えーそんなことしてないじゃない。いつも応援してあげてるのに。」
「その応援がいらないんだよ! そうあれは小学校 4 年のとき」
(回想)
「だって、あんたがモジモジしているから代わりに言ってあげたんじゃない。」 「本人に直接いうやつがいるか!」
俺は椅子から立ち上がり、堺の胸ぐらをつかんだ。
「うっ、和泉落ち着け! 俺は何もしていないって!」 「それだけじゃない! そうあれは中学三年の修学旅行の時…」(回想)
「 うっ…苦しい! それも全部みさきがやったことじゃないか!」
「いいか!今回ばかりはお前たちに邪魔はさせない!だから彩花さんに絶対変なこと 言うなよ!」
みさき「へー彩花っていうんだーなるほどなるほど。」
和泉が高校に行っている頃、彩花はさっそくお着物に着替えて女将さんから指導を受 けていた。
女将さん「あらー!よく似合うじゃないの」
彩花「いえいえーそれほどでも」
彩花はまんざらでもない顔で答えた
「それじゃあ彩花さん、社長さんに今から挨拶に行くわよ。」
「えっ!いっ今からですか?」
「当たり前でしょ、今日はたまたまお越しになられているから次いつお会いできる か分からないのよ。社長さんはとても厳格な方だからくれぐれも失礼のないように ね。」
「はあ、わかりました。」ドンドンドン…
女将さん「失礼いたします!」
女将さんは恐る恐る社長室に入った
「うむ、何か用かね?」
「来週から入る新しい従業員です、ほら、彩花さんご挨拶して」
「綾野彩花です。よろしくお願いします。」
社長「君、年は?」
「18 です。」
「ずいぶん若いね、まあしっかり頼むよ、来週から君はここの従業員だ、初心者だ からといって甘やかしたりはしないからね。」
「はーい」
女将さんは彩花にあまりにも軽々しい返事に驚き、普段は叱責するところが今回ば かりは立ちすくんでしまった。
社長は女将さんの顔をギロリと覗いた。「すまんが、席を外してくれないかね?」
「はっはい。失礼いたしました。」
ガタンッ
「彩花」
「何」
「彩花!」
「何よ!」
「彩花ぁー!」
社長は彩花にいきなり抱きついた。
「何すんのよ!気持ち悪い!」
「そんなこと言わないでくれよ~。父は彩花がいなくなって寂しかったんだぞ。そ れにしても、プププ笑 あやのあやかとは随分とんちのきいた名前にしたな笑」
「仕方ないでしょ!それしか思いつかなかったんだから。大体湯浅野じゃなくて別 の名字にしなさいと言ったのはパパでしょ!」
「私は別に湯浅野彩花と言ってもよかったし。」
「それはだめだ!彩花の父親が私だと分かれば、みんなものすごく気を使って彩花 のことを甘やかすだろ、それではお前はこの湯浅野旅館本館を継ぐ立派な女将さんに なれないだろう。」
「まだそんなこと言っているの!? 私はここの女将さんになるつもりなんてない わ!だいたいもう留学することが決まっていたのに、なんでまた日本に戻ってこなき ゃいけないわけ?アパートの契約も新生活の家具や日用品の準備ももう終わってたの に!」
「彩花、ここ数年間湯浅野グループは創業 200 年史上最も厳しい経営状況におかれ ている、いったいどうしてこんなことになったんだ!先代社長までは順調だったの に!」
「それは完全にパパのせいでしょ!」
「だから彩花が次の女将さんになって、湯浅のグループのマスコット的な役割にな ってくれれば、きっとお客さんが彩花目当てでやってくるに違いない。ほら、お着物 と撮影用の衣装も用意してあるから。」
社長は彩花に白のビキニを見せた。
「冗談じゃないわ!そんなもの着れるわけないでしょ!もう!自分の娘がいくらかわ いいからってそれを利用するなんて最低ね!」
社長(自分でもかわいいことは自覚しているんじゃな。)
「あーもう!私今度ママに会ったらイギリスに帰るから!」
ガタンッ
「あっ彩花、ちょっと待って! 」
「うーん年頃の娘は扱いが難しいのう。」
学校からの帰り道、突然ポケットの携帯が鳴った。
(げっ、みさきからだ。)
「なんだよ、今日は先に帰ったんじゃないのか?」
「和泉、学校が終わったら駅前の喫茶店に来なさい!すごく面白いことが起きてるか ら!」
みさきの声はいつにもなくうれしそうだった。「お、面白いこと?」
「いいから早く来なさい!ブツッ」
「あっおい!ちょっと。」
(全く、今度は一体なんだよ。)
カランカラン…
「いらっしゃいませ、お好きなお席にどうぞ。」
「あー来た来た! 和泉!こっちこっち!」
言われるがままにみさきがいる席に向かった俺は、目の前の光景に愕然とした。
「あっ彩花さん…」
彩花「こんにちは!和泉君。」
「みさき!これは一体どういうことだ!?」
「どういうことって湯浅野旅館に行ったの堺と。それで彩花さんいますかー?って フロントにいたおばさんに言ったら彩花ちゃんを連れてきてくれたの。なんか彩花ち ゃんも暇そうにしてたから、ねー!」
彩花「アハハ」彩花さんは苦しそうに笑った
「暇なわけないだろ!彩花さんは今日が初出勤日なんだぞ!だいたい俺達より一つ 先輩なんだからもう少し敬語を使ったらどうだ。」
俺はストローでチュウチュウと、のんきにメロンクリームソーダを飲んでる堺をに らみつけた。
「だから、俺は何もしていないって。」
「じ、実は今日いろいろあって今日は休もうかなって…」
