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32.見つけた目標

「おかえりなさい、ドルチェ。初めての王都は楽しかったかな」

「ただいま戻りました。お迎えありがとうございます、ロラントお兄様」


 シェイド殿下と話した次の日、フェルヴェお兄様から夜に王都を発つと告げられた。お父様から預かっていた書類は、すでにグラディオン殿下に渡したということで、役目は終わっていたのだ。

 王城に出向かなければならないと思っていた私は少しだけ肩の荷が下りたけれど、それで大丈夫なのかという不安もあった。思い切ってフェルヴェお兄様に聞いてみたら、国王陛下はプレシフ家の誰かに会うということを遠回しではなくほぼ直球で断るそうだ。

 なので、書類のやり取りはグラディオン殿下を経由するというのがいつものやり方らしい。それでいいのだろうかと思ったけれど、そうでなければいつまで経っても書類は届かないままなのだと聞かされたら頷くしかない。

 ということで、私は目標であったシェイド殿下と会って話すということも、初めての王都を楽しむというお母様からのお願いも、どちらも達成することが出来た。


「自分の家にいるのにドルチェに会えないというのは、寂しいものだね。いつも笑顔で迎えてくれるドルチェがどれだけ大切か、今更だけど分かったよ」


 特に連絡を入れている素振りなど見えなかったのに、家に帰った私たちを出迎えてくれたのはロラントお兄様。行きにはなかった荷物を見たロラントお兄様は、嬉しそうに笑っていた。


「そんな、私はただ待っているだけしかできませんもの。ロラントお兄様は大事なお仕事で領を離れていらっしゃるのですから」

「ありがとう、ドルチェ。そんな心優しい妹を、ちゃんとに守ってくださったのですよね? フェル兄さん」

「ロラント、お前が何を心配していたのか知らないが……気になることがあるのなら、直接本人に聞けばいいだろう」


 すうっと少しだけ声のトーンを落としたロラントお兄様が視線を向けたのは、フェルヴェお兄様。心外だと溜め息を吐いたフェルヴェお兄様だったけれど、ロラントお兄様の気持ちも分かるのだろう。フェルヴェお兄様が領地に一人残ることは、ほとんどないけれど。


「フェル兄さん、ドルチェは王都からの移動で疲れているんですよ。それなのに、話を聞けというのですか」

「俺も同じ距離を移動してきたばかりなのだが?」

「慣れているでしょう。フェル兄さんは。それとも、この距離を移動するのが辛いとでも――」

「あの、お兄様」


 これが、お兄様たちなりのコミュニケーションの取り方だとは分かっている。でも、移動して疲れているのは確かだし聞いてもらいたい話だってある。アクセサリーを買ってくるように仰ってくれたお母様にも髪飾りをお見せしたい。

 そう思って声を掛けたら二人揃って振り向いてくれた。顔つきが違うのに、同じような動きをされると私でも時々双子のようだと感じてしまう。


「私は疲れておりませんわ。お土産もあることですし、お話を聞いていただいてもよろしいでしょうか」

「もちろんだよ、さあ行きましょう」


 さりげなく私の荷物を持ってくれるロラントお兄様の距離が、いつもよりも近い。穏やかに笑っているロラントお兄様の表情は、王都に発つ前と変わっていなかったから本気だとは思っていなかったけれど、寂しいというのは本音だったのかもしれない。

 私にも、本心をあまり見せてくれないロラントお兄様の詰めたこの距離が、今は何だかとても嬉しい。


「ロラント、自分が残る側になって寂しかったと言っていただろう。今日だけでなく、しばらくは構ってやってくれ」


 おそらく、ロラントお兄様自身も気付いていないだろうその距離に、フェルヴェお兄様は気付いていた。だからこそ自分に対していつもよりも少し棘のある言葉を選ぶロラントお兄様の事を、咎めなかったのだろう。


