彼氏じゃありません、ただの腐れ縁幼馴染です 〜その想いは友情で良いですか?〜
もどかしい距離感の二人が書きたくなりまして。
温かい心で読んでいただければ幸いです。
社会人になって五年目。
もう二十八。
花の盛りと言われる二十歳前半も過ぎ、売れ残り扱いされる二十歳後半。
私は今の人生を結構呑気に楽しんでいた。
「葛城!異動出てるぞ!」
「へ?」
ついさっきまでは。
「わ…!本社って……東京じゃない!?」
「え、すごーい!」
「マジかよ、アイツ。」
「人事、誰かと間違えてんとちゃうか。アイツただのやかましい女やで。」
「失礼な!!大人しい静かにすみっコで頑張ってますよ!」
「話す相手おらんだけやろ。」
「え、そんなひどいこと言うん!?パワハラやで!?」
「パワハラちゃう、事実や。」
「辛辣!!この人ホンマひどい!!」
「まぁ、とにかく出たもんはしゃーない。東京で頑張って来い。」
「うち、東京の食べ物味が濃いくて苦手やねんなぁ。」
どちらかと言えば薄味派なので。
「…………お前が今まで大阪支社から出たない言うて異動嫌がってた理由って……ソレか。」
「え?他になんかあります?大切ですよ、食文化の違いって。」
そう言った瞬間、集まってた人たちが顔をそらしてため息をつくから。
「……?…………??」
「そんなしょーもない理由で人事異動拒み続けるんは、おまえだけや。」
「そうですね、きっと他にはいないですね。」
「私やったら絶対行くわぁ。東京のええ男捕まえて、会社辞める。」
「おいおい、そんこと言ったら俺たちが良い男じゃないみたいだろ?」
明るい声が今日も社内で飛び交う。
「はぁ……東京で新しい物件探さなきゃ…。抱えてる仕事は終わってるし…………課長、今日一日片付けでついやしても?」
「あぁ、構わん。」
「ありがとうございます。」
じゃあ、デスク周りから片付けて…………。
「あぁ、ホンマ。ココ来ると、帰って来た〜って感じがするわ。」
聞き慣れた声とざわつく周囲。
「なぁ?」
当たり前のように肩に回される腕を払い落とす。
「肩組むな言うてるやろ!毎回!!重いねん!!」
「引っ付くなぁ言うたり、肩組むな言うたり……注文多いわ、雪那。」
コイツこそ、私より社会人二年先輩の腐れ縁の同級生、楽音寺達貴。
そしてなぜか本社勤務で係長の肩書を持つ男。
つり上がった一重の目はキツイ印象を持つものの、そこがクールで素敵だと盛り上がる女子が居るのもまた事実。
「そういうアンタはなんで大阪来てんの。また出張?」
「せや。ついでにおまえの顔見に。」
「いらんわ、すぐ帰れ。仕事せぇ。」
「そんなん言うて、俺おらんの寂しいやろ〜?」
「あー、もう!邪魔!!片付けの邪魔!!だぁー、引っ付くな!!」
なんの偶然か、入社してから再会した幼馴染。
四年制の大学に行った私と専門大卒のコイツじゃあ二度と合わないだろうと高をくくって居たのに。
「楽音寺さん、実は雪那ちゃん本社勤務になったんですよ〜、仲良くしてあげてください。」
「葛城は友達作り下手だから。」
「ん、任された。せや、雪那。実は俺なお前に渡すもんあんねん。」
「?」
手のひらに乗せられたのは車の鍵。
「…………。」
「持って降りてくんの忘れてたから、自分でとってき。」
「はあ!?」
「後部座席に置いてる封筒やから。そのまま車で資料読めばええわ。」
「え、ちょ、達貴!?」
仕事で来てるせいか、そのまま大阪支社の支部長とともに会議室へと引っ込んで行ってしまう。
他の皆も、仕事に戻ってしまう。
「…………マジですか。」
文句もいっぱいあるけど、就業時間だから仕方がない。
幼馴染とは言えど、アイツは本社の係長。
ため息をグッと堪えて、オフィスの外へと出る。
「……えっと…………、アイツがいつも乗る車は……。」
営業車でもアイツは本社の係長だから。
アイツが乗るのはハイブリッド車。
新幹線で大阪で来て、うちの支部にある営業車であちこち回っている。
「あった、コレや。」
封筒の中を確認すれば、東京都内のマンション事情が網羅されたパンフレット。
そして、その物件から近いスーパーやコンビニの情報。
「…………マジか。」
都内の懐事情、怖すぎやろ。
セキュリティはちゃんとしてるところが良いとは思ってた。
でも……東京の物価高すぎッッッ!!
