7-2.涙
ザミルザーニ帝国からアストラ王国へ越境後、丸一日かけボレアース市へ。
そこから、レヒトシュタート帝国行きの列車に乗車。
逃亡から三日──。
ついに、シキは地獄からの生還を果たした。
ところ変わり、レヒトシュタートのスマラクト市。アストラとの国境沿いの街だ。
往来の少ない市道を、一台の車が走り抜けた。
行き先は、差掛け屋根のログハウス。エクレレの別荘だ。
森の中に構える姿は、秘密基地を思わせる。
駐車場に停車するなり、運転席のドアがすぐに開く。
降車したセアリアスは、緊張した面持ちだ。後部座席には、シキとヴォルクが乗っていた。
「シキ!」と、仲間たちが車へ走る。
「……ただいま」
半目で、シキは荒れた唇を動かした。
足取りがおぼつかないシキを、仲間たちは室内へ運ぶ。
「傷が化膿してる。包帯は何度か変えたんだけど、間に合わなかった」
シキの右肩を見せ、ヴォルクは首を振った。
肉が露出している。真っ赤に腫れ上がり、痛々しい。
安静にする暇もなく、体を酷使したせいだろう。
「まず、体を清潔にしよう」と、ジェネロが声を上げた。
男衆は、シキを浴室に連れて行く。
「一階に寝室を準備しよう。レーヴェ、ディア、手伝ってくれ」
エクレレと女衆は、寝具を取りに二階へ。
浴室内は空騒ぎ状態だ。今にも落ちそうなほど、シキの意識は朦朧としている。
シュッツェは、膿んだ傷にぬるま湯をかける。
「頑張れ」と、独りごちた。
右肩の刺し傷に加え、首や頬にも切り傷。さらに、背中や腹部に大きな痣。
壮絶な経験があったはずだ。と誰もが思うだろう。
体の洗浄後、シキは寝室へ運ばれた。
「熱があるな」
傷の周囲に触れ、ジェネロは目を伏せる。
我慢してくれ。と呟くと、消毒液を染み込ませたガーゼを押し当てた。
すぐさま、シキが激痛に暴れた。
「押さえて!」と、緊迫した声。
かなりの粗治療だが、最善の処置だ。消毒を終えたあと、シキは大人しくなった。
肩には麦穂帯が巻かれ、処置が完了。
その時、シキの息が震え、左腕が顔を覆った。
頬に、一筋の涙が伝う。
「……俺は、何もできなかった! 何もッ!」
怒り、悲壮、後悔。あらゆる負の感情に声が歪む。
斜陽が差す部屋に、嗚咽が響いた。
その手を取ったのは、エクレレだ。
「今は休め」と、優しい声と眼差し。
涙は体力を消耗する。鎮静剤を打たれ、シキは眠りに落ちた。
「私は一旦、本宅に戻る。何かあったら連絡してくれ」
コートを片手に、エクレレは去った。仕事を放り出し、駆けつけたのだ。
「俺も、もう休むよ」
ヴォルクは、あくびを噛み殺す。
「ありがとう、お疲れ様」と、ジェネロは微笑んだ。
仲間の半分が去り、ジェネロと兄妹が残った。
物々しかった寝室は、穏やかさを取り戻す。
「皆さん、強いですね」
余った包帯を片付け、レーヴェは呟いた。
「シキがいるからだよ」と、ジェネロは笑う。
「どんな時でも光を見出し、逆境に臆せず飛び込む。それがシキだ」
注射器を容器に入れ、垂れ目を伏せた。
「彼は必ず起き上がる。その時に、助けがあった方が起きやすい」
私たちで支えよう。とジェネロは締めくくる。
自分たちも強くあらねば。と兄妹は力強く頷いた。




