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4.5 思うことは同じ

ドルチェが部屋を退出した後、何を話していたのか。

「それで、どんな報告をされたのですか。ドルチェをわざわざ遠ざけたのですから」


 カラカラとわざと音を立ててカートを押していったドルチェが退出し、その音が微かにも聞こえなくなってから座り直したのは、ロラントだ。

 すっと足を組み、ソファーに背中を預けて深々と座っている様子に態度が悪いと言いかけたヴィーゴだったが、隣のフェルヴェも同じような姿勢になっているのを見て、諦めたように小さく息を吐いた。


「手合わせの反省も、改善の相談も出来ずに終わってしまったからな。あれだけ頑張った妹を、もう少し褒めてやりたかったのですが」

「フェルヴェもか。ドルチェが可愛いのはわかるが……」

「父上?」

「ロラント、そんな顔を向けるんじゃない。仕草といい、ますますレジェーナに似てきたな」


 兄弟揃ってこれ見よがしに溜め息を吐くものだから、父としては少しばかりおさまりが悪い。だが、当主としては先に話しておかなくてはならないと判断した。だからこそドルチェを残したがる兄弟にも分かるように、話を切り上げたのだから。

 もちろん、それが伝わっていないはずがない。はずはないが、愛しい妹と過ごせるはずだった時間が短くなってしまったことに、文句代わりとして態度を変えているのだろう。特に笑顔で人に迫るロラントは、どこかヴィーゴの妻であり社交のため王都に滞在していたレジェーナを思い起こさせる。

 小さく首を傾げたロラントの、母譲りであるネイビーの髪がさらりと揺れる。そんな仕草でさえ様になるうえに、レジェーナとそっくりなのだ。わざとらしく咳払いをしたヴィーゴは、ようやく本題を切り出した。


「さて、先ほどの偵察からの報告だが。王都で金属をかき集め、武器に転用しているというところはその通り。今はまだ貴族たちからの寄付という形を取っているようだが、それもすぐに強制に変わるだろう」


 ロラントの鍛えた偵察部隊が情報をつかんでいるということは、社交に出ているレジェーナだって耳にしているはずだ。むしろ、夫人たちの方がその手の情報の耳が早い。王都から帰ってくるレジェーナは、きっと有益な情報をもたらしてくれるだろう。

 この件も含めて、辺境伯当主としてヴィーゴは次代を担うフェルヴェとロラントの意見を聞きたかった。それが、二人だけを残した理由。


「お前たちは、隣国を侵攻しようと攻撃を仕掛けている今の王を、どう思っている?」


 この国の王が代替わりしたのは、十年ほど前。それからというもの、領土を広げたい今の王は隣国に侵攻している。それとも、自分の手を伸ばせる範囲での遊びか。そうであったならまだ良かったのかもしれない。

 王とその近くに侍っている者達だけは、自国の領土を広げるために攻撃を仕掛けていると盲信しているのだと、フェルヴェとロラントは理解している。


「密偵など我が領土にはおらんよ。いたとて、優秀な兵たちが巡回しているのだから見つけられないはずがない」


 そのことについてどうかと問われれば、どうしたって直接的な言葉で話さざるを得ない。ふっと二人が巡らせた視線の意味を正しく汲み取ったヴィーゴは、わずかな笑みを漏らす。それは、この地を共に守っている兵たちへの信頼から来るものだ。

 フェルヴェとロラントだって、同じ気持ちを抱いている。だからこそ、ヴィーゴから名指しで意見を問われた時に、すんなりと思いを言葉にすることが出来た。


「フェルヴェ」

「率直に言うならば、侵略する側の攻撃があの程度でいいと思っている時点で基準が違いすぎる」


 長兄であるフェルヴェは父であるヴィーゴと共にある時間が一番長い。あまり多くは語ろうとしない父と訓練を重ねる中で、どのようにしてこの辺境を預かっているのかという理由も、隣国と築いた関係性も正しく理解した。


「我が領を通らないのであれば、あの険しい山脈を抜けたのでしょう。だが、それは隣国だって想定しているはずです。迎え撃たれておいてなぜ、そこからしか仕掛けないのかが不思議でしょうがない」

「ロラントはどう考える」

「フェル兄さんの意見に同じく。あそこを抜けることが奇襲になるのだと思っているのだったら、作戦を考えた方はよほど素直なのでしょうね」


 そう、王都を発つ兵士たちはこの領を通らない。隣国への道が開けている唯一の場所なのに、だ。この国は険しい山脈に囲まれているとはいえ、抜けられる個所はいくつか存在する。個人の行商ならば使える程度の細い道だからこそ、隣国を侵攻しようと考えている兵士たちを通すにはあまりにも狭いのだ。

