27.再会、そして
「どうして、ここに……」
「それは私も聞きたいのですが……」
フードを被っていて正面から見ても口元しか見えないけれど、あの気配と声は間違いない。間違える、はずがない。私がここにいるのは、この人に会うためなのだから。
けれど、まさかこんなところで会うとは思ってもいなかったし、それはシェイド殿下も同じなのだろう。二人ともどうして、という言葉を呟くばかりで足は縫い留められたように動かない。
「うん、あいつはちゃんとに仕事をしてくれていたな」
一人、納得の表情を浮かべているのはフェルヴェお兄様だけだ。あいつ、仕事、という単語が混乱していた私の頭の中で少しずつ、まるで絡まった糸が解けるように考えをクリアにさせていく。
「フェルヴェお兄様?」
「互いに聞きたいことはあるだろう? そうだな、ひとまず俺たちの泊まる宿に来るといい」
ここで出会ったのは、おそらくフェルヴェお兄様が仕向けた。私はきっと何か理由があると思ったけれど、シェイド殿下はほんの少し、表情を歪めているのだろう。口元を引き結んでいるのが見えた。
端に寄ったとはいえ、ここは大通り。人は多いし、何かを話すには周りのざわめきが気になる場所だ。だから、フェルヴェお兄様の提案は最もだと思うのだけれど。
「ですがフェルヴェお兄様、この方は」
「大丈夫だ、ドルチェ。まさか一人で出歩いていると思っていたのか?」
すっとフェルヴェお兄様の指が示した先には、辺りの住人に溶け込むような服装をしながらも、油断なく様子を窺っている人の姿。それも、一人二人ではない。見えないところにいる人も数えたら、十人単位になるだろう。もちろん、シェイド殿下の護衛だ。
「いつの間に……」
「そういう事だ。お前の主にも、伝えてくれるな?」
シェイド殿下が驚いたような声を上げたけれど、それはたぶんあまりに近くにいたから。護衛がついていること自体には、驚いている様子は見られなかった。
今更ながら、視察に来た時にも護衛が付くという話には驚いていなかったな、と思う。私が護衛だということに疑問を持っただけで。それが、当たり前の環境にあるシェイド殿下との違いを、改めて突きつけられたような気もしたけれど、それで諦めるような性格では、ないのだ。
「よし、では日が落ち切ってからにしよう。
……いやあ、こんなところで会えるとは思わなかった! 元気でな!」
フードが落ちない程度に、けれど親しい人と会えたうれしさを存分に示すように、フェルヴェお兄様はバシバシとシェイド殿下の肩を叩いた。道行く人が立ち止まって話す私達の事を見ていたのだと、フェルヴェお兄様も気付いていたのだろう。
なんだ、知り合いと会えたから話し込んでいたのか。そんな声が聞こえてきたような気もして、肯定するように笑みを見せる。私達のことはもちろん、シェイド殿下の事も知らない人が多いだろうけれど、どこでどう話が繋がってしまうかは分からない。
私達のミスでシェイド殿下の身を危険に晒してしまったら、この首を差し出しても足りないだろうから。
「お兄様、後でお聞かせ願えますね?」
シェイド殿下が人の波に紛れていくのを見送ってから、私とフェルヴェお兄様は反対方向へ歩き出す。といっても、私は王都の地理には明るくないので、フェルヴェお兄様についていくだけになるけれど。
コツコツと小さく音を立てる、プレシフ領とは違う足音の感触を楽しみながらショーウインドウを覗き込む。どのお店の商品も見ているだけで楽しくて、つい足を止めたくなってしまうけれど、約束までの時間は残りわずかになってしまった。
「そのつもりだ。ドルチェ、王都をゆっくりとみられる時間を作れなくてすまない。髪飾りだけでも良いのを持って帰ろう」
「ありがとうございます。お母様やロラントお兄様にもお見せしたいです」
