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11.明かされた事情

「これであいつらも少しは真面目に鍛錬するだろうな」


 屋敷に戻ってすぐ、どっかりと音を立ててソファーに腰を下ろしたフェルヴェお兄様はやれやれと肩をすくめている。

 お母様は目を細めているけれど、何かを言うつもりはないようだ。ルターがすっと差し出した紅茶を受け取って、その香りを楽しんでいる。

 そんなルターは、私には少し冷えた紅茶を出してくれる。激しい動きをしたわけではないけれど、少しばかり火照った体にはありがたい。


「フェルヴェお兄様、あいつらとおっしゃるのは?」

「ロラントから聞いていないのか? 分かっていてあのように実力を見せつけるような戦い方をしたんじゃなかったのか」

「私が自分の力を見てもらわねばならなかったのは、シェイド殿下かと思っておりましたので」


 本当は、ちょっとだけあの村の方々にも思うところはあるけれど。村の自警のための勉強に来ているはずなのに、見た目だけで判断して、その認識を正せないところとか。

 遠慮はいらないとロラントお兄様が言っていたのだから、きっとここに来る前にあの方たちとはお話をしてくるのだろう。それでも態度が改まらないようだったら、鍛えるという話はそこで終わりだ。


「そうだったな」


 くしゃりと髪をなでてくれるフェルヴェお兄様の手つきは優しい。先ほどまでは感じていなかったけれど、シェイド殿下との模擬試合をすることで、思っていたよりも緊張していたみたいだ。

 フェルヴェお兄様の手が触れるごとに、緊張と不安がすうっと解けていくような気分になる。


「あの方には、いろいろと事情がおありなのよ。ドルチェが護衛に就くのなら、きちんと話しておかなかければね」

「母上、まさか……」

「詳しいことはヴィーゴ様とロラントが戻ってきてから、皆でしましょうね」


 にっこりと鉄壁の笑顔を見せられたお母様に逆らうつもりなどないようで、フェルヴェお兄様はひとつ息を吐いてから了承を返している。

 そっと手を引いたフェルヴェお兄様はソファーに座り直して、ルターを呼んでいる。温もりが離れてしまったことが少しばかり寂しいけれど、顔に出すことなく胸の内で留める。


「お母様」

「あら、なあに?」

「ありがとうございます」

「ふふっ。お礼を言われるようなことをした覚えはないわよ、ドルチェ」


 不思議そうに首を傾げているけれど、お母様はどうして私がお礼を言ったのかは理解しているのだろう。私の中には、そう確信があった。

 これで私も、プレシフ家の一員として役に立つことが出来るのだと、その役目と、今まで知らなかったことを聞かせてくれる事への、感謝を。




「シェイド殿下は客室にご案内しました。足を気にされておりましたので、打ち身に効く薬をお渡ししてあります」


 汗を流してくるかという提案も受けたけれど、そこまで激しく動いていないしこの話が終わった後の方が何も気にせず入浴できる。そう話したらそれは確かにそうだとフェルヴェお兄様が笑っていた。

 それからあまり時間をおかずにお父様もロラントお兄様もやって来たから、汗を流しに行っていなくてよかったとは思ったけれど。


「あの程度だったら、痕も残らないんじゃないか?」

「ええ、フェル兄さんの言う通りです。だけど、王族相手としてはこちらが手を尽くしたことを見せておくことも大事かと」

「さすが、ロラントはよく気を配ってくれるな」


 うんうん、と誇らしそうに頷いているフェルヴェお兄様を見て、ロラントお兄様は返事代わりの溜め息を落とした。

 そうして、体ごとくるりと私の方を向いたロラントお兄様の後ろで、フェルヴェお兄様がショックを受けたような顔をしているのですが。きっと、ロラントお兄様は気付いていらっしゃってわざとそんな態度を取っているのでしょう。そうに違いない、と思いたい。


「さて、ドルチェ。復習の時間だよ。コーランド王国の、王族は何人いたかな?」

「国王陛下と王妃様。王女殿下はいらっしゃらなくて、それから王子殿下は……」


 我が領にいる数少ない教師は、領民の勉強を見ることに集中してもらっているので、私を見てもらうことはほとんどない。代わりに、私が勉強を見てもらっているのはロラントお兄様やお母様。あとは、書庫で本を読んでいる時にたまに様子を見に来てくれるルター。

