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40.それぞれ思うこと

「シェイド殿下が、ですか」

「話が違うのではないのか?」


 私とほぼ同時に声を上げたのはフェルヴェお兄様。けれど、ロラントお兄様も驚いた顔をしているから、今のシェイド殿下の発言は予想外だったのだろう。


「フェルヴェお兄様?」


 少しだけ気まずそうな視線を向けられたけれど、フェルヴェお兄様は私に何かを言うことはなく。その代わりのようにシェイド殿下に厳しい目を向ける。


「シェイド殿下。あなたは自らを認められたいと仰った。ゆえに王都で我らはシェイド殿下に力を貸した」

「ああ、間違いない」


 視察に来ていた時には、フェルヴェお兄様の視線やロラントお兄様の言葉に少し遠慮するような態度を見せていたシェイド殿下。帰る頃には多少、態度は緩和していたから緊張していたのだと思っていたのだけれど。

 王都で共に過ごしていたというのは、本当だったのだろう。疑っていたわけではないけれど、今のシェイド殿下はフェルヴェお兄様の厳しい目を向けられているのにも関わらず、堂々と前を見ている。それは、視察の時には見られなかった態度だ。


「ならば、なぜこの地の監視を引き受けた」


 フェルヴェお兄様の問いかけに、ロラントお兄様も頷いていた。お二人は王都でシェイド殿下と共にいた。それは、先ほどから何度か聞こえてくる認められたい、というシェイド殿下の願いのため。

 何に認められたいのかまでは分からないけれど、それはこの王都から遠く離れた地にやってくることで達成できるものではない。お二人はきっと、そう伝えたいのだろう。


「……認められたかったのは、理由がある」

「聞きましょうか」

「今後、隣を望むものに見合う立場を得たかった。他にもあるが、それが一番の理由だ」


 ぎゅっとこぶしを握ったシェイド殿下は、お兄様たちの視線に負けることなく、顔を上げたまま答えている。視線を下げて瞳の色を見せないようにしていた時とは、まるで別人のようだ。

 王家の血を引く者を示す紅が、感情を込めたように輝く瞳が、私に向けられる。一瞬、たじろいでしまうほどの熱を向けられていることに、気付かないほど私は鈍いつもりではない。少しどころではなく舞い上がった感情に、必死に落ち着けと繰り返す。


「隣を、望むものですか……」

「ロラントお兄様?」


 ロラントお兄様の呟きには、何もわかっていないような素振りで小さく首を傾げて見せる。そうすれば、それ以上の追及はない。

 それでいい。私は、辺境伯の娘でこの先成人を迎えたら、どこかの家に嫁ぐのだから。憧れは、憧れのまま宝らものとしてずっと胸に秘めておける。


「まあ、いいでしょう。ドルチェは、シェイド殿下が滞在することをどう思う?」

「グラディオン陛下もお許しになられているのであれば、私が何かを言う事はございません。けれど、お尋ねしたいことがございます」


 ロラントお兄様は、もしかしたら何かに感づいているのかもしれない。私が分からない素振りを見せているから、合わせてくれているだけかもしれない。けれど、それならそのままで話を進めてしまおう。

 私が否を唱えたとしたって、グラディオン陛下直々の指示があるのならば、断ることなど出来るはずもないのだから。


「お答えいただけますね、シェイド殿下」

「もちろん。ドルチェ嬢の気が済むまで付き合おう」

「そこまで長くお手間は取らせませんわ。聞きたいことはあまりありませんもの」


 個人的には、聞きたいことがたくさんある。あの日、王都で別れた時に聞きたいと言っていたことは何だったのか。お兄様たちを巻き込んでまで認められたかったのは、いったい何のため、誰のためなのか。

 それはぐっと飲み込んで、今屋敷の中を預かる長女として聞きたいことを。


「どの程度の期間、滞在なさるご予定で?」


 来客があるとは聞いていたし、食事の準備は十分にしてもらっている。けれど、どのくらいの滞在期間になるのかまでは、ルターも知らないと言っていた。なので、視察程度の期間であれば今の備えでも足りるけれど、それ以上になるのならば追加で準備をする必要があるのだ。


「お父様とお母様がいらっしゃらない事はもうご存じでございましょう? 屋敷の指揮を預かっている身としては仕事の振り直しを考えないといけませんので……」

「ふふ、ドルチェ。シェイド殿下が困っているよ」

「え、あ……申し訳ございません!」


 つい自分の状況ばかりで話を進めてしまったけれど、当のシェイド殿下はぽかんとした顔で私を見ていた。視察ではなく滞在すると言ったばかりなのに、いきなりされた質問がどのくらいだと聞かれたらそうなるの、だろうか。

 ひとまず謝ったけれど、私を見てシェイド殿下はくすくすと笑いだしてしまった。


「いや、いい。大丈夫だ。少し、肩の力が抜けた」

「では、フェル兄さん? 領主としてシェイド殿下の滞在を許可してくださいますね?」

「もちろんだ。グラディオンからも手紙を預かっているんだ、追い払ったりなどするものか」

「滞在、というからには少なくとも視察期間よりも長くなりますね。おそらく、数か月単位になるのではないでしょうか」


 ひらりと指に挟んで遊ばせていたのは、グラディオン陛下からだろう手紙。そんな扱いをしてもいいのかと思ったけれど、王都で会った時の気安い接し方を見るにきっとこの程度であればグラディオン陛下が怒ることはないだろう。それが分からないフェルヴェお兄様ではない。

 シェイド殿下がロラントお兄様の言葉に頷いているから、それなりの期間の滞在になると分かったので部屋に控えている使用人の所へ向かう。

 シェイド殿下がいる前でこのような話をするのもどうかと思ったけれど、準備に早く取り掛かれる方がいいだろう。


「私達はあなたが来ると聞いていましたよ。シェイド殿下」

「なら、どうして」

「あなたの、本音が聞きたかった。提案したのは私で全ての責も私に。お怒りならば、この首差し出しても構いません」

「そんなことをするつもりはない! それに、言葉を飾る必要はないと思い知ったからな」

「ああ、それは……」

「ロラントお兄様、何か私についておりますか?」


 使用人にルターまで伝達してもらうように話をしていたから、お兄様たちとシェイド殿下が何か話しているのは聞こえていたけれど、詳細までは聞き取れなかった。

 けれど、じっと背中に向けられている視線には気付いていたのでくるりと振り返って、視線の主であるロラントお兄様に声をかける。


「何でもないよ。今日もうちの妹は可愛らしいなと思ってね。さ、シェイド殿下の部屋を案内して差し上げて」

「うけたまわりましたわ」


 話はひと段落したのだろうし、この場でこれ以上に話すことはなさそうだ。ロラントお兄様に言われるままに、シェイド殿下を通すための部屋に案内することにした。


「……二人にしていいのか」

「それで関係が進むほどではない、とフェル兄さんも感じたでしょう?」

「どうだろうな。あれは、覚悟を決めた者の瞳だ」

「……どちらにせよ、手助けするつもりはありません」

「もちろんだ。何かを欲するのであれば自ら掴み取らねばな」


 ロラントお兄様の見立てが外れたのを私が知るのは、少しだけ後の話。




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