 武装した兵士たちがそこを抜けるなど思いつかないとでも、考えているのだろう。

 隣国は当然その道を知っているし、警戒もしている。だから毎回のようにその道を抜けては待ち構えている兵士たちに向かって、領土を広げるためだとままごとのような攻撃を繰り広げて武器を壊し、退却を余儀なくされている。

 フェルヴェとロラントがそれを知っているのは、いったい何回繰り返す気なんだろうと隣国の兵士たちから愚痴を聞いているからだ。


「それで、何の成果もあげられずにすごすごと引き返しているのでしょう? 王都から金属を集めなければならないのに、武器を無駄にしているとしか思えません」

「やけに具体的なのは、今朝の演習で聞いたのか」

「はい。前回、そちらの抜け道を守護していた者がおりましたので。あまりに幼稚でお粗末だったので体を動かしたいと志願したと言っておりました」


 ヴィーゴが辺境伯を預かってすぐに行ったこと、それは隣国の王への顔繫ぎだった。前王は賢王として知られており、ヴィーゴの行為は好意的に受け入れられた。山脈に囲まれている国なのだから、いつか必ず自国だけではいろいろな事が賄えなくなるのだと分かっていたからだ。

 そうして、前王と隣国の王との交流は、ヴィーゴを通してだが密やかに続いていた。間を取り持っていたヴィーゴは、兵士たちを鍛えるという名目のもと、国境で演習を繰り返していた。

 はたから見たら、その演習は国境争いに思えたのだろう。そうして国内の関心をヴィーゴが集めているうちに、前王は小国で閉鎖的ゆえに独裁体制でも問題のなかった政治の基盤を、少しずつ整えていた。

 王が患ったのは、もう少しでその基盤が完成する矢先だった。無理がたたったのか、病だと分かってからあっという間に儚くなってしまった。そうして、新しく王冠を戴いたのはその息子。独裁体制から変わりゆく中で、自分が特権階級だという意識だけが肥大してしまった子供だった。


「やけに動き回っている兵士がいると思ったら、そういう事だったのか」


 フェルヴェの言葉を聞いてからその様子を思い出したのか、ヴィーゴは納得したように頷いている。隣国から集まった兵の中に、あちらこちらへと走り回っている者がいたのは、指揮を攪乱させるためなのかと思っていたが、単純に自分の体力が有り余っていたからだったようだ。


「我らの意見はお伝えしました。それで、父上はどうしてドルチェ抜きにして話を?」


 ロラントの視線が、ついとヴィーゴに向けられた。隣国との関係は、もちろんドルチェだって分かっている。それなのにあからさまなタイミングで話を切り上げたのだ。まだ納得するだけの理由を教えてもらっていないロラントの視線は、訝しむものに変わっていった。


「ドルチェを外したのはな、金属を集めるのと合わせて娯楽、特に音楽を迫害し始めたからだ」

「なるほど。楽器は主に金属で作られる。その使い道である音楽を肩身の狭い存在にしてしまえば、自ら献上してくるだろうという事ですか」


 あの王にしては上手く考えたじゃないか、誰とも知れずにそんな声がぼそりと漏れる。これは、早急にレジェーナを交えて話をしなくてはならない。

 辺境を預かっているうえに、前王と友人で会ったヴィーゴを恐れているのか、今の王は出来るだけ辺境に近づかないようにしている。けれど、王都でそのような流れが起きているのならば、遠くないうちにこの地までその命令は回ってくる。

 いざそうなったときに、一番心を痛めるのはドルチェだと分かっているからこそ、ヴィーゴは先に兄弟に話をしたのだ。


「ドルチェは楽器を使うことはないが、それでもいけないことなのか?」

「細かく分けると面倒だからでしょう。こっちは良くてあちらはダメだと振り分けるよりは、全てとしてしまった方が話が早い」


 ロラントが例えの話をして、ようやく納得したように笑顔になったフェルヴェは、にこやかに言い放った。


「父上も、そんな難しい言い回しをしなくても良かったではありませんか。

 我らの妹を悲しませないために、どうすればいいのかを話し合うと言ってくださればいくらでも案を出しますのに!」


 この言葉に珍しく目を丸くしたのはロラントで、ヴィーゴはふんすと胸を張っているフェルヴェに向かって破顔した。


「そうだな、小難しい話は抜きだ。ドルチェから歌を取り上げることはしたくない。

 いい案を、期待しているぞ?」

「もちろんです、父上」


 そこから先は、がらりと雰囲気が変わった。結局のところ、父も兄たちも、末の妹であるドルチェを大切にしている気持ちは、同じなのだから。

 レジェーナの出迎えに遅れそうになるくらい盛り上がったのは、仕方のないことだろう。


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