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19.片付けの後に

 座り込んだままではあるけれど、ばたばたと動き回っている兵たちの様子から目を離すことはないシェイド殿下の事は、誰もが気にしているのだと分かった。

 珍しく私がいるからかもしれないけれど、明らかに兵たちの目線はシェイド殿下に向いている。それと同時に、ロラントお兄様にも。もっとも、指示を仰ぐためだと分かっているから、ロラントお兄様に向けられる視線を気にすることはないけれど。

 私は、シェイド殿下を守ることが最優先。今はニアマトの兵たちが引いてくれたから、事後処理の真っ最中だけど、シェイド殿下を狙っている人がいるのなら、どんなタイミングだろうと気を抜くことは許されない。


「ロラント様」


 負傷者の確認や使った武器の回収に防具の損傷具合のチェック、いくら打ち合わせた小競り合いとはいっても、やらなければならないことはたくさんある。

 そのひとつひとつに指示を出していたロラントお兄様が一息ついたタイミングでやって来た兵士は、長くこの地で前線に立ってくれている人だった。ロラントお兄様が私達のところへ近づいてきたときにあえてやって来たのは、これからの話をシェイド殿下に聞かせるためだったのかもしれない。


「状況を報告せよ」

「はっ! ニアマトの兵たちは向こうの砦へと撤退しました。おそらく、追撃はありません」

「様子見、といったところか。しばらくは動きを見張るように。怪しい動きが見えたら即座に迎撃態勢を取れるよう、兵たちにも伝達を」


 短く返事をした兵は、さっと走って行った。動けないほどの怪我を負った兵はいないはずだから、ここからそれぞれに役割を分担するのだろう。

 実は、いつもニアマト王国と行っている演習では、時々奇襲を含めた追撃をしている。それは指揮官となる人には知らされているけれど、兵たちには伝えずにいることだ。そうしてお互いに戦いの感覚というものを養うらしい。今回は、シェイド殿下が視察に来たから一応、という感じの襲撃だったので追撃はないだろうというのは、ロラントお兄様と私で意見が一致している。

 ニアマトの兵たちの気配も、この近くにはないから。


「使者殿はご無事ですね、ドルチェ」

「もちろんですわ、ロラントお兄様。こちらの兵たちも、お守りくださいましたもの」

「結構な矢に降られましたけどね。お嬢様と投げナイフを練習していてよかった」


 シェイド殿下を守るために立てたバリケード、その表面には所々穴が開いている。刺さっていた矢は、きっとすでに回収したのだろう。ニアマト王国は金属資源を持つ国との交流があるので物資は十分なはずなのに、うちの領が陳情しても物資の補給を得られないことを知っているからか、こうして消耗品を置いていってくれることがある。

 いつもよりも矢での攻撃が多かったのは、そういう意味合いもあるはずだ。もしくは、視察に来ているという事が伝わって、私達の待遇が少しでも良くなるように、あえて見せ場を作ってくれたか。どちらにしても、次の演習の時に感謝を伝えなくては。


「矢が、こんなにも……」


 ただ、そんな事情を知らないシェイド殿下は、驚かせてしまったようだ。まとめて横に置いてある矢の山を見て、呆然としている。片付けていた兵も苦笑いをしていたから、確かに多いとは思うけれど。


「我らの動きを見て、ここには誰かいると思ったのでしょう。それで易々と怪我をさせるようなことなど、許しませんが」

「ロラント様の言う通り! 誰がそんな簡単に突破させるか、そうだろみんな!」

「そうだそうだ!」

「毎日、どれだけ訓練していると思っているんだ。この程度で遅れを取るわけにはいかないからなあ!」


 矢を片付けていた兵のひとりが声を張ると、同意するように歓声が上がる。ロラントお兄様は笑っているけれど、これで本当にシェイド殿下が擦り傷一つでも負うような事態になっていたら、私を含めてここにいた兵たち全員、強制的に訓練が組み込まれただろう。


「そのように、立派な意思をもってこの地を守る貴殿らを、とても誇らしく思う」

「なんだ、王子さまっていうのはもっと偉そうなもんじゃないのか」

「あ、こら!」


 周りで様子を窺っていた兵の一人が口にしたのを止めたのは、ロラントお兄様に報告をしている兵。悪びれている様子でもないから、ごく当たり前に思っていた感情が口に出たのだろう。

 辺りがざわざわしているからあまり響いてはいなさそうだけれど、この近くにいる数人には確かに声が届いているようだ。先ほどまでとは違ったざわめきが、広がった。


「……どうして、私が王子だと」


 立ち上がったシェイド殿下は、あまり知られていないと思っていたのだろうか。潜めた声だったけれど、困惑していることはすぐに読み取れた。

 報告をしていた兵は困った様子だったけれど、ロラントお兄様が合図すると口をふさいでいた兵から離れた。どうせ知られているならば、シェイド殿下の疑問には答えた方がいいと判断したのだろう。私達は王家に弓引く者ではない、この国の盾なのだと改めて知ってもらわねば。


