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31.ひとつの約束

 その後、領地の時と同じような接し方でいいとシェイド殿下から仰ってくれたので、その言葉に甘えさせてもらう。

 一応領地にいるときも自分なりに気を配ってはいたけれど、付け焼刃であることは重々承知しているし、おそらく及第点程度のマナーでしかなかったはずだ。だからといって、今の私が王族に接することが出来るまでに成長できているかと聞かれたら、素直に頷けるかは怪しいところなのだけれど。


「それで、シェイド殿下はどうしてあの場所にいたのですか?」


 早い段階で聞いた質問だと思ったけれど、いろんな話が出る中で改めて聞くタイミングもなかった。なので、たぶんちゃんとした答えをもらってはいないはずだ。

 グラディオン殿下もフェルヴェお兄様もいない今なら答えてくれるかもしれないと思ったのに、シェイド殿下は私の質問を聞いて咳込んでしまった。


「フェルヴェお兄様は何か分かったようなことを仰っていましたが、考えてみたら不自然だと思いまして」


 思いもかけない質問だったから咳込んだのかもしれないと、うっすら思ったけれど。気配を読むのが得意な私は、人の言わんとしていることも何となく察することは出来る。でも、シェイド殿下にはそうしたくないし、直接言ってほしい、と思っている。


「それは、その」

「グラディオンを、見張っていたのだろう?」


 答えたくないのではない、どう答えればいいのか言葉を探している。そんな様子のシェイド殿下に向かって投げられたのは、問いかけの形を取った確認の言葉。それは、つまみを持ってくると言って部屋を出ていたフェルヴェお兄様の声。


「フェルヴェお兄様?」

「どうしてそれを!」

「シェイド殿下、分かりやすいんですよね。だからこそ、今回こうしてこの場にお呼び出しすることが出来たんですけど」


 どうして、と言ってからハッとしたように自分の口を押えたシェイド殿下だったけれど、もう遅い。フェルヴェお兄様と共に戻ってきた護衛の彼もばっちり聞いていたようだ。

 先ほどまでよりも随分リラックスした様子の彼は、領にいるときのような口調でニヤリと笑った。


「俺がグラディオンに出した手紙には、近々王都へ行くとしか書かなかった。だが、こいつから話を聞いたグラディオンは察したのだろう」

「グラディオン殿下が怪しい動きをしていたでしょう。それをシェイド殿下に見つかるようにしていたのはわざとだったんですよ」


 シェイド殿下は驚いて目を見開いているが、私も驚いている。フェルヴェお兄様は簡潔な物言いを好んでいる、というよりも自分があれこれ話すと収拾がつかなくなるのだと言っていた。

 そのフェルヴェお兄様からの手紙に、領の事は知っていても私達の行動全て走るはずのない彼。その情報を組み合わせて予測し、行動に移せるのがグラディオン殿下ということだ。

 怪しい動き、に思い当たることもあったのだろう。シェイド殿下が小さくあの時の、と呟いている。


「プレシフ領の視察から戻ってきたシェイド殿下は、自分で行動していくということを覚えたと嬉しそうにしていましたからね」

「グラディオン殿下が、ですか?」


 母親が違う弟であるシェイド殿下に無関心ではないと安心したけれど、ある一定の距離を保った接し方をしていたな、というのが正直な感想だった。

 なので、思わず聞き返してしまったのだけれど。そんな私を見た彼は、ふんわりと笑う。


「お嬢、兄弟の一番上ってね、そういうもんみたいですよ」


 私は、一番下だ。そしてシェイド殿下も。だから、いまいちピンとくるものはないのに、フェルヴェお兄様は彼の言葉を聞いてふいと視線を逸らす。

 あれは、フェルヴェお兄様が気恥ずかしい時によく見せる仕草だ。ということは、彼が言っていることは、少なくともフェルヴェお兄様にとっては思い当たることがあるし、そういう行動をしている自覚があるということ。


「他がどうかは知りませんけどね。少なくとも俺の知ってるこの長兄たちは、弟妹たちをとても大切にしていると思いますよ。表現に違いはあってもね」

「私は、フェルヴェお兄様とロラントお兄様が大切にしてくださっていることを、承知していますわ」

「甘いですよ、お嬢。フェルヴェ様はお嬢が思っている以上にお嬢のことを大切だとお考えです」


 私は、自分が家族から大切にされていると知っている。だからこそ、私も家族を大切にしたいし、役に立ちたいと願うのだから。

 けれど、フェルヴェお兄様は私の思っている以上に愛情を注いでくれているようだ。その証拠、とばかりに彼が示したのはテーブルに並んだ品々。宿に頼んだつまみ、としては少々思いがけない物ばかりが並んでいるのは、見間違いではないだろう。