スマホを取り出し、本社から数駅離れたところまでをピックアップして調べる。
「安いと思うたら……やっぱ、セキュリティがないなぁ。」
アイツからのありがたい資料と、内見予約を入れられる安アパートを見比べて。
「…………節約第一!」
ポチリとスマホの情報を優先した。
内見し、まぁこのくらいなら問題ないだろうと入居を決めた東京の建物。
「……っし、荷運び終わり!!」
セキュリティはないし、不安はいっぱい。
けど、しゃーない。
しゃーないんよ。
「東京の物価高くて怖いわ……マジで。」
だって、この比較的普通のアパートで五万する。
五万やで?ありえへん。
二万とか調べたらめちゃくちゃボロボロのアパート出てきたし、いくらアクセス良くてもコレはアカンと思うた。
男の子でも危ないで、あんな建物。
「仕事の荷物は直接送ってくれる言うてたし。朝のうちに引越作業して、昼から出勤してな言われたし。昼ごはん食べて、行く用意するか。」
簡単に必要なものだけ荷解きし、仕事に行く準備をしていく。
スーツとかも引っ掛けて、寝室でアロマを炊く。
「あー……買い物行かんと冷蔵庫空っぽなんやった……。」
ホンマに手ぶらでこっち来たから、インスタントもあらへんし。
カバンを手に、家を出て、目の前にあるスーパーへと入る。
うわ、思ったより大きいスーパーやなぁ、生活雑貨とかも置いてるやん。
東京すご。
「さて。」
何食べよ。
行く前に食べなアカンなぁっていう使命感しかないから、正直食べたい物が思い浮かばへん。
「…………。」
冷凍食品の焼き飯をカゴに入れた。
初めての東京本社。
気合を入れて挑んだ挨拶。
「葛城さんの席はそこね。」
そう言って案内されたのは端っこの席。
あぁ、列の端っことかちゃうで。
部屋の端っこ。すみっこ。
しかも、窓から太陽の光がガンガンに当たる席。
「ごめんね、他に場所がなくて。」
ニコリと笑顔を浮かべる。
「いいえ、席を用意していただけただけありがたいです。」
「そう?なら良かったわ。」
立ち去っていく先輩を見送り、机の上に置かれていたダンボールに手をかける。
正直に言おう。
アッッッツ!!
いや、何この席!!
太陽ガンガンやん!暑い!!流石に暑いわ!!てか、眩しい!!
真冬は絶対隙間風入ってくるヤツやん!
「…………日焼け止め必須やな…。」
コレ絶対片側だけ焼けるヤツやん。
半分だけ焼けて人体模型みたいになるヤツやん。
てかなんで?
ココ来たばっかやで?
はやない?色々と。
おかしない?
「…………。」
いや、アカン。
疑問に思ったらアカン。
社会人五年目、葛城雪那。
疑問を持つな、辞めたくなるから。
「葛城さん、デスク周辺の片付け終わった?」
「は、はい!」
「じゃあ、早速で悪いんだけど。この資料見て打ち込みしてくれる?」
手渡される資料に軽く目を通す。
「コレ、三年前のですけど良いんですか?」
「え?」
「いや……コレ三年前の資料ですけど、良いんですか?去年の分の最新資料の打ち込みじゃなくて良いんですか?」
重ねて聞けば、先輩はニコリと笑って。
「えぇ、大丈夫よ。」
「わかりました。」
「他に聞いておくことは?」
立ち上がっているパソコンの画面を見る。
知らないシステムは……ない。
「大丈夫そうです。ありがとうございます。」
「そう。よろしくね。」
資料をめくり、パソコンの中から打ち込むための画面を開く。
大阪支社の方がどれだけマメに文字入力してたか、よくわかる。
本社の人間は手抜きやなぁって笑ってた部長が懐かしい。
「…………アレ、この資料……。」
はぁ、資料の管理もまともにでけへんのか、ココの人らは。
とめられていたホッチキスを外し、並べ直す。
枚数を確認して、順番に打ち込んでいく。
ところどころ汚れたりしてるけど問題無い。
何を隠そうこの資料を作って打ち込みしたんは私やからな。
いやぁ、ホンマ。
あのアホ……やなくて幼馴染に“見やすいデザイン案考えて”言うて入り浸られたかいがあったわ。
お陰であの時は残業を余儀なくされたが。
アイツは幼馴染を便利なパシリか何かと思ってんとちゃうか。
カタカタとひたすら文字を打ち込んで行く。
エクセルに挿入する数式が間違っている分も訂正していく。
コレが共有ファイルに入ってるとか恐ろしいことしてんな、本社。
いや、そもそもこの間違えた数式で過去の分も全部打ち込んでたん?
