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28.第一王子

 グラディオン殿下の言葉を聞いて息をのんだのは、私とシェイド殿下。

 フェルヴェお兄様はある程度予想していた事だったのだろう。眉間にしわを少しだけ寄せていたけれど、先ほどまでの姿勢から変わらなかった。


「……話を聞こう」

「フェルのそういうところが好きだよ。ドルチェ嬢もシェイドも、それでいいかな?」


 にこり、と笑顔を向けられたけれど私にはいろんなものを含んで作った笑顔にしか見えない。この国の第一王子なのだからいろいろあって当然なのだけど、それを隠そうともしていないのはフェルヴェお兄様がいるからだろうか。


「もちろんです」

「グラディオン殿下の仰せのままに。ですが、不勉強の身。ついていけぬ部分があります事を、どうぞご容赦くださいませ」


 フェルヴェお兄様とシェイド殿下が話を聞く体勢なのだから、私はそれに頷くだけだ。けれど、お二人よりも知らないことが多いのは確か。グラディオン殿下も、私が知らないとは思わずに話を進めるだろうから、そのことについては先に伝えておかなくてはならない。

 いちいち、私の疑問で話を中断させるわけにはいかないから。


「謙虚な姿勢は悪くないが、今回はフェルも分からないところがあるかもしれないね」


 そこで、初めてフェルヴェお兄様が表情を崩した。グラディオン殿下が少しだけ面白そうに言ったからだろうか。私達に、ではなくフェルヴェお兄様を名指ししたところでわずかに首を傾げている。


「僕たちがそんな噂を流した理由について、とか。まあ、これをフェルやプレシフ家の誰かが知っていたら、その情報収集能力に報酬でもつけないといけないけれど」


 そう、フェルヴェお兄様はグラディオン殿下だったら、そんな噂が流れる前に止められるだろうという伝え方をしていた。意図的に放置していると言った後に繋げたかったのはきっと、グラディオン殿下が噂を流したというあまり信じたくない憶測。

 残念ながらそれは当たってしまったのだけれど、そうする理由まではフェルヴェお兄様にも思い当たるものがないようだ。

 フェルヴェお兄様がそのまま、グラディオン殿下の言葉を待つ姿勢を見せた。我が家の力量を認めてくださっているお言葉が嬉しくて、ちょっとだけ体の力を抜いてしまったので、私もすっと背筋を伸ばす。


「僕たちの父でありこの国の王である陛下が、領土を拡げようとニアマト王国に日々侵攻を繰り返しているのは、知っての通りだ」


 グラディオン殿下に、皆が頷いた。それは、ドアの前で護衛として立っている彼もそうだ。それは、この国の共通認識。


「だが、侵攻とは名ばかりでニアマト王国に迷惑をかけているうえに、自国の資源さえ使い尽くそうとしている。ただの、見栄のためにな」

「兄上、それは……!」

「今更隠すことではないよ、シェイド。父は賢王と呼ばれた祖父と比べられる事に耐えられなかったのだろう」


 けれど、侵攻しているというのは建前だ。ニアマト王国から奪い取った領土を自国の物にしたという報告は盛大に祝われているけれど、当のニアマト王国に領土を奪われたという認識はない。

 負傷した兵士たちが私達のところへ流れてくることもあるから、侵攻しているというのは事実だろう。ただ、ニアマト王国へダメージを与えられているのかと聞かれたら、答えられない。

 それが、自分の父と比べられるという劣等感から来ているのだとは、知らない人がほとんどだろう。


「そして、祖父の友人であった忠臣達を遠くへ追いやったんだ。王の子として、だいぶ甘やかされていたみたいだからね。父を思っての苦言を受け入れることが出来なかったんだよ」

「そんなことをして、大丈夫だったのでしょうか」

「大丈夫も何も、それが国の最高権力者の言葉だったのであれば従うほかないだろう?

