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12.目覚めの朝

「おはようございます、シェイド殿下」

「! あ、ああ……おはよう」


 翌朝。いつもよりも早めに身支度を済ませて、シェイド殿下に使ってもらっている客間の前で待機する。ドアが開いたと同時に声をかければ、誰かがいるとは思っていなかったようだ。

 肩を揺らした姿には、少しだけ申し訳なさを滲ませている。

 フェルヴェお兄様から最初が肝心だと教えられた通りに、朝一番でお出迎えをしてみたのだけれど、シェイド殿下の反応から察するに単純に驚かせただけのようだ。


「さっそくですが、本日より護衛としてお傍につかせていただきます。ご不快でしょうが、約束ですのでどうぞお許しくださいますよう」

「いや、言い出したのはこちらだ。そして、世話になるのも」

「そう仰っていただけると、助かりますわ」


 私が勝ったら、と言い出したのはお父様からだったと記憶しているのだけれど、シェイド殿下が自分で言い出した、と言うのであればそれに従うまでだ。辺境伯といえども、王族の持つ力とは比べるまでもないのだから。

 領には訓練を重ねている兵士たちがいるし、家の中だって私じゃなくても誰が必ず傍にいる。けれど、遠くから様子を窺っているような人がいないとも限らない。その場合は、さっきのシェイド殿下の反応はこちらにとって有利だ。早朝から押しかけて来た、世話になる家の令嬢をあしらえないように見えているだろうから。

 傷一つでも負わせるようなことがあってはならない。ならば、私の使えるものはどんな些細な手でも使ってみせましょう。


「それで、今日はどちらに参られますか?」


 部屋を出たのだから、どこかへ向かう予定だったはずだ。だから、どこに行くかを聞いたのにシェイド殿下はピタリと足を止めた。


「……君は、私が本当に視察に来たのだと思っているのか?」

「嘘か本当かの判断は、私にはつけることが出来ません。つけられるほど、貴方様の事を存じておりませんの」


 お父様とお母様だったら自分の見聞きしたことで、フェルヴェお兄様ならここまでの態度で、そしてロラントお兄様は集めた情報から判断してシェイド殿下の行動を判断するだろう。

 けれど、私には昨日の言葉を交わした時間と、教えてもらった情報しか判断材料がないのだ。それだけではシェイド殿下のことを知っているとは言えないから。


「王都の本にすら存在を認められていない、自称王子なのだとしても」

「シェイド殿下」


 知っていたのか、そう思ったけれどそれ以上は聞きたくなくて、失礼なことは承知の上で名前を呼んだ。

 ハッとして顔を上げる前には確かに自嘲した感情があったけれど、気まずそうに視線を逸らした今はもう、消え失せている。


「私は未熟ですが、愚かではございません」


 シェイド殿下の事は知らなかったし、王都の事情なんてまるで分からないけれど。これから知ればいいし、分からないならば他ならぬシェイド殿下に聞けばいい。答えてくれるかどうかはシェイド殿下次第だけれど、分からない事をそのままにしておくのは成長の機会を自ら潰すのだと私は教えられた。

 そんなもったいない事を、したくはないから。


「貴方様のその美しい真紅の瞳が、王家の色であることはさすがに理解しております。ゆえに、シェイド殿下は王家の血を引くお方であるということも」


 他の王族の方がどのような瞳の色をしているかも知らないけれど、目立つところだし隠すことも出来ない色を持っているのに、冷遇されているような印象しかないシェイド殿下。

 腕はそれなりに立つけれど、隣国との国境にある領地から出たことのない、社交界のマナーを知らない令嬢。そんな印象を持たれているだろう私だって、真紅は王家しか纏うことを許されない色であるとは知っている。

 領地の中でお姫様のように扱われている令嬢は、突然やって来た王子様に目を奪われて夢中になっている。だから。


「どういった理由で、国王陛下がシェイド殿下の存在を隠しているのかを、私が知る術はありません。ですが、我が領に滞在なされているのは、紛れもなくコーランド王国の第四王子殿下でございますわ」