営業成績めっちゃ誤魔化してた言う事?
うわ、こわっ。
「お帰りなさいませ部長。」
「うむ。で、新しく配属された子は?」
「はい、あちらに。」
本社の営業成績がめっちゃ高い理由ってコレ?
不正やん、アホらしい。
「君かね、大阪支社から来た新しい人は。」
直ぐ側に立つバーコード頭の部長。
覚えてる、何回か会議で見かけた人や。
「はい。本日付けで本社配属になった葛城です。」
「あぁ、確かそんな名前だったな。支部長から仕事が早いと聞いてるよ、期待してるからね。」
「はい。」
部長が立ち去るのを見て仕事に戻る。
カタカタカタとキーボードをひたすら叩く。
ホンマ、支部長適当なこと言い過ぎやわ。
仕事はやいとか、誰と勘違いしてるんや。
いや、もしかしたら支部長やのうてあのバーコード頭が間違えてる可能性も……。
「おー、楽音寺くん!戻ったか!どうだった?」
「問題なく。」
「流石だね!やぁ、ありがとう!」
「すごいよね、楽音寺さん。」
「係長なのに、すっごいよね、」
「営業成績も良いんだろ?」
「憧れるよな。」
あちこちから聞こえる褒め言葉と尊敬の眼差し。
へぇ、やっぱすごいんやなぁ。
昔からようモテとったし彼女も途切れたことあらへんけど……。
「お疲れ様、楽音寺くん。」
「お疲れ様です。」
あ、さっきの先輩。
「暑かったでしょ?疲れてない?」
「えぇ、大丈夫です。」
「コーヒーでも飲む?」
「いえ、さっき飲んだばかりなので。」
あー、なるほど。
あー、はいはい。
アイツ相変わらずモテモテやな。
というか、ホンマ……女が途切れへん男やな。
今の彼女か何かか?
あんなキレイな人に好意を寄せられるとか、ホンマそのうち刺されるんとちゃうか。
「…………と、続きしよ。」
あんな会話よりも目の前の資料や。
ココに来てすぐに残業とかしたない。
家の周辺見て回りたいし、夜ご飯も買わなアカン。
定時退社するためには、コレをなんとしても終わらす必要がある。
「雪那。」
「…………なんでしょう、楽音寺さん。」
「気持ち悪いから、その呼び方やめぇ。前に言うたやろ。」
「…………達貴。」
「それでええ。で?お前はソレ何してん?」
背もたれに手を置いたらしい。
ギシッと音が鳴る。
「この資料渡されたから打ち込みしてる。数式もデタラメやったから、全部やり直したで。共有に入ってるヤツやから達貴も見るんやろ?なんで計算式間違えてんの、気づかんかったん?」
「営業成績ごまかすのにあえて間違えた数式入れとるんやろ。そんくらい気づいとったわ。」
「え、やっぱり?せやったら、いじらん方が良かった?もとに戻す?」
「いや、別にええ。俺の営業成績は変わらんしな。」
ニヤリと不敵に口角を上げて見下ろしてくる。
「ムカつくやっちゃなぁ。」
「つうかソレ、三年前の資料やろ?今更打ち込みしてんのか?」
「そーやで。」
「へぇ、大変やな。」
「…………私の頭は肘置きちゃうぞ。腕どけぇ。」
「ええ高さやわ。」
「やかましい。重い。めっちゃ見られてるから、はよ離れて。来て早々目ぇつけられたないねん。」
腕を払い除け、キーボードを叩く。
「帰りはこの辺案内したるから、待っとけよ。」
ポンッと頭を撫でて立ち去る達貴。
ありがたい申し出やし、嬉しい誘いや。
でも。
「遅かったら待たへんで。」
初日から目立つん嫌やから絶対に待たへんと心に決めて、キーボードを叩いた。
ノー残業でタイムカードを切り、帰る。
「つっっっかれたぁ!!」
「お疲れ。」
「お疲れ〜、いやぁ終わった終わった!!買い物行かなきゃ。」
「俺車やし、連れて行ったろか?こっち来たばっかでなんもないやろ。」
「え、ホンマ!?めっちゃ助かる!!」
コレで重たい荷物を買うことができる……!