「フェルヴェお兄様、どちらに行かれるのですか?」

「父上に。渡した書類の話をしないといけないのでな。夕食は共にしよう。このままだとロラントがドルチェを離さなそうだ」

「ありがとうございます、フェルヴェお兄様」


 私たちとは違う方向に曲がったフェルヴェお兄様は、すっと手を上げるだけで返してくれた。


「あの背中を見ると、やはり次期領主なのだと痛感するな」

「ロラントお兄様でも、ですか?」


 いつの間にか私の隣に立っていたロラントお兄様は、眩しいものを見るように目を細めていた。その視線の先には、いつでも真っ直ぐに背筋を伸ばしているフェルヴェお兄様の姿。

 お父様と一番一緒にいる時間が長いフェルヴェお兄様だけれど、その姿を誰よりも見ているのは補佐をしているロラントお兄様だ。


「もちろんだよ。張り合うつもりはないけれど、支えられるくらいにはならなくてはね」

「……私には、もう十分に支えになっているように見えますけれど」

「ありがとう、ドルチェ」


 きょとんとしたように一瞬だけ目を丸くしたロラントお兄様は、それは嬉しそうに笑っていた。

 私が王都で見聞きしてきたものを話したら、その笑顔は何やら凄みのあるものに変わってしまったけれど。


「それで、フェル兄さんから稽古をつけてもらう、と」

「ドルチェ。剣を取るのは、シェイド殿下に負けたくないからかしら?」


 はあ、と溜め息をついたロラントお兄様に、アクセサリーを見る時と打って変わって真剣な表情をしているお母様。

 お二人に聞かれて、私が思い出したのはシェイド殿下が口にした約束。


「待っていてほしい、と言われたのです」

「それはシェイド殿下に、ですか」


 お母様の視線がわずかに険しくなった。それは当然だろう。いつか嫁ぐ身である私だと分かっているはずのシェイド殿下から、待っていてと言われたのだから。それが別の意味を持っていると思われてもおかしくはない立場の方なのだ。


「それならば、仕方ありませんね。ですが、ドルチェ。その言葉に甘えてはいけませんよ」

「もちろんですお母様。私、今回王都に行かせていただいて、自分の未熟さを痛感したしましたもの」


 王城に上がらなくて良かった、と安心したのはグラディオン殿下と言葉を交わす機会を持てたから。プレシフ領では、私の立場は上位である。それは、辺境伯の娘である以上そうでなくてはならない。だからこそ、自分より上位の方と接するためのマナーを練習できる場が少なかった。

 勉強を欠かしていたつもりはなかったし、実践もお母様やルターに協力してもらった。けれど、どうしたって粗は目立つ。それが、非公式とはいえグラディオン殿下との場を持ったことで改めて突きつけられただけだ。

 シェイド殿下が、私に勝つために剣の腕を磨くというのであれば、私だって負けないように自分を高めなければならない。


「そこまで分かっているのであれば、母は何も言うことはないですね。けれど、今日はゆっくり休むのが一番大切ですよ」

「母上の言う通りです。ドルチェ、王都で楽しかったことはないのかな?」

「たくさんありましたわ! ぜひ、聞いていただきたいのです!」


 そうだ。私は目標を見つけた。家族の役に立ちたい、というのも間違ってはいなかったけれど、ふんわりとしたもので、はっきりとした形があるものではなかった。

 けれど、今は違う。王都へ行って、プレシフ領だけでは分からなかった様々なものを見た。それは、アクセサリーや髪飾り、装飾などの目を楽しませるもののあれば、不安そうな住人たちに不穏な噂だったりと、胸が苦しくなるようなものもあった。

 いろいろなものを見て来れたからこそ、定まった目標。そして気付いた自分の気持ち。


「約束に、恥じない自分でいたい」


 領のために行動するのはもちろんだ。笑顔を見せてもらいたい。けれど、誰よりも笑顔を見たいと思ったのは、紅い瞳を隠すようにしていたあの人。

 シェイド殿下にがっかりされたくないし、負かすと言われたなら強者の私でありたい。

 フェルヴェお兄様とお父様も交えての食事で王都の思い出を語りながら、私は頑張ろう、と何度も心で唱えていた。







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