(パパと喧嘩したなんてとても言えないわ…)
「あーそうなんですね…」
「にしても彩花ちゃんってマジでかわいい!ホントお人形さんみたい!」
「そ、そんなことないって、アハハ…」
グイグイくるみさきに彩花さんは少し困惑している様子だった。
「彩花ちゃん、和泉ね彩花さんのこと気になってるみたいだからよろしくね!」 「えっ」「おっおい! 適当なこと言うな! 彩花さんそいつの言ってることほとんど嘘で すから気にしないでください。」
彩花「和泉君」
「はっはい」
彩花さんは柔らかな表情でこちらを見つめていた。
「ありがとう」
「えっ」
「私、熱海に来てから同年代で仲いい人が誰もいなくて少し寂しかったの、でも、 いまこうしてみんなと話せてすごく楽しい。和泉君、私のこと気にかけてくれてたん だよね。」
「いっいえ、そんな」
まあ気にかけていたといえば聞こえはいいが、実際俺は何もしていない。 「私、いつまでここにいるか分からないけど、みんなこれからも仲良くしてね!」
和泉「ええ!もちろんです。」
女将さん「彩花さん!」
彩花「女将さん…」
「今までどこに行ってたんですか!勝手に出歩かないでください!それとさっきま で着てた着物はどうしたの?」
彩花「ごめんなさい、着替えなおしてきます」
ガタンッ
社長「あっ彩花!いつの間に社長室に入ったんだ?」
「キャアー!ちょっと今着替えてるんだから入ってこないでよ!」 社長(いや、ここわしの部屋じゃ。)
彩花「よしっ」
ガタッ
「入っていいわよ」
「おお!彩花着物姿もとてもかわいいのう。」 社長はパシャパシャと写真を撮り始めた。「ちょっと!勝手に撮らないでよ!気持ち悪い!」
「それから…」
「私はママのために働くことにしたんだから、勘違いしないでよね」
社長「彩花…」
喫茶店でのことをきっかけに俺も堺もすっかり彩花さんと打ち解けることができ た。彩花さんは素直で優しく、仕事もとても丁寧にこなしていた。ただ、荷物を運ぶ 部屋を間違えたり、食事会場でお皿を割ったりと、少しおっちょこちょいなとこもあ り、女将さんは手を焼いていたようだった。しかし、なぜ彩花さんのような人がこん な旅館で働いているのだろうか?お金持ちだし美人だし普通こういう人はいい大学を 出てキラキラした仕事をしそうなのに。
数週間後
和泉の父「いやー社長に娘さんがいらっしゃったとは知りませんでした。」 トクトクトクッ
社長「あれっ言ってなかったっけ?」
「それもまさか最近入った彩花ちゃんが実の娘だなんて。」「そうでしょ!びっくりしたでしょ!まあこれは和泉君とわたしの仲だから教えて あげてるんだよ」
「和泉君、くれぐれもこのことは女将さんや、ほかの従業員、それから君の息子に も秘密にするんだぞ」
彩花(じゃあなんで言うのよ!?)
「ええ、分かってますよ。そうだ、彩花ちゃん」
「はい」
「うちの息子とはうまくやっている?あいつ母親に似て意固地なやつだけど悪いや つじゃないからこれからも仲良くしてやってね。」
「はい!もちろんです。和泉君は私のことを気にかけてくれるんですよ 。本当に感謝してます。」
「和泉も彩花ちゃんが入ってここんとこすごく嬉しそうにしてるよ」 「そうですか、それは良かったです」
社長「彩花、和泉君についであげなさい」
「はい」トクトクトクッ
和泉の父「あー悪いねありがと。」
彩花(もう!めんどくさい!なんで私がここでこんなことしなきゃいけないの!)
和泉の母「恭介―!」
「何―?母さん」
「お父さんは今ね社長さんと会食しているの。でもあの人今日は雨が降るって言っ てるのに傘持ってかないで行っちゃったのよ、だからあんた今すぐ行って届けてちょ うだい。」
「えーやだよ、めんどうくさい。傘なんて無くてもなんとかなるだろ」
「何言ってるの!?社長の前でそんな恥ずかしい真似できますか!ただでさえ安月 給なんだから、これでまた昇進できなかったらどうすんのよ!」
「だったら母さんが行けばいいじゃないか」
「私は今忙しいの!」
そういいながらテレビドラマを見てせんべいをむさぼる母を横目に俺はしぶしぶ傘 を持って家を出た。
確かに今にも雨が降りそうな黒い雲が浮かんでいた。
俺は店の人に案内され、親父と社長がいる個室に向かった。「でもパパって 本当に...」部屋から女の人の話し声が聞こえる。パパ?中にいるのは二人だけじゃな いのか?「もう、パパったら」それにしてもこの声どこかで聞いたことあるな。
コンコンコン
「失礼いたします、息子様がお見えになられました。」
「えっ社長、息子さんもいらしゃったんですか?」
「いや、うちは全員娘だが」
ガタンッ
「親父、傘届けに来たぞ」
彩花(うそでしょ...ヤバ)
「きょっ恭介! 何しに来たんだ⁉」
「いやだから傘...えっ?」
俺は思わず傘を握った手を放してしまった。なんで彩花さんが社長の隣にいるんだ? しかも随分社長と親しそうじゃないか、まさか…
「失礼しました。」彩花「あっちょと! 和泉君!」
ガタッ
「和泉君!君はいったい何をやっているのかね!?今日この場には誰も呼んではいけ ないと言っただろ!」
「申し訳ござません!」
「ねえパパ、和泉君もしかしてとんでもない勘違いしてるんじゃない?」
社長「勘違い?」
和泉の父「というと?」
彩花「いやだから、それはその...」
続く