て、その前に。
「アンタ、彼女の許可取ってあんの?」
「は?なんのこと。」
「え?あの先輩と付き合うてるんとちゃうの?」
「付き合うてない。」
「あ、そうなん?ならええわ。お米買いたいから助かるわぁ。」
彼女おらん言うんやったら遠慮なく連れて行ってもらおう。
「わ、キレイに磨いてるやん。相変わらずこういうの好きなん?」
真っ赤でピカピカなプリウス。
座席にも汚れ一つない。
「息抜きになるからな。」
「学生時代はバイクよう磨いとったよな。なんか毎週日曜日洗車してた気ぃする。」
「こまめにメンテしたらんと、長持ちせんからな。」
自分の彼女もそんくらい大切にしたらええのにと、余計なお世話や言うて怒られそうなことを考える。
まぁ、私には関係ない話やから、好きにしてって感じやけど。
「買うんは米だけか?」
「重たいもんは米くらいやな。あとは細々とした日常生活雑貨買いたい。冷蔵庫の中空っぽやし。」
「ま、来てすぐやからそんなもんやろ。」
窓の外に流れる景色を眺める。
なんかもうホンマ、都会って感じの景色が広がってる。
「それより雪那。」
「ん?」
「お前、家どこ。」
「あー、職場から二駅離れたとこ。」
「…………俺がおすすめしたとこちゃうやろ。なんでや。」
「普通に懐事情。」
「あれよりランク下げたらセキュリティないやろ。」
「せやねんなぁ。でも、しゃーない。アンタみたいに肩書ついてたらそこまで痛くない出費でも、ただの平社員の私からしたら痛い出費やねん。」
今のところでも充分苦しいのに。
家賃で給料の四分の一持っていかれる。
達貴のおすすめしてくれたとこやったら給料の半分持っていかれる。
この差はマジで大きい。
「ちゃんと内見したん?」
「したから大丈夫。変なとこちゃうし。」
「ふ〜ん?」
不服そうに返事をする達貴。
昔からそう。
この男、心配性過ぎて困る。
「そんな心配せんでも大丈夫や。」
「なんかあったら言えよ、ちゃんと。」
「わかった。」
「絶対やぞ。」
「りょーかい。」
過保護な幼馴染。
大学生活の四年間だけ離れていた幼馴染。
高校進学の時はお互いにどこ受けるか知らんまま受験日を迎え、試験会場で遭遇。
あの瞬間、絶対に合格せなアカンという変なプレッシャーがかかった。
「そんな心配せんでも、大学生活の間お互いに音信不通やったんやから。ちょっとは信用しいや。」
「…………。」
やれやれと肩をすくめれば、頬をつねられた。
なんて初日が遠い日の出来事に感じるくらいには、毎日が濃厚。
「……いやいやいや。アカンて、これはアカンて。」
さすがにやりすぎやって。
本社勤務かれこれ三ヶ月。
些細な嫌がらせすべてを無視し、なかったことにし、諦めて来たけど。
「今日は特にアカンって……。」
営業マンの仕事が落ち着いて来たんか、はたまたアイツがアポとってへんだけか。
タバコ吸いに行ったりとかする時以外は自席に座っとる。
いや、ホンマ。
必要最低限の行動しか起こしてへん。
「…………はぁ。」
節約のためやと持ってきていたお弁当が御臨終されました。
「雪那。」
「!」
慌ててそのお弁当箱を隠して振り返る。
「まだ昼飯行かんの?」
「…………あー、行くよ。行くけど、先にやらなアカンこと思い出したから。」
「…………。」
「あ、楽音寺さん。お昼ご一緒しませんか?」
「…………。」
私に背中を向けてる達貴の表情はわからん。
けど、その空気と先輩の顔を見れば一目瞭然で。
「……、お話中でしたか?」
「…………。」
それでも頑張って笑顔を浮かべた先輩はマジで女子力高いと思う。
「前から思ってたんですけど、楽音寺さん、葛城さんと仲良いですよね?前に聞いたんですけど、学生時代からのご友人だとか。」
「…………。」
「楽音寺さんが構いすぎると、葛城さんも他の人との交流に限りができてしまうので、あまり良くないと思いますよ。葛城さん、合コンに誘われるくらいには人気ありますし。」
「…………行ったん。」
「行ってません。」
いつもより数段低い声に慌てて首を振り、手を振り拒絶する。
この状態になった達貴は、本気で怒ってる時の症状や。
元々表情変化は乏しいけど、怒ったらマジで無やから、無。
「過保護ですよ、楽音寺さん。もう子供じゃないんですから。彼氏じゃないって葛城さんも言ってましたし。ね?」
ココで振るなよ、話を……!!
