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13.視察と思惑

 ロラントお兄様と別れて、私が向かったのは馬房。第四王子殿下を伴っての視察といっても、馬車を出せば狙ってくださいと宣伝しているようなものだ。一人で馬に乗ることは問題ないというのは、ここにやって来た時のシェイド殿下を見ればわかる。

 馬房に顔を出せば、調教師がにこやかに挨拶をしてくれた。これからの予定を話している時に、シェイド殿下が追いついてくる。


「ドルチェ嬢、先ほどの……」

「シェイド殿下ったら。私の事はドルチェでよいと申しましたのに」

「ああ、いや……そうなのだけど。いくら本人から許可が下りたとはいえ年頃の令嬢をそのように呼びつけるのはどうなのかと、思って」


 くるりと振り返って笑顔で告げたことに、シェイド殿下は苦笑いを浮かべている。さっきは勢いで名前を呼んでみたけれど、ふと我に返ったらさすがに婚約者でもない、見知ったばかりの令嬢の事をそう呼ぶのははばかられたのだろう。

 慌てて弁解のようなものを早口で告げられたけれど、最後の方がごにょごにょと口の中で言葉にならずに終わっている。

 王族だという情報がなければ、とても微笑ましい姿だとは思う。王族だと知っているからこそ、素直すぎるのではないかと不安にもなるけれど。


「ふふっ、ではお好きなようにお呼びくださいませ。ああ、でもお前などの個人を特定できない呼び方ではお答えできかねますわ」

「そのように失礼な呼び方をするつもりはないが」


 感情を抑えず隠さず、むすっとした表情を見せるシェイド殿下。多少そうなるかと思って仕向けたのは私だけれど、こうも予想通りの反応をされるとこちらの方が申し訳なくなるのですが。

 お父様たちと話している時とは違う印象になるのは、私相手だったら少しだけ気を抜いても問題ないと思われているからなのだろうか。こちらも、出来ればなんの身構えもない反応を引き出したいので好都合だけれど。


「もちろん、シェイド殿下がそのようなお方でないとは存じております。お気を悪くさせてしまいまして、申し訳ございません」

「謝られるほどでも、ないが……」


 ああ、本当に。身分もしがらみもないのであれば、好ましいとは思うのに。思わず緩みそうな口元はわずかな笑みを浮かべるにとどめて、馬房から馬を借りる。

 私は良く乗っている栗毛の子、殿下はここに来るまで乗ってきた子を。一日頑張ってもらうために水を飲ませてから、さっと跨ってシェイド殿下を案内できるように前に出る。


「さ、それでは参りましょう。国境の、争いばかりしている領地というわけではございませんので」


 この地は確かに国の境にあって、王都には程遠い。隣国と国境を争っているという場所柄、どうしても栄えるのはその関係にある仕事ばかりだし、領民のほとんどが従事している。

 けれど、それだけではないのだ。王都から来たなら、きっと知らないだろうことを知ってもらいたい。


「先ほど言っていた木はこれか?」


 馬を走らせれば二時間ほどで回り終える領地、けれどお母様が王都に向かうときのように馬を操れたらもっと早く終わる。

 今日はシェイド殿下が一緒なので、さすがにそんなに早く走らせるわけにはいかないけれど。私が乗っているのにいつものように走れないこの子は不満そうな顔もせず、ゆっくりとした速度を保ってくれている。シェイド殿下と別れたらお礼として好きなだけ走らせてあげよう。


「そうです。どの木も甘い実が生るのですが、そちらの日当たりが良い木はより甘いのです」

「日当たりか。考えたこともなかったな」


 右から三つ目、そう言った私の言葉を覚えていてくれたようだ。シェイド殿下に向けたように聞こえていただろうけれど、実際はロラントお兄様に告げた言葉。

 王都からなのか、街に残ったというお付からなのかは分からないけれど、お父様たちの危惧は早くも現実になったという事でしょう。


「王都の木々は整っていると聞いております。きっと庭師の方が計算して植えているのでしょう。

 せっかくですから、どちらの実が甘いか試してみますか?」


 間引きはしているから太陽の光が届かない、というほど茂っているわけではないけれども、日差しが心地よく当たる箇所は限られている。

 そのなかでも高い位置で日差しを浴びている実は、いつ食べても甘いのだ。他の領地よりも、我が領は甘いものは手に入りづらい。ニアマト王国との交易ではちみつは少しずつ届いているけれど、領地全体に行き渡るほどでもないし。だからこそ、こうやって自然の物で欲を満たすしかない。

 興味をひかれたようにわずかに動いた視線。それは間違いなく私の話から果実へと移った。


「その食べ方はすすめられんな、ドルチェ」

「フェルヴェお兄様。どうして、こちらに」

「どうして、って巡回だが」


 それならば、と果実に伸ばしかけた手を止めたのは、聞き慣れた声。木々の間から静かに姿を見せたフェルヴェお兄様は、わずかに汗をかいている。

 馬、の気配は近くにないから私達が乗ってきた子と遠くで遊んでいるか、もしくは馬に乗らずにここまで走ってきた、の方が可能性が高そうだ。私達が馬を借りに馬房に行ったとき、いない子はお父様の子だけだったから。