「……そうか」

「ええ。ですから、まずは朝食にいたしましょう。我が家のコック長が腕を振るっております」


 たっぷりと時間をかけて頷いてくれたシェイド殿下を案内するように、そっと目線を食堂の方に向ける。

 兵士たちへの食事の準備もあるから、まだい早い時間だけれど辺りには食欲を刺激する匂いが漂ってきているのだ。

 食事を楽しみにしているような歓声も外から聞こえてきて、活気が満ちてくる時間。


「分かった。では、いただこう」

「それから、私のことはドルチェとお呼びくださいませ。その方が、相手の油断を誘えますので」


 ちょっと近いかなとは思ったけれど、手が触れそうな距離まで近づいてみた。一瞬、慌てたように目線を泳がせたシェイド殿下だったが、私がそうした理由を告げると納得してくれたみたいだ。


「君も、いや……ドルチェも、立派なプレシフ家の一員なのだな」

「誉め言葉として受け取らせていただきますわ」


 まだ家の外で仕事をしていない私にとって、その言葉はとても嬉しいものだ。私を喜ばせるために狙って言ったわけではなさそうなシェイド殿下には赤くなった顔を気付かれないように、そっと頭を下げてから食堂へ案内するように前へと滑り出た。



「おや、シェイド殿下。視察に向かわれますか?」

「ああ。ロラント……だったか。国王からの命でこの地に来たのだから、責務を果たさなくてはな」


 食事を終わらせて、兵舎を案内しようと向かっているとロラントお兄様がやって来た。フェルヴェお兄様と一緒ではないから、きっと仕事が入ったのだと思う。

 一度挨拶をしただけなのに、名前を間違えなかったシェイド殿下を見て、ロラントお兄様は満足そうに笑っている。フェルヴェお兄様とは雰囲気も体格も違うのに、ネイビーの髪とグリーンの瞳は同じだからだろうか、一度で名前と見た目を一致させられない人はそれなりにいる。

 兵士だと容赦のないしごきが待っているが、さすがに王族にそれは出来ないだろうしどうするのだろうと思っていたけれど、私の心配しすぎだったみたいだ。


「今は隣国との諍いも落ち着いておりますが、どうぞ御身にお気を付けください。

 ……ドルチェ、聞いていたね。シェイド殿下は公務でこの地にいらしているんだ」

「ええ。聞いておりますわロラントお兄様。ですが、領地をお散歩するだけでしょう?

 その土地に詳しい人間が一緒の方が心強いはずですわ!」


 視察が来るから、とあまり派手な演習をしないようにニアマト王国には伝えてあるそうだけれど、かといって全く国境での争いがないのも不自然だからとうまく調整するとはお父様が言っていたけれど。

 わざと声を張って何も知らない令嬢が親切心から言っているのだとアピールしてみたけれど、ロラントお兄様は苦笑いを浮かべるだけ。

 あれ、間違えたのでしょうか。でも、私に注意するようなことを言いながらも、視線は少し後ろに向けられていたから、たぶん合っていると思うのですが。


「シェイド殿下。ドルチェはかくれんぼが得意なのです。ここで引き留めても私の目を盗んで殿下についていかれるでしょう。大変不躾なお願いではございますが、どうかそのまま連れて行ってくださいませんか」

「ロラントお兄様、どういう意味ですの?」

「そのままの意味だよ。シェイド殿下、いかがでしょうか」


 むくれた妹を宥めるような態度のロラントお兄様。あくまで選ぶのはシェイド殿下だけど、私は止めてもついて行ってしまうからお願いできないかと言うのは、たぶん不自然ではない。

 本当にダメだったら、どう言おうと私が傍にいたりついて行くことは許されないはずだから。


「あ、ああ。私は構わない」

「ありがとうございます、殿下! あちらには美味しい実がなる木がございますの! 右から三つ目の木は私のお気に入りなのです」

「ドルチェ、シェイド殿下に迷惑をかけるような真似をするのではないよ」

「もちろんですわ」


 淑女から手を差し出すものではない、けれど私は隣を歩けることが嬉しくてたまらない。その気持ちの表れが、伝わるように。いっそのこと歌いだしてしまったら分かりやすいのだろうけれど、さすがにそこまで浮かれているのはこの国境でどうなのだろうと思ったので、口ずさむだけに留めておく。

 シェイド殿下は、少しだけ視線を鋭くさせたけれど、何かを言うことなくロラントお兄様に頭を下げてから歩き始めた。



「右から三つ目、ね。フェル兄さんに伝言を。

 どうやら、我が領に招かれざる客がいるようだ」



かくれんぼは、見つかる前にその場からいなくなってしまえば見つからないでしょう?

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