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36.変わっていく世界

「ん? ヴィーゴかレジェーナから俺の事を聞いていたのか?」


 紅褐色の髪と同じ色の瞳を楽しそうに細めているのが、ランディ陛下。紹介もされていない中で私がそう呼んだからだろうか。興味を持たれたようで軽く身を乗り出して私の方へと体を向けた。

 ランディ陛下の事を聞いているか、と言われたらはいと答えられる。お父様やお母様とどのようにして知り合ったのか、は少し前に聞かせてもらったからだ。今、求められている答えは違うと思うけれど、私はあえてこちらを口にした。


「学生時代に親しくさせていただいていたとは、聞いております」

「あー、そうじゃない。俺が誰なのかを分かっているようだったのでな」


 お父様とお母様はすでにこの部屋で待っていたから、私が着く前には昔の話に花を咲かせていたのかもしれない。私への気軽な態度はその延長か、それとも違う意図があるのかを判断できるほどの時間は、過ごしていない。

 けれどお父様もお母様も、私とランディ陛下の会話に加わって来ないところを見ると、この場は私だけでどうにかしなければならないようだ。


「先触れがあったので、最初はグラディオン殿下がいらっしゃるのだと思っておりました」

「まあ、そう思うのが当然だろうな」

「ですが、ランディ陛下はご存じでしょうか」


 お父様とお母様の事を知っていたとて、私はまだ何も知られていないプレシフに生まれただけの小娘だと、そう思われているのだと分かった。

 興味がありそうに体を向けていても、軽快な会話を楽しんでいるように見えても、その瞳にはどこか私の事を値踏みするような感情が見えてしまったから。

 そういうつもりなのであれば、隣国の陛下だろうと私がやるのはひとつだけ。


「私、人の気配を読むのが得意なのです」

「……ははっ! そうか、そんなところで見破られたか」


 にっこりと、最上級の笑顔だと家族の誰からも褒められる表情を向けた。一瞬、目を開いたランディ陛下は先ほどまでとは違う笑顔を浮かべている。

 そんなランディ陛下の姿を見て、お父様とお母様が呆れた様子で息を吐いた。


「だから言ったでしょうに。ドルチェならすぐに気付きますと」

「お母様」

「プレシフの子だぞ。そんなやわな育ち方をするもんか」

「お父様」


 私がランディ陛下に気付くのは当たり前だと思っていてくれたから、だから会話に混ざることなく見守るだけだったのだ。そんなお父様とお母様の姿勢も、ランディ陛下が私の事をプレシフ家の長女として認めることに力を添えてくれた。

 嬉しくなって思わず小さく歌を口ずさみそうになって、慌てて唇をきゅっと引き締めた。それから、意識を違う方向にむけるための質問を。


「お兄様たちも、お戻りになったのですか?」

「ああ、あいつらは王都に置いてきた」

「置いて、ですか」


 ニアマト王国が攻め入って来たという報せを受けたから、お父様やお兄様たちは王都に向かった。けれど、ニアマト王国のランディ陛下とお父様が一緒にいるということはそちらは落ち着いたと思っていいのだろう。お父様やお兄様たちが王都に向かってからというもの、お母様は見せないようにしていたけれど、雰囲気は少しだけピリピリしていた。それがなくなっているのだから、きっともう大丈夫。

 今日、一緒に花を摘んだあの子のお父様も、無事に戻ってくるだろうか。あの花が栞になっても綺麗だと思うけれど、出来ればそのまま楽しめるうちに帰ってきてほしい。


「ヴィーゴは王都で見極めたい誰かがいるんだよな。自分が王都に残れないから、代わりに残してきたんだろう?」

「余計なことばかりベラベラ話すなら、摘まみだすぞ」

「お前たちはいつになっても俺に容赦がないな。だからこそ、こうして頼りに出来るんだが」


 見極めたい誰か、の事を私に聞かせたかったようだ。にやりと笑って、わざとらしく私の方を向いて話しているのだから、そう思うしかないだろう。

 焦ったようにランディ陛下の言葉を途切れさせたお父様の態度も、私の考えが間違っていないと思わせるには十分だった。

 けれど、誰かはいったい誰なのだろうか。フェルヴェお兄様だとしたら、そろそろ家督を譲るとかそういう考えをお父様が持っているということになる。ロラントお兄様だったら、フェルヴェお兄様の補佐ではなく、別の分野での活躍の場を広げるための行動を取らせるという事だろうか。

 共に王都に向かった兵士たちの誰かだとしたら、国境の兵たちとの配置換えのために、適性を見るためか。

 お父様の代わり、という言葉はいまいち納得が出来ないけれど。


「グラディオン殿下を呼んでくれ」

「ドルチェ、あなたは自室に……」

「なんだ、一緒に聞いた方が話が早いだろ。うちの属国になるんだから」

「え?」


 今、ランディ陛下はなんと仰ったのだろうか。私を部屋に戻そうとしたお母様が、微妙な体勢のままで固まっている。グラディオン殿下を呼んでもらうために、使用人に声をかけたお父様も動揺したのか一瞬だけ変な声を出した。


「ランディ! そういうことはきちんと順序を追って」

「結果を先に聞いた方が、あれこれ無駄なことを考えずに済むじゃないか。グラディオン殿だって待機室からもうここに着くだろ?」

「お待たせ致しました。と、なんだか妙な空気ですが……ランディ陛下、あなたまた何か余計なことを言いましたね?」


 焦ったお母様の言葉を遮って、椅子に背中を預けたランディ陛下はお父様が睨むように見ている事も気にせずに話し続ける。

 今なら何を聞いても答えてくれるかもしれない。けれど、いったい何を聞けばいいというのだろうか。ニアマト王国に攻め入られたという王都に、救援のために向かったお父様たちが帰って来たのかと思ったら、まさか自分の国が隣国の属国になっただなんて。

 想像もできない現実に私も呆然としていると、部屋に入って来たのはグラディオン殿下。私たちの様子を見て何かに思い立ったように小さく息を吐いてみせた。


「どうして俺にしか言わないんだよ。ここには他にもいるだろうが」


 むすっとしたランディ陛下と、それを見て笑っているグラディオン殿下。親と子くらいの年齢差があるのに対等な関係を築いているように見えるのは、互いに国を背負う立場だからだろうか。


「僕はプレシフ辺境伯よりも短い時間しか付き合いがありません。ですが、あなたの人となりは手紙を通じて理解しているつもりです。

 ……だからこそ、コーランド王国はニアマト王国に下ると決めたのだから」

「本当、なのですね」


 ランディ陛下の言葉を疑っていたわけではない。けれど、どこかに信じられないという気持ちはあった。

 やはり辺境を預かる父の子としては、グラディオン殿下の言葉は重い。穏やかな笑顔でさらりと告げるのだから、コーランド王国が属国になることに何も引っかかる部分はないのかもしれない。むしろ、それで良かったと思っているのではないかと考えるくらい、背負っているものがなくなったような笑顔をしているグラディオン殿下。


「グラディオン殿、他にも言うことがあるだろう? 俺から言ってもいいんだが」

「いえ。これは、僕の口からきちんと伝えなければ」


 座っているランディ陛下は、立っているグラディオン殿下に挑発的な声をかけている。けれど、グラディオン殿下はその言葉にも感情を揺らすことなく、冷静なままだ。


「コーランド王国は、これからニアマト王国の属国になります」






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