7-1.昔夢
竹刀の切先が小刻みに震え、上下に揺れる。
開始から三十秒が経っているが、ずっとこの状態だ。
二人の剣士は、静かな戦いの中にいた。
はたから見れば盛り上がりに欠け、ひどく退屈に思えるだろう。
面の奥のエタンセルの双眸は、勇利に向けられていた。
一歩踏み出せば、一歩下がる。
刹那、勇利が動く。稽古場を震わせる踏み込みのあと、竹刀が面を叩いた。
神速の打ち込みに、エタンセルは反応できない。
「面!」
場内に響き渡る、張りのある声。
「面あり、一本」
しばらくして、エクレレの声。
二人は竹刀を納め、礼を交わす。緊張から解くために、吐息が漏れた。
「今日も負けか」
面を外し、エタンセルは悔しそうだ。
「今日は耐えた方じゃないか?」
面手ぬぐいを取り、勇利は玉のような汗を拭く。
「負けっぱなしはつらい」
「我流じゃ、俺には勝てないね」
エタンセルは、何も言えなかった。
指南書を読んだくらいで、有段者に勝てるわけがない。
「エクレレ様、お時間です」と、ニコラが顔を出す。
「もう、そんな時間か」
細身の時計を見つめ、エクレレは嘆く。
「そんなに、伯母と飯を食うのが嫌なのか?」
エタンセルは、胴当てを外す手を止めた。
「つまらない自慢話を聞かされる。面倒だ」
「行ってらっしゃいませ」と、勇利は立ち上がる。
「行ってくる」
颯爽とエクレレは去った。
道着の襟をパタパタと上下させ、エタンセルは裏庭へ。
晩夏の夕暮れは、ひんやりとした空気に包まれている。
「風邪ひくぞ」と言いつつも、勇利も裏庭へ。
「今日はありがとな」
「こちらこそ。この辺じゃ、剣道の稽古相手がいなくてさ。……さっきは我流ってバカにしたけど、お前は筋がいい」
才能がある。と勇利は笑った。
「……エクレレ様が目にかけるのも当然だ。いつもお前を見ている」
節くれだった手を見つめ、ぽつりと呟く。
「……どうした?」
「何でもない、気にしないでくれ」
高速で瞬きをし、勇利は首を振った。
「腹、へったなぁ」と歩く背を、エタンセルは逡巡の目で見る。
──俺は知らないフリをした。女々しくとも、それしかできなかった。
※
「起きて」
体を揺さぶられ、シキは目を覚ます。
「大丈夫?」と、ヴォルクは首をかしげた。
「……ここ、どこだっけ?」
「アストラのボレアース市。覚えてないの?」
「あぁ……。──っ!」
襲来した激痛に、シキは顔をしかめた。
肩が貫かれていたんだ。と他人事のように考えつつ、壁に身を預ける。
「次の鎮痛剤、打つよ」と、ヴォルクは注射器を持った。
即効性のある薬液は、一分から三分で効果が出る。
その間に止血剤入りの包帯を、八の字に交差させながら巻く。
「……勇利の夢を見た」
処置に身を任せていたシキが、不意に呟く。
返す言葉に迷ったのだろう。
「そう」と、ヴォルクは曖昧な答えだ。
「最終便が来る。行こう」
シキの体を支え、廃屋を出た。
満身創痍の二人は、寂れた駅へ歩き出した。