 内心、どう考えていたとしてもね」


 それは、王を自分の都合よく動かせなかった貴族たちの入れ知恵だろう。お父様と前王陛下の時代に、共に国のあり方を変えようと努力した人たちはみな、王都を去ったのだと聞いた。自発的になのか、それとも追いやられたのかまでは聞かなかったけれど、グラディオン殿下の話しぶりから察するに見限って自分から去った人も少なくなさそうだ。

 そうして出来上がったのは、ニアマト王国へ侵攻し国の領土を拡げれば、賢王と名高い前王陛下を超えられると盲信している、国の王。


「君たちのお父上だってそうじゃないか。そうでなければ、ニアマトと内密に連絡を取ったりしないだろう」

「グラディオン、それは」


 思わず、といった様子でフェルヴェお兄様の腰が浮く。私はドアの前に立つ彼を見てしまったけれど、ぶんぶんと首を振っていた。私達がニアマト王国と懇意にしていると漏らしたのは彼ではない。となると、グラディオン殿下はどこか別の伝手からその情報を得たということだ。


「ん? 陛下は気づいていないよ。いや、知ろうともしていないというのが正しいかな」

「いや、聞きたいのはそこではなくてだな」

「ああ。どうして僕が君たちがニアマトと連絡を取っているかを知っているか、ということか」


 話を中断させないようにしよう、そう思っていたけれどこれは後回しにしてはいけない気がした。フェルヴェお兄様が先に行動していなかったら、私が動いていただろう。

 隣国であるニアマト王国とは領地を奪い合う仲だと思われているこの国で、連絡を取り合い協力する姿勢を見せている私達の事を、王家はいったいどう見ているのか。

 視察に来た時には見せていなかった一面、それを知ったからか先ほどから黙ったままのシェイド殿下の反応も怖いけれど。


「最初に言ったのはフェル、お前じゃないか。個人でニアマトと交流を持つ者もいると」

「言った。グラディオンがやり取りしていることも知っていたが、俺たちの事は隠していたはずだ」


 視察に来ていたときにニアマト王国に協力してもらって、襲撃という名の手合わせを見ているシェイド殿下。私達以上にいろんなことが明かされて、頭の中はきっと混乱しているはずなのに、声を上げることはなかった。ただ呆然としているシェイド殿下に気付いたのか、グラディオン殿下が申し訳なさそうな顔を見せた。けれど、それはたぶん兄として。

 この国の第一王子としては、あまり情報を得ていないシェイド殿下がそのような反応を見せるのはおそらく、想定していただろう。


「僕にだってそれなりの情報網はあるんだよ、フェル。けれど、そうだね。ニアマトとの縁は君たちが繋いでくれたようなものだから」

「俺たちが?」


 きょとんとするフェルヴェお兄様が私を見る。付き合いのあるフェルヴェお兄様が分からないのに、私に分かるはずがない。さっきの彼のようにぶんぶんとまではいかないが、小さく首を振るとふふっと前から微かな笑い声が聞こえてきた。


「いや、悪いね。君たちはやはり兄妹なのだなと思って」

「と、申しますのは?」

「だって、仕草がそっくりなんだもの。フェル、ドルチェ嬢なら許されるけど君がやるのはどうかと思うよ」


 悪いと言いながらも笑いを止めようとしないグラディオン殿下に、フェルヴェお兄様は少しだけむっとしていたけれど、文句を言うことはなかった。それにしても、フェルヴェお兄様と同じような仕草などしただろうか。これは自分でも分からないし、まだくすくすと笑っているグラディオン殿下は答えてくれそうにない。シェイド殿下にちらりと視線を送ってみたけれど、確かに目は合ったはずなのにふいと逸らされてしまった。


「さて、プレシフ家の縁が巡り巡って僕をニアマト王国へ繋いでくれた。そうして連絡を取る中で分かったよ。

 やはり、この国の現状は正さなければならないと」

「ならば、どうするんだグラディオン。お前の言葉とて、国王陛下には届かないのだろう?」


 すっと表情を変えたグラディオン殿下の言葉が、重い。この国の現状、それは国王陛下が自分の見栄のためだけに国を扱っているということだろう。それに、一部の貴族が追従していることでさらに民への重荷が増えていく。

 金属を集めるために禁止した音楽、それだって娯楽だけではない。歌って音楽を奏でて生計を立てていた人だっていたはずなのに。


「陛下には、表舞台から去ってもらう」








息をするのも忘れるとは、こういう事を言うのでしょうか。

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