14.禁じられたもの
「音楽を、禁止……」
「兵たちが使う武器や防具のために、金属が足りなくなったと陛下が嘆いていたのを見た重鎮からの提言だったそうだ」
王都へ社交に出ていたお母様からは、何も聞いていない。シェイド殿下が当たり前のように何の気もなく口にしたんだから、お母様が行っていた時期にそのお触れが出ていなかったとは思えない。お母様は、私が歌っているのを知っているから、音楽が禁止になっていたと知っても黙っていてくれたのかもしれない。
「初めは貴族たちからの寄付で賄おうとしていた。けれど、隣国との国境争いが厳しくなっていると王都に噂が流れ始めたんだ」
「それが、どうして音楽を禁止などとなったのでしょうか」
「音楽では、楽器を使う。楽器は金属だ。だから、音楽を禁止したら楽器を差し出してくるだろうと陛下が考えた」
割と単純、だけど効果は高い。私は歌うだけだけれど、音楽を奏でるには楽器が必要だ。それも、ひとつだけではなくてたくさん必要になる。けれど、禁止されてしまった理由が兵士たちのためだったなら、王都では喜んで献上する人がいるだろう。隣国と国境争いをしてまで自国の領地を広げようとしている国王陛下に認めてもらうために。
領地には音楽に興味を持った民のために、少しだけ楽器が置いてある。誰でも自由に使えるように教会に置いてあるから、時々楽しそうな音が響いてくる。
言われてみたら王都からの使者が来ると領地に伝達をした日から、あの教会から音が聞こえてきた覚えはない。
「王都だけではない、これから国中へと広がるだろう。最も、この地は金属を自分たちで加工する技術を持っているようだが」
「ええ。そうでなければ武器を調達することが、出来ませんので」
言えない。言えるはずがない。鉄を融通してもらっているのは国境争いをしているはずの、ニアマト王国だなんて。
あちらこちらで談笑しているように見えるけれど、兵士たちはシェイド殿下の言葉を聞き逃さないように注意を払っている。けれど、会話に入ってくる素振りは見せていない。自警団の訓練に来ている村人たちは、シェイド殿下が来るからと別の場所での実習となっているはずだから、この場にいるのは領の兵士たちだけだ。
「ドルチェ嬢、少し顔色が悪いようだが」
「いえ、王都の民たちは、音楽を禁止されて……受け入れたのでしょうか」
王都では、社交が活発なはず。だから、音楽だって大切な一部だったはずなのに。それが禁止されてしまったら仕事にしていた人も、職を失ってしまう。お母様は王都でそのような騒ぎがあったとは言っていなかった。音楽が禁止されているとは、私には言えなかったのかもしれないけれど、ニアマト王国に逃げたりする可能性があるのならば、話を出さないはずはない。
となると、王都ではそのような流れにはなっていないはずなのだ。
「多少の反発はあったようだが、隣国との戦いに役立てるならと、今では差し出してくれるようになったよ」
「差し出す、のですね」
貴族ならば、国王陛下の覚えを頂きたいからと楽器を含めて、家にある金属を献上するのだろう。武器や防具、そういった物になって兵士の力になるのだと言われたら、民たちだってある物をかき集めるのかもしれない。
王都では、国境争いをしている兵士たちを褒め称えて、パレードをしているらしいから。最も、そんな兵士たちは我が領地に来たことなど一度もないのだけれど。
ニアマト王国の方から、王都にほど近いところにある抜け道を使って、攻撃を仕掛けてくることがあるとは聞いているから、おそらく武器や防具はそちらで消費されている。突っ込んでくる割にすぐ撤退するから、防具の消耗は激しいだろうと言っていたし。
「シェイド殿下は、音楽を禁止されたことをどう思われているのですか」
「私は王子だ。陛下の意向には従わなければならない。
音楽は、人の心を惑わせる。楽器があろうとなかろうと、関係なく」
それから、どうやってシェイド殿下と視察を終わらせたのかはいまいち覚えていない。
気が付いたら馬房に馬を戻して、シェイド殿下を客室に案内していた。視察の報告書を書きたいからと、夕食は別に取りたいというシェイド殿下の要望を叶えたように見えるけれど、実際は私があまりにも気落ちして戻ってきた家族が心配して別にしてくれたというだけだ。
ロラントお兄様が、夕食を部屋に持っていくこともできると、何かを書きながらでも取れる食事をお持ちしましょうとさりげなく誘導してくれたおかげ。