「はい、そうです。彼氏とちゃいます。ただの幼馴染で……あの、痛いっす、達貴。指先力入れんといて。」
ポンッと優しく乗せられた手付きとは裏腹に指先に力が込められる。
「せやねんなぁ。ホンマ、ただの幼馴染や言われるんもいい加減聞き飽きたんやけど、コイツがホンマ鈍くてなぁ。」
世間話をするかのように人の頭を締め付けたかと思えば、抱き寄せられて。
思わず肩が跳ねる。
「こんな可愛い反応すんのに、俺のこと彼氏にしたないって言うねん。」
「ちょ、何すんの。放してーやっ。」
普通に腰を抱かれ、肩が触れる。
なんで、コイツはこう……相手を刺激する方法をとるんかな……!!
「ふふ。冗談ですよね、楽音寺さん?」
「冗談で好きなんか俺言うたことないわ。」
なんとか達貴の腕を剥がそうと奮闘してれば、パッと解放されて。
よっしゃと思えば、頭がポンッと達貴の肩に誘導されて。
「先輩らが一体何を思うて、何を見て、コイツをそんな目の敵にしてんかは知らん。興味もない。せやけど、コイツいじめんの辞めてもらえますか。意地っ張りで強がりでアホやけど、真面目なヤツやねん。」
褒め言葉なんかどうなんか微妙な言葉。
「どこが好きなんか聞かれても困るし、いつから好きなんか聞かれても困る。ただ、俺はコイツの幸せを一番に願うてる。」
「……………………葛城さんは、付き合う気なさそうですけど。」
「俺はな、コイツが誰と幸せになろとええねん。俺のもんにならんでもええ。ただ、俺の一番はずっと雪那で、たとえ雪那と付き合えんでも、それは変わらん。」
抑えられてる頭が、動かない。
ビクリとも動かない。
「そりゃあ、付き合うて結婚して、同じ墓に入れたら最高やけどな。俺、ホンマにコイツのこと大事過ぎてな。自分でも引くくらい。」
達貴が笑う。
振動が伝わってくる。
触れるところから、熱が伝染してくる。
大切にされてる自覚はあった。
守られてる自覚はあった。
けど、達貴は出会った頃からそうやったから。
私と達貴の間に、恋愛感情なんかなかった。
「もうな、これ、恋とか愛とか、そんなキレイなもんとちゃうねん。ただの幼馴染や言われるたび、大切な友達やて合われるたび、聞き飽きたなぁて思うんやけど、心地ええねん。」
「…………。そんなこというなら、葛城さんが楽音寺さんのこと振れば、もう彼女に構わないですか。」
モゾモゾと動き、顔をあげれば先輩をまっすぐ見る達貴。
表情は、少しだけ険しい。
「言うたやろ?俺、何よりも大切やねん雪那が。コイツの傍が一番落ち着くし、よう眠れるんや。雪那が俺のこと好きやって言わん限り俺はこの気持ちを押し付ける気はないけど、コイツを嫌ってる女には興味ないで。」
「…………っ。」
走り去る足音が耳へと届く。
自由になる腕を達貴の肩に置けば、頭が解放されて。
これ幸いとそのまま両頬をつねれば、無表情で見下ろしてきて。
「アンタの愛は重いなぁ、びっくりするくらい。あと、女の子相手にひどない?もう少し言い方あるやろ。」
「お前が俺と付き合うてくれたら丸く収まんで。」
「…………今更達貴を異性として意識なんか────」
でけへんと言いきる前に頬をつまんで居た手が捉えられて。
グイッと顔が近づく。
その至近距離の達貴にドキリと鼓動が鳴る。
「ええよ、待つから。お前に惚れた時点で長期戦は覚悟の上やったし。けど、覚えとけよ。」
「いひゃいれす。」
「俺に対する雪那の気持ちが、俺と同じもんやって自分で自覚して、接し方変わったら……。」
「変わったら?」
「もう二度と、ただの幼馴染なんか言わさへんからな。」
ただの幼馴染。
ただの、友達。
「……………………っ。」
「顔真っ赤やで?」