「先ほど、その実を兵たちと獲ったんだがな、今年はハズレだ。酸っぱいだけで甘味はない」


 ほら、と一口かじった果実を渡されたので、私もそれを一口。じゅわりと口の中に広がるのは、瑞々しい甘さ。いつもと変わらず美味しい実なのだけど、これは酸っぱいとは言えないんじゃないだろうか。

 ちらりと視線をフェルヴェお兄様からシェイド殿下に。残念そうな驚いているような表情をしているシェイド殿下だったけれど、味についての感想を求められてはいない。

 となると、シェイド殿下がこの辺りで休憩をとることに対してよろしくないとフェルヴェお兄様が思っているか。


「……そのようですね。シェイド殿下、ご足労いただいたのに申し訳ありません」

「そうか、少し惜しい気もするが、自然のなるものだ。二人が謝るようなことではない」

「視察ならば、兵舎はどうだろうか。今からなら交代の時間で人がたくさんいるだろう。もちろん、シェイド殿下がよろしいのであればですが」


 フェルヴェお兄様の提案を聞いて、考えるようなそぶりをしたのはわずか。シェイド殿下はひとつ頷いて返しただけだったけれど、それを見てフェルヴェお兄様が近くにいた兵たちに指示を出して、あっという間に伝達がされていく。

 そうして、私達が戻った時にはもう兵舎には視察が来るのだと全員に伝わっていた。


「こちらから兵舎ですが、よろしいのですか」

「ああ。構わない。この国の守護を任せている者たちなのだから、顔を見るくらいはいいだろう?」


 何で今更確認されたのだろう、と疑問を持っているのだろう。シェイド殿下はこてりと首を傾げている。その動きに合わせてさらりと揺れた前髪から覗くのは、王家の色。

 本人は前髪を長くすることで隠していると思っているのだろうが、こうしてちょっと動いただけでも見えるのだから、知っている人からしたらなんとも分かりやすいとしか思えないのだけど。


「皆には、視察があることは伝えてあります。ですが、それが第四王子殿下だとは伝えておりません」

「ドルチェ嬢、それはどういう」

「さあ、着きましたわ。たくさんの兵士たちがおりますので、手狭なところはご容赦くださいませ」


 王家に連なる方々が真紅の瞳を持っているのは、コーランド王国で暮らしている以上、必須の知識といってもいい。それが、辺境であろうともだ。

 だから兵士たちには自分の力でシェイド殿下の正体に気付いてほしいし、そうであってもらわなければ困るという思惑もある。ここに集まる兵たちのなかには、辺境伯であるお父様をはじめ、お兄様たちもあまり身分にとらわれない態度で接しているからか、そのあたりの分別がついていない人がいる。

 なので、こういった場を利用させてもらう。シェイド殿下の正体に気付けない兵には、後々お勉強の時間が待っている。


「お嬢様、どうしたんです?」

「その方は?」

「お兄様たちから聞いているでしょう? 視察にいらっしゃった使者様です」


 フェルヴェお兄様が言っていた通り、あれから屋敷に戻って馬を戻したら、丁度よく人で賑わっている時間だった。

 武器の手入れ、馬の世話、食事をもらう。動きは違うけれど、兵舎の近くであれこれ話している兵たち。姿を見せた私達に気付いたのは、食事をしながら話しているグループだった。


「王都から来るって言ってた人ですね。国境を見るためにって」


 ご苦労様です、なんて食器を横に置いて頭を下げた兵士に、シェイド殿下は同じくらいの深さで頭を下げている。

 その様子を見て、きょとんとしたり慌てたりしている兵士は、私が使者様としか紹介していないシェイド殿下が誰なのか、正しく認めているのだろう。

 とはいえ、シェイド殿下も国境を守っているという兵士たちからの話を聞く貴重な機会だと理解しているようで、自分から積極的に話しかけに行っている。


「この地での、支給は十分だろうか」

「まあ、そんなに裕福に使えるほどではないですけどね。やり合うには満足できるだけの支給はありますよ。

 王都では、金属集めてるって話ですけど、ここはそこまでしなくても何とか成り立ってます」

「耳が早いんだな」

「自分の国の情勢知らなくて、隣国にケンカ売れないでしょ」


 食事を中断させてすまなかった、なんてもう一度頭を下げたシェイド殿下は、投げナイフに付き合ってくれた兵と話していた私のところへ戻ってくる。

 金属、確かに少なくてお父様が王都に支給のお願いを送っても送られてくることはない。ニアマト王国は、鉄脈を持つ国と交流があるようで、私達には融通してくれているからあまり困るほどの事にはなっていないけれど。それでも、節約できるに越したことはないとナイフを回収できるように改良したりはしている。

 だから、シェイド殿下に問いかけたのは純粋に疑問に思ったからだったのだけれど、思ってもいない言葉が返ってきて、耳を疑ってしまった。


「王都で金属を集める手段はどのように?」

「ああ、国王陛下が音楽を禁止すると発表したんだ」




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