「むしろ、どうしてそんな色の瞳を持っていて王子じゃないと言い張れるんだか。ああ、口の悪さは勘弁してくださいよ、王子サマ。俺たちは、剣を振るう腕はあっても学はねえんだ」

「いや、構わない。本音を聞けて良かった」

「それじゃ、俺達巡回行くんで。気をつけて帰ってくださいよ、使()()殿()


 ひらひらと、まるで同僚に挨拶するような気軽さで手を振った兵は、そのまま巡回に向かうグループに紛れて見えなくなった。周りにいた兵たちも一緒に連れて行ってくれたから、この場に残ったのはシェイド殿下とロラントお兄様、そして私だけになった。

 呆然としているシェイド殿下に、そっと寄り添ったロラントお兄様が声をかけた。


「彼らは、この場にいたのは王子ではなく、王都から視察に来た使者だと言っているのですよ。不思議ですか」

「あ、ああ。学はないと言い切ったが、王家の色を知り、私の立場を知っている。そしてそれを、見なかったことにするという選択が出来るのに」


 この地に来た視察は、あくまで王都からやって来た誰か。誰がやって来たかに興味がないとも取られるだろう。けれど、兵たちは使者が王族だと知っていても態度を改めることはなかった。それは、つまり彼らは誰であろうと態度を変えないと示しているのと同じだ。

 王族にプレシフ領の現状を訴えれば、もしかしたら待遇が変わるかもしれないのにそれをしない兵たち。もしかしたら、シェイド殿下から見たら彼らの行動は不思議なのかもしれない。


「この地には、たくさんの方々が集まっています。王都からやって来た者とて、少なくない」

「それは……」

「父を慕っていた者、失意のままに流れ着いた者、様々ですがね。皆、この地では剣を取ると理解していながらやって来た。どんな理由があったとしても、剣を取ってこの地を守ろうとするのなら、等しく私達の民」


 ぎりっとこぶしを握り込んだシェイド殿下は、口を開かない。私もお酒に酔った兵の宴の席での戯言だとしか聞いていないけれど、王都では庶民と貴族との区別がはっきりしているそうだ。プレシフ領はそこまで厳しくないが、私達辺境伯一家と、この地に暮らす民たちや兵たちの間には、確かに身分の差を示している。だから悪いことではないとは思うけれど、やり過ぎてもいけないのだとお父様が常々口にしている。


「この地での身分差は、他の地に移ったときのため。コーランド王国に住んでいて知らないとは言えないでしょう?」

「……ああ、その通りだ」

「ドルチェには、少し厳しく仕込んだつもりですよ。我が家唯一の令嬢ですので」

「それは、どのような意味でと聞いてもいいのだろうか」


 ちらり、とシェイド殿下の瞳が私に向けられる。けれど、私がその紅を捉える前にふいと逸らされてしまった。

 ロラントお兄様が厳しく、と仰っているけれど、私としてはあまり厳しいと思ったことはない。立場ある家に生まれたのだから教育を受けるのは当然で、けれどそれを驕ってはいけないのだと言っていたのはお母様。

 ニアマト王国との国境争いをしているこの地に、わざわざ移り住んでくれる民たち。そのなかでも、教師を務められる人には優先して民や兵たちにいろいろと教えてもらっている。なので、私の教師であり見本となるのは、お母様。


「私が、他の地に嫁ぐからですわ。戦しか知らぬ女が、どうして当主を支えることが出来るでしょうか」


 良く出来ましたと褒めてくれるけれど、少し寂しそうに笑っているロラントお兄様。きっと、フェルヴェお兄様だって同じ気持ちでいてくれるだろう。次期当主であるフェルヴェお兄様と、その補佐を務めるロラントお兄様。二人が納得したお相手に、私は嫁ぐことになるはずだ。

 逸らされていた紅い瞳が、もう一度私に向けられる。今度は、しっかりと私を捉えたその瞳が、きゅっと閉じられる。深く息を吐いて、再び紅い瞳が輝いた時には、先ほどまであった戸惑いや、不安といった感情が見えなくなっていた。


「私は、王都に帰る。けれど、その前に一つお願いを聞いてもらえないだろうか」


 もうそろそろかな、とももう少しかなとも思っていた視察の終わり。それは、考えていたよりもあっけなく決定した。

 わずかな時間ではあったけれど共に過ごしていたからだろうか、その言葉を聞いて私の胸にはチクリと鈍い痛みが走る。これはきっと、お父様やお兄様たちから初めて与えてもらった護衛という任を無事にこなせただろうかという不安から来ているのだろう。

 お願いと聞いて、ロラントお兄様は少しだけ険しい目をした。けれど、次の瞬間にお父様譲りのグリーンの瞳は驚いたように丸くなった。


「ドルチェ嬢。もう一度、私と剣を交えてはもらえないか」

終わりは、思っていたよりもあっけなくやってくる。

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