 誰もが、我が国の王族に関してよりも、隣国であるニアマト王国の王族について詳しく話してくれていたのだけれど。それは、理由があったのだとやっと分かった。


「ごめんね、ドルチェ。渡した本には三人と書いてあったから、悩んでいるのだろう?」

「ロラントお兄様のところにある本を疑っているわけではないのです。けれど、シェイド殿下はご自身を第四王子、と」


 淡々とした物言いだったけれど、確かにご自身の事を第四王子だと告げた。あの時、戸惑っていた私に後から説明すると言ってくれたのは、ロラントお兄様だ。


「あの方はな、母親が違うのだ」

「お父様」


 感情をこめないように、事実だけを冷静に話そうと思っているのが良く分かる声色。お父様は、前王陛下とは親しくしていただいていたけれど、今の国王陛下とは同じような接し方をするつもりはないと言っている。それは、もしかしてこういう事情も知っているゆえなのだろうか。


「シェイド殿下は、国王がいたずらに手を出した侍女が産んだ子。あの色を持っていなければ、存在を消されていただろう子なのだよ」


 ひゅっと息をのんだのは、私だけ。お母様はもちろんだけど、お兄様たちも知っていたということだ。


「王妃様は、シェイド殿下とその母君を守ろうとして、彼を第四王子と認知した。なにせ、国王が手を出したのは、王妃様付きの侍女の一人だったのだから」

「妊娠したことに気付き、退職を申し出た侍女は何も語らなかった。けれど、聡明である王妃様は誰が相手なのか分かってしまった。侍女の頑なな態度にも、納得してしまったのでしょう」


 前王陛下が崩御なされてからは、必要以外王都に出向かなくなっていたはずなのに、お父様とお母様はその当時を見てきたかのように語ってくれる。

 実際、見ていたのかもしれない。国王陛下が隣国を侵攻することに執着し始めただろう時期に、おそらく重なっているから。そうなれば偵察部隊だけよりも直接見聞きしたり、空気を感じ取った方が対策のしようがあったはずだから。


「これで、王家の色を持っていなかったのだったら、まだ誤魔化せたのだろう。けれど、シェイド殿下は綺麗な真紅の瞳を持っていた。それは、城を出た侍女が市井で育てるには、あまりにも重いものだった」

「そうして、彼女は王妃様を頼ったの。自分はどうなってもいいけれど、この子に罪はないのだと首を差し出す覚悟でね」

「そんな、ご事情があったのですね」


 出回っている本に、その存在を記されない第四王子。ロラントお兄様のところにある本は、王都で情報を集めている部隊から定期的に届けられるもの。

 つまり、王都でシェイド殿下の存在は、ほとんど知られていないと思っていいのだろう。そうであるならば、自身を第四王子だと告げた時のただ事実を述べただけのような口調にも納得がいく。


「今回我が領に来ることになったのも、あの国王が言い出したのだろう。それでシェイド殿下が傷を負うようなことがあれば、ニアマト王国に難癖つけられるからな」


 ここに来るにあたって、正式な書簡を携えていたシェイド殿下が切り傷一つでも残して王都に戻ろうものならば、それを理由としてニアマト王国に抗議するのだろう。

 前の街に残ったという、供の方々だってどこまで信じていいのか分からない。

 そんな事情があったのならば、むしろ一人で来てくれたシェイド殿下の判断は正しかったのではないだろうか。本人が、どんな気持ちであろうとも。


「ですから、ドルチェの責任は重大だよ。……本当に、やりきれるかい?」

「ご心配ありがとうございます、ロラントお兄様。ですが、私だってプレシフ家の一員として、やれることがございます。

 ……王子様に夢中の令嬢でしたら、相手だって油断するでしょう?」


 ドレスを着ていても戦えるところは見せた。膝をついて肩で息をしていて悔しさを隠さない中でも、私の事を認めてくれる潔さを持ち合わせているシェイド殿下だ。

 これから護衛となって隣にいることの説明をしたら、きっと必要なことなのだと割り切ってくれるだろう。


「いらぬ心配だったようだな、ロラント。いいかドルチェ。その心意気は立派だが決して自分一人で抱え込もうとするなよ」

「もちろんです。手に余るようでしたら、頼らせていただきます。フェルヴェお兄様」


 頼れ、とはロラントお兄様からも言葉を頂いた。私ではどうにもならない相手だっているのだから、当然だ。

 けれど、そのような事情を聞いた以上は、私の出来る限りの力で寄り添うことが出来れば、とも思う。

 せめてこの地にいる間だけでも、心安らかに過ごせればよいとも。


「~~♪~♪~~~♪……」


 夕食も入浴も済ませたのに、お父様とお母様が語るシェイド殿下の事情がずっと頭の中をぐるぐると巡っている。

 整理のつかない感情を少しだけ吐き出すような歌は、星の光を遮る厚い雲に吸い込まれていった。




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