この思いにソレ以外の名前を付ければ、変わると思ったから。
変わるのが、怖かった。
卑怯なのは、私。
「ごめん、達貴。」
「謝るくらいなら、私も好きや言うてくれた許すわ。」
「好きやで、達貴。」
「……また、人として好きって言うんか?」
強気なんか、臆病なんか。
そうやって私に好きを強要してくるクセに、そうやって自分で逃げ道を作る。
「人として嫌いなヤツと仲良くでけへんやろ。てか、達貴。私の好きを一度たりとも疑うたことないくせに。」
ツンツンとその頬をつつけば少し目元を和らげて。
ぽすんと肩に埋まる。
「な、雪那。」
「ん?」
「社内恋愛、どう思う?」
「面倒そうやなって思う。」
「ククク…………。女子ってさ、幼馴染同士の恋愛憧れるとかよう話してたやん?アレ、どう思うてた?」
「微塵も共感できる気がせんかった。」
「らしい答えで安心したわ。」
肩に置かれていた頭が離れる。
いつからか見上げる位置にある達貴の顔。
この泣きそうな顔をする男がモテ男やとは誰も思わんやろうな。
「俺も、幼馴染の恋愛に憧れはないしな。」
「私のこと好きや言うてへんかった?」
「好きやで。けどな、付き合い長いせいで手の出し方がわからん。」
「……………………うん。」
ソレは…まぁ…うん。
そうよな、普通の恋愛ってなんかちゃうよな。
あれ、同意してええ場面なんやろか、これ。
「お前みたいな激鈍い女相手にしてたら死ぬまで白い結婚になりそうやし。」
「へぇ…………?」
多少好戦的な声音になった私に楽しそうに笑って。
「な、雪那。社内恋愛ってどう思う?」
さっきと同じ質問をニヤニヤとしながらしてくる。
「別れやんと結婚するんやったらええんとちゃうかな?」
「そうか。ほな、問題ないよな、雪那?」
「達貴が私に飽きへん限りは問題ないんとちゃいますか?」
「安心し。これ以上ないくらい惚れてる上に幼馴染やで?今更飽きることも嫌いになることもないわ。」
縮まる距離。
触れる熱は頬をかすめるようにして離れる。
「ちゃんと達貴のこと好きやから、平気やのに。」
「アホ。顔こわばっとる。」
「…………。」
「それに言うたやろ?恋とか愛とかそんな可愛いもんとちゃうねん。」
ふにっと唇に指が触れる。
剥がれてついた紅をぺろりと舐める達貴は、見たことない顔をしてて。
ただソレだけで、心臓が締め付けられる。
「俺の今までの頑張りを無駄にさせんとって?俺、お前が思うより余裕ないねん、昔から。」
そう言ったかと思えば、見慣れた笑顔を浮かべるから。
ただそれだけで安心感を覚えて。
「あ、せや。勘違いさせてたらアカンからこれだけは言うとくで?」
「?」
「俺、聞き飽きただけで嫌いやないねん。友達って言われるんも、幼馴染って言われるんも。せやから、無理に恋愛感情に結びつけるようなことはすんなよ。」
「わかった。」
「俺は、男女の友情は成立する派やから。」
「!」
「言うたやろ?もうな、恋とか愛とかそんなキレイなもんとちゃうねん。俺はただ、ずっと傍に居て欲しいだけやから。」
たとえソレが、友達でも、な。
なんて。
「ヘタレてんの?」
「さぁ、どうやろうな?」
「…………。」
「ほら、昼飯行くで。腹減った。」
スタスタと歩き出す達貴。
「……たく…………。」
その後ろを追いかけて思う。
悪いの、私だけとちゃうやろ絶対。
「雪那、何食いたい?」
「オムライス。」
「お、ええな。」
でも。
この時間が永遠に続けば良いなって思うた時点で、もう終わりやわ。
読んでいただき、ありがとうございます
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