「これは、ドルチェ嬢の好みに合わせたのか?」

「あとは、王都でしか手に入らないものがほとんどですね。プレシフ領まで、スイーツは持って行けませんから」


 シェイド殿下の問いかけには、彼が答えながらも補足をしてくれた。そう、テーブルに並んでいたのは主にスイーツ。口直し程度にしか、塩気のあるものは置いていない。

 グラディオン殿下との話をするための口実ではなく、本当につまめるものを持ってきてくれたのもそうだけれど、私がこっそりと王都のスイーツを食べたいと思っていたことまで見抜かれているとも思わなかったけれど。

 それでも、このテーブルいっぱいに並んだスイーツは、そのままフェルヴェお兄様からの愛情のひとつのかたち。


「フェルヴェお兄様、ありがとうございます」


 フェルヴェお兄様の笑顔に負けないくらい、私も笑っていたはずだ。だって、とても嬉しいのだから。




「さて、お菓子もなくなりましたし、いい頃合いですかね」


 最初こそ、それなりに遠慮する姿勢を見せていたはずだったのに、気付けば毒見だといいながらほとんど全てのお皿に手を付けた彼が、ふいに立ち上がった。

 その横顔からは領で見るような砕けた雰囲気は感じられず、あるのは王族の護衛としての真摯な態度のみ。

 このような護衛が常日頃傍にいるのだったら、私の慣れない護衛はさぞかし思うところが多かっただろうに。それを指摘されなかったのは、シェイド殿下も緊張していたからなのか優しさからなのか、判断はつかない。

 次があったら、この姿を参考にしようと心に決めた。


「そうだな。フェルヴェ殿、ご配慮感謝する」

「礼はグラディオンに伝えて頂きたく。俺はただ場を提供しただけだ」


 すっとわずかに布の擦れる音だけで立ち上がったシェイド殿下は、フェルヴェお兄様に向かって深く腰を折った。

 シェイド殿下が求めていたものは、シェイド殿下だけでは実現するのは不可能だったはずだ。それを可能にしたのは、フェルヴェお兄様とグラディオン殿下の助力があったから。それは、私にとっても同じなのだけれど。


「ならば、フェルヴェ殿には別の言葉を。聞き届けて、もらえるだろうか」

「もちろんです」


 姿勢を正したフェルヴェお兄様は、静かにシェイド殿下の言葉を待つ。彼は護衛らしくドアの傍に移動し、聞いているのに聞いていないような顔をしている。

 一瞬、私にちらりと視線を向けたシェイド殿下は、自分を奮い立たせるように深く息を吐いた。


「その前に、ドルチェ嬢。遅くなってしまったが、領地での献身に感謝を述べさせてほしい」

「もったいないお言葉ですわ」


 私が怒っているとは伝えた。それに対しての謝罪も、受け取った。ならばこれは、この感謝は正しくその通りに受け取ってもいいはずだ。

 初めての仕事、不快に思う部分もあっただろうにこうして感謝をいただけるのは、なんと嬉しいものなのだろう。ばっと反射的に頭を下げたが、顔のゆるみが止まらない自覚はある。けれど、どうか見逃してほしい。


「そして、ひとつ頼みがある。どうか、待っていてほしい」

「何を待てばよろしいのでしょうか」


 にやつきそうになる自分の顔を、必死で引き締めている時に耳に届いた、待っていてほしいという頼み。

 果たして、何か待つような事柄があっただろうか、と今度は私の頭の中が疑問符で満たされる。


「それは……私がドルチェ嬢に剣の腕で勝ったときに、改めて伝えさせてはくれないだろうか」

「シェイド殿下」


 まるで待ったをかけるかのように、フェルヴェお兄様が短くシェイド殿下の名前を呼ぶ。静かに見守ってくれていたフェルヴェお兄様の顔が、少しだけ険しいものへと変わっていた。


「ドルチェには、今後私が稽古をつける。簡単に勝てると思わないことだ」

「ああ。肝に銘じよう」


 フェルヴェお兄様の稽古、という言葉にびっくりしていた私には分からないところで、フェルヴェお兄様とシェイド殿下は何かを理解し合っていた。

 そうして、シェイド殿下は来た時と同じようにフードをすっぽりと被って部屋を出て行った。

 窓から外を見るふりをしながら、その背中を見送っていた時にそういえば、と今更ながらに思うことがあったと気付いてしまった。


「シェイド殿下、領にいらっしゃるときはご自身の事を、僕と仰っていたような」

「……いろいろと、考えた上での変化だろう。さ、俺達も休むとしよう」


 何かを理解したようなフェルヴェお兄様の顔は、夜の明かりに照らされていたからか少しだけ、勘違いかもしれないけれど寂しそうな笑顔だった。






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