「もちろんだ。良いと思ったものに遠慮はするなよ」
事前に打ち合わせていただろうけれど、時間を取るのはもしかしたら今日ではなかったのかもしれない。落胆している様子を隠さないフェルヴェお兄様は、何度もすまないと謝ってくれた。
けれど、元はと言えば私が言い出したことなのだ。王都に向かうだけでなく、シェイド殿下と会える手はずを組んでくれたフェルヴェお兄様に、私の方こそ手間を取らせてしまって申し訳ないと謝らなくてはいけないのに。
これ以上の謝罪はいらないと言葉にしても、きっと優しいフェルヴェお兄様は気にしてしまうから。その代わりに髪飾りを選ぶ時間を楽しもうと見せた笑顔は、きっとフェルヴェお兄様に伝わっただろう。
「……来たか」
宿に戻ってからあまり時間を置かずに、来客を告げられた。やって来たのは、三人。皆シェイド殿下と同じようにフードを被っていて顔を見ることは出来ない。けれど、部屋に入るなりシェイド殿下はさっとフードをめくった。久しぶりに見る紅い瞳は、戸惑っているように揺れている。
「フェルヴェお兄様、この人は」
残りの二人はフードを取らずにいるけれど、ドアの近くに立っている一人の方は、どうにも違和感を拭えない。知らないはずなのに、知っているような感覚のままに、フェルヴェお兄様へ声をかけた。
「ああ、やはり気付いたか。お前はフードを被っていなくてもいいだろう?」
「そんな言い方ないじゃないですか、フェルヴェ様。俺だって一応、立場ってものがあるんですから」
ケラケラ笑う軽い調子の声、そうしてフードの下から出てきたのは良く見知った顔だった。
「お前は……!」
「どーも、シェイド殿下もお嬢もお久しぶりです。俺の顔、覚えてました?」
「忘れてないから、困惑しているところよ。どうしてあなたがここにいるのかしら」
忘れるわけないだろう。私に毎日のように手合わせを望み、領を出る前の日には悩みの相談のような弱音を吐き出した人なのだから。シェイド殿下が国境を視察した時にも、声をかけていた。
いたずらが成功したような顔でにんまりと笑うその姿は、領の兵たちに紛れて笑っている時と同じ。違うのは、纏っている服と立っている場所だ。兵たちの中心ではなく、ドアの前にいるのはどこからどう見ても護衛だろう。
「どうしてって言われましても、俺は元々こっち住みですよ。ヴィーゴ様はじめ、プレシフ家の皆さんには大変お世話になっていますけどね」
いつもありがとうございます、なんて気楽な声をフェルヴェお兄様にかけている姿は、王家の護衛とは思えないほどにいつもの通り。
けれど、こうして人の少ない中で選ばれて供をしているのだから、きっと腕は立つ方なのだろう。もしかしたら私との手合わせ、手を抜かれていたのだろうか。
じっと彼の顔を見つめてみたけれど、わざとらしくあらぬ方向に視線を巡らせていて、私と目を合わせようとしない。たぶん、それが答えだ。
「ロラントも言っていただろう、個人でニアマトと交流を持つ者もいると」
「俺は単なる仲介役。国境付近にいる方がなにかとやりやすいので、フェルヴェ様の隊に入りたいって建前を使わせてもらったんですよ。もちろん、各所に許可を取りましたよ!」
「聞きたいことは、山ほどあるけれど。今はそちらを聞く時間ではないのですよね?」
「そうだね。手短に、話そうか」
そこで初めて、ずっとフードを被ったままの人が動いた。部屋の中心にあるソファーに悠然と座っているし、シェイド殿下がちょっとぎこちない雰囲気だったからおそらく、王家のどなたかだとは思っていたけれど。
すっと外したフードの下から覗くのは、さらさらと手入れの行き届いた金髪。そうして、すうっと細められた瞳は、紅い。
