表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/42

33.ある昼下がり

 それからの日々は、王都に行く前と変わらずに穏やかだった。あの日、王都でグラディオン殿下から聞いた話が嘘のように。

 それが嘘ではないと伝えてくるのは、私の部屋に積み重なるようになった、手紙と、そして。


「お嬢、お手紙ですよー」

「あなた、一昨日も持ってこなかったかしら?」


 あの日にグラディオン殿下の護衛をしていた彼が、私のところにちょくちょく顔を出すようになったから。その手には、決まっていつも手紙がある。

 慣れた様子で手渡された手紙の送り主は、シェイド殿下。最初に手紙をもらった時には恐縮した署名だったけれど、こう短い間隔で送られてくることで見慣れてしまった。そして、私の部屋に山を築いている。


「そうなんですよ。返事が待ち遠しいからって人使いが荒いと思いません?」

「……また、私が書くまでここにいるのよね」

「……出来るだけ、ゆっくり書いてくれると助かります」


 王都まで、普通に馬を走らせたら三日ほど。お母様のように馬の力を最大限に引き出して操ったなら、二日かからずに辿り着ける。けれど、その馬は十分に休ませてあげないと、次は走ってくれない。それは私たちだったとしても同じ反応を返すだろう。

 げんなりした様子の彼は、もう何度も馬を変えて王都とこのプレシフ領を往復している。最近では護衛じゃなくてただのメッセンジャーだと嘆いているようだ。

 私もそれはさすがに気の毒だと思うから、手紙をゆっくり書いて彼にも馬にも休息の時間を取ってもらうようにしているのだけれど。


「途中に交代要員はいるんでしょう?」

「そりゃ、俺だけで王都の往復は無理ですって。強行軍にもほどがある」


 訓練をする兵たち用に準備してある飲み物を、手慣れた様子で注ぐ姿を見たら、王家の護衛とは思えない。実際、私もあの日王都で出会わなかったら気付くことすら出来なかっただろう。それくらい自然に溶け込んでいる彼だから、こうして私と話している時にも誰かから声をかけられることだって少なくない。

 馬を操っているから体力は使っているはずなのに、声をかけられた兵と剣を交えていたりするのだから、休憩したいと言っているのすら本当かどうか分からなくなる。


「そのわりには、たくさんの兵たちと組み合っているじゃない。体力の心配はなさそうなのだけれど?」

「じょーだん言わないでくださいよ、お嬢。他の奴らは俺の事知らないから、変なそぶり出来ないんですって」


 ひらひらと顔馴染みの兵たちに手を振っているのは、グラディオン殿下の傍にいた時とは違う顔。切り替えが、とても上手いのだ。私に手合わせを申し込んだのも皆の前だったから、話していたとしても何の違和感も持たれていないし。だからこそ、私も安心して彼と話をすることが出来る。


「王都は、どんな状況なのかしら」

「フェルヴェ様とお嬢が来た時から、変わっていませんよ。表向きは」


 シェイド殿下からの手紙を持ってくる彼は、グラディオン殿下とも会っているはずだ。そして、グラディオン殿下はこうして私が彼から情報を集めることを、きっと想定している。


「グラディオン殿下は着々と周りを固めていっていますけどね。あの時の話が現実になるの、そう遠くはないと思いますよ」

「私たちは、何をしたらいいのかしら。何を、求められているのかしら」

「それは、ご当主とフェルヴェ様がよくご存じなのでは?