「シェイド殿下はそんなことを言っていたのか」
「申し訳ありません、フェルヴェお兄様。護衛を任せていただいたのに」
夕食もほとんど喉を通らず、家族に深々と頭を下げるだけしかできない。すっと視界を遮ったから、家族が私を見る目が見えなくなった。少しだけ、みんなの目が見えなくなったことで気持ちが軽くなったような気がした。任されたことが出来ないというのは、これほどまでにいろんなものに押しつぶされてしまうような気持ちになるのだろうか。
「我が家の中なら構わない。お前が気落ちするのは無理のないことだ」
「……母上は、ご存じだったのでしょうか」
無理もないというフェルヴェお兄様と、頷いているロラントお兄様。お父様も特別驚いたような顔はしていない。その反応を見たら、私の仮定はおそらく合っているのだろうという方に傾いた。
「ごめんなさい、ドルチェ。ただ、私が王都に行っていた時期では強制ではなく、貴族の寄付で賄っているだけだったのよ」
「音楽が、禁止になったというのは」
「シェイド殿下から聞いたとはいえ、我が領地までその話は来ていない。そして、当主である俺はこの地で音楽を禁止するつもりもない」
お母様が滞在している時期のあと、戻ってくるタイミングで話が進んだのだとしたら、かなり早いスピードで動いた事柄だ。貴族からの寄付だけで賄っていたはずの金属集め、なのに今では音楽を禁止してまで集めて武器に変えているのだというのならば、いったいどこに武器や防具は使われているのか。
お父様に聞いても、何度手紙を送っても、領地には物資の補給などほとんど来ていないのに。前の貴族が国王陛下に進言したというだけでは、あまりにも話が進むのが早すぎる。
「ですが、シェイド殿下はまだ我が家に滞在する予定です。すでに一度歌ってしまっておりますが、これからは控えた方が良いのですよね。
私のせいで、領地を危険にさらすわけには参りませんもの」
音楽に対して、心を惑わせると言っていたシェイド殿下は苦しそうな表情をしていた。それは、王子として国王に従っているからという表情ではなく、何か違うものを思い浮かべているような顔にも見えた。
民たちが楽しそうに教会で楽器を使っていた時の様子を思い出す。楽譜はずいぶんとくたびれたものしかないのに、みんな楽しそうに音を奏でて、体を揺らしていた。王都から使者が来るからと控えてもらっているのに、私だけが好きに歌っているのを聞いたら嫌な気持ちになる人だって出てくるだろう。
なにより、それでシェイド殿下が王都に報告を上げれば、どう取られるかが分からない。国境を任せられているのだし、いきなり叛意ありとは判断されないとは思うけれど。
「ドルチェ、私はあなたの歌が好きよ。それは、皆も同じはず」
「お母様……」
王都から帰ってきたその日に、歌を聞きたいとリクエストしてくれたお母様。穏やかな顔をしていたお母様だから、きっと嘘などではない。皆、と振られたのはお父様とお兄様たちだけど、三人とも笑顔で頷いてくれた。
「ドルチェ、兵士たちも楽しみにしている者は多いんだ。だから、今すぐやめろというのは、彼らからも楽しみを奪ってしまう。兄のわがままを聞いてはくれないだろうか」
「兵たちの士気も上がるからな。天使の贈り物だと言っているほどに」
「ロラントお兄様、フェルヴェお兄様……」
娯楽らしい娯楽もない領地だし、一応は隣国との国境争い中となっているのだから、基本的に夜は静かだ。夜も訓練をしていたりもするけれど、夜警の当番もあるから昼間の訓練よりも人数は少ない。
屋敷と兵舎は近い。夜は窓を開けて空気を入れているから余計に外に響いていたのだろう。自分が思いのままに歌っていたからあまり気にしていなかったけれど、どうやら兵舎にも届いていたらしい。
天使などと言われていたなんて、初めて聞いたけれど。
「正式な通達があるまでは、領地の音楽を止めるつもりはない。それは、レジェーナと相談して決めたことだ」
「お父様、それは」
「この地の裁量は俺にある。シェイド殿下であろうと、文句は言わせんさ」
分かりやすく落ち込んでいる私を慰めるためだとは分かっている。けれども、その優しさが今の私にはとても嬉しくて。
ダメだと、止めないといけないと思っているのに、家族が喜んでくれるのだったらという気持ちを免罪符のようにして。
これで終わりにしよう、そう思いながら私は胸の中にたまったもやもやを吐き出すようにして音を口に乗せた。