「僕はグラディオン。この国の、第一王子だよ。初めまして、プレシフの姫」
こてりと首を傾げながら足を組み替える仕草だけだったのに、ピリッとしたものが体を巡ったのが分かった。ここで、この雰囲気にのまれてはいけない。フェルヴェお兄様もいる前で、プレシフ家として情けない姿を見せられない。ただその気持ちだけで、お母様に仕込まれた令嬢としての全てをこめて礼を取ってみせる。
「ドルチェ・プレシフと申します。第一王子殿下におかれましては……」
「あ、そういうのいいよ。この場は非公式だし、手短にって言ったよね?」
まさに今、膝を折ろうとしたタイミングでそんな声がかかるのだから、どうするのが正解なのか分からなくなってしまった。今日初めて会ったのだから、挨拶を抜きに話せるほど私は親しい間柄ではない。手短にといっても私が話せることなどないし、この場を組んだのはフェルヴェお兄様だ。
中途半端な体勢のまま、身動きが取れなくなってしまった私を助けてくれたのは、そっと肩を優しく抱いてくれたフェルヴェお兄様だった。
「グラディオン、ドルチェを困らせるなら追い出すぞ」
「やだなあ、フェルってば。そんなに怖い顔しなくても……うん、分かったよ。
申し訳ないね、ドルチェ嬢。シェイドも座りなさい。突っ立っていなくても、ドルチェ嬢にはこれ以上何もしないから」
「兄上、そんな俺はっ……! 失礼する!」
何もしない、とわざわざ口にしたのだから、今までの事は私を試すような意味合いでもあったのだろうか。安心したようにほっと息を吐くと、フェルヴェお兄様の隣へと促されたのでそっと腰を下ろす。
その向かいにあるソファーに腰かけているグラディオン殿下は、なにやら顔を赤く染めているシェイド殿下にも席を勧めていた。どすん、とわざとらしく音を立てたシェイド殿下は、そっぽを向いたままだったけれど、私はそんな姿が見れたことで少しだけ嬉しくなった。
お兄様には、ちゃんとに存在を認めてもらっているということを、目の前で見れたから。
「さて、今この国で人々の関心が高いのはニアマト王国への侵攻ではない。国王陛下の、病だ」
毎日のように行われていた兵たちを称える行進はある日突然、終わりを告げたのだそう。その代わりのように、国王陛下が病で療養しなくてはならないという噂が流れた。
始めは冗談だと、そんな噂誰が聞いたんだと本気にしていなかった王都の民たちだったが、あれだけ募っていた金属の寄付も今は受け付けていないとなり、とうとう本当のことかもしれないと思い始めているらしい。
シェイド殿下があの場にいたのは、王都の民たちが噂をどこまで信じているのかを直接確かめるため、だったそうだ。特に場所も決めず、誰に言われるわけでもなく自分の判断で王城を降りたと思っていたようだったけれど、シェイド殿下の行動は兄であるグラディオン殿下には筒抜けだったようだ。
グラディオン殿下はおそらく、フェルヴェお兄様とも何らかの連絡を取っていたのだろうけれど。
「そうだ。三つ手前の町にはもう届いている。いったいどういう事だ。お前ならばこのような噂、簡単につぶせるだろう」
「ならば、フェル。僕の事をそう評価する君なら、どうしてこんな噂が流れているかの見当もついているんじゃないか?」
第一王子、何もなければ次期王太子。王家の権力が強いこの国で、そんな立場にあるグラディオン殿下が無力であるはずがない。
にやりと笑ったグラディオン殿下は、フェルヴェお兄様が考えていることをおそらく見抜いている。この短い時間で、会話を聞いていた私だって思い至ることなのだから、グラディオン殿下の人となりを知っているフェルヴェお兄様が考えつかないはずがないのだ。
「……お前が、意図的に噂を放置している。もしくは」
「そうだよ。この噂を流したのは、僕たちだ」