 お嬢に出来ることは、変わらないでしょ」

「そうね、私が出来ることなんて少ないもの」


 だから、出来ることがあるのだと思っていた。お父様でもお母様でもなく、お兄様たちでもない、私に出来ることがあると。間を置かずに返された答えに、自分が出来ることなど何もないのだと思い知ってぐっとこぶしを握る。手の中にあった手紙が、くしゃりと小さな悲鳴を上げたことに気付いたのは、彼の方が早かった。


「あ、俺の思っているのと違う意味で取ってるな。そうじゃないですって」

「そうじゃないのなら、どういう意味かしら」

「いつもと変わらないって大変なんですよ。どれだけ周りが変わっていこうとも、自分は今までと同じように過ごしていかないといけないんですから」


 上質で綺麗な花の透かしが入っている封筒を私の手から自分の手元に戻した彼は、今さっきついてしまったしわを丁寧に伸ばし始めた。

 しわをつけてしまったことは申し訳ないけれど、手紙の内容を読むのに支障はないはずだ。それよりも、彼の話の続きの方が気になってしまった。


「その変わらない態度に、昨日と同じ表情に安心する奴は多いんですよ。落ち着くっていうのかな」

「それは、体験から?」

「王都からプレシフ領の移動なんてめちゃくちゃ疲れるんですよ。こんな短期間で何度もなんて特に。でもね、ここに戻ってくると安心するし、お嬢の笑顔を見るとホッとする。そんな存在がいるって大事なんで」


 確かに私は、彼が王家の護衛だと知っても態度を変えなかった。フェルヴェお兄様がそうであったから、私はただそれを真似ただけ。後から、他の兵たちは素性を知らないから今まで通りでいてくれて助かりました、なんて自分の意図していなかった行動にお礼を言われたくらいだ。


「だから、お嬢はそのまま変わらないお嬢でいてください。音楽が禁止されたから、歌ってないでしょ?」


 私が意識していなかったことに、彼は安心したという事だろう。私にそんなつもりがなかったとは、言えなかった。

 歌だって、王都から帰ってきてから一度も歌っていない。家族や兵たちが少し残念そうに私を見ていることには気付いているけれど、王都で禁止令が出されているのだと知っている以上、歌うのは誰も周りにいない時だけで、それだって鼻歌程度の小さい声だ。

 不安定ななかで、何か攻め込まれるきっかけを作るわけにはいかないから。


「ま、のんびりいきましょ。後になって、この時にゆっくりしておけばよかった、なんて思うかもしれませんから」

「……私、もう子供じゃないのよ」

「俺にとっては、いつまで経ってもお嬢のままですよ。年上の認識なんてそんなもんですから、諦めて受け入れてください」


 はい、としわの伸ばされた手紙を渡されて、その手はそのまま私の頭の上に伸びた。そうしてぽんぽんとお兄様たちとは違う撫で方をされる。

 そんな姿を見た兵たちから、からかうような声が聞こえてきたけれどそれは全て彼が上手く流してくれた。ケラケラ笑っている様子はそう見えないけれど、話を逸らしても不快な気分にさせないところは確かに年上で場数を踏んでいるのだな、と思わせるものだったけれど。


「それは、いつか認識を変えたいところね。けれど、今は」

「今は?」

「ロラントお兄様に、きちんとご説明して差し上げてね?」


 兵たちがすんなりと離れたのは、彼の言葉選びが上手だっただけではない。その背後からだんだんと近づいてきていたロラントお兄様の姿を見つけていたからだ。

 王家の護衛である彼が気付かないはずはないので、本当に疲れているかこの地にいるときは気を抜いているかのどちらかだと思うのだけれど。


「あ、ちょっと待ってくださいお嬢!?」

「ロラントお兄様、私お手紙を頂いたので自室に行きます」

「終わったら、顔を出すように。フェル兄さん、今日は帰ってくるようだから」

「分かりましたわ」


 助けを求めるように私に伸ばされた手を、取ったのはロラントお兄様。にっこり笑っているのに、後ろで雪が待っているかのような冷たさを感じるのは、きっと気のせいではないはずだ。

 その冷気が私に向けられているわけではないから、安心してこの場から離れることが出来る。おそらく、彼は逃げられないだろう。本気を出したらどうかは分からないけれど。


「お嬢! 置いていかないでくださいよ!」

「さ、手合わせしたかったのでしょう? 俺が相手になりますよ」

「いや、俺さっきまで馬と走ってたんで……」

「そんな遠慮せず」




 変わった習慣、変わらない毎日。

 そんな穏やかな日が終わったのは、いつもと同じ晴れた日だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