6-3.正面突破
暁闇──夜明けの空。
雪原の彼方には、帝国の別名『北壁』の由来であるムグラー山脈。
雪の中を三頭の狼が走る。装着したハーネスがソリを牽く。
操縦者はダール。バスケットには、シキとヴォルク。
父は息子の望み通り、日出前の出立を敢行。
まず、愛妻と眠るシィーラを引っ張ってきた。
次に、サヴィルとミチオールを叩き起こした。
たった三頭と侮ることなかれ、馬力はかなりのもの。
出立から一時間が経った現在も、ペースは落ちていない。
本当であれば、シキの傷が癒えるまで待つべき。
しかし、スニエークは生きている。帝国内に留まるのは危険だ。
さらに、ハロードヌイは好天が続いている。
無論、この機会を逃すわけにはいかない。
ヴォルクは、ちらりとシキを見た。
心ここに在らず。といった表情で、雪原を見つめている。
打ちのめされた心境は誰にも測れない。
しばらくすると、広大な森が見えた。アストラ王国との国境だ。
一行は、手前の小さな森へ隠れる。
「お前、どこから入った?」
双眼鏡越しに、ダールは国境沿いの森を見た。
「多分、あの辺」と、ヴォルクは曖昧だ。
潜入時は吹雪だったせいか、覚えていないらしい。
「基地での騒ぎのせいで、警備が厳しくなってるぞ」
ダールは、雪と大地の境界線を指差した。
軍用車と思しき車列が森へ向かっている。
「犬もいるな。さて、どうする?」
「正面突破しかないでしょ」と、ヴォルクは木立の裏へ。
すぐに狼へと獣化した。
ダールは、ハーネスに鞄をくくり付けた。鞄には食料と水、薬が入っている。
死地へ送る心境だったのだろう。
「死ぬなよ」と、息子の頭を撫でた。
ヴォルクは無言で頷くと、シキに振り返る。
声帯が変化したため、人語が話せない。
立て。と黄色い目が訴えた。
「……ここまで来てくれて、ありがとう」
シキは、ぎこちなく微笑む。虚ろな目に、わずかに光を宿した。
「仲間のためにも世界のためにも、死ぬんじゃないぞ?」
ダールは励ますように、シキの肩を叩く。
「はい。お世話になりました」
一歩下がると、シキはヴォルクに乗った。
朝日を受け輝く雪原を、ヴォルクは走る。一直線に国境沿いの森へ。
すぐさま軍用犬が吠えた。
「いたぞ!」
ザミルザーニ兵の怒号とともに、森がざわめく。
すかさず、シキは爆竹を投げた。けたたましい音に、兵士と軍用犬が怯んだ。
「狼を撃て!」
兵士たちは小銃を構え、引き金を引いた。
乾いた発砲音に、小鳥が一斉に飛び立つ。
持てる反射神経と身体能力を総動員し、ヴォルクは銃弾を避けた。
しかし、目の前に兵士が飛び出す。
ヴォルクが突き飛ばすよりも、先に撃たれる。
シキは瞬時に判断すると、右手を掲げた。
青い光とともに刀が現れた。日光を浴びた刃が神々しく煌めく。
輝きと、殺気にあてられた兵士は怯む。すれ違いざまに、小銃は両断された。
乱立する枝に叩かれ、シキの頬には切り傷。
滲んだ血に構う暇はない。目の前には数人の兵士。
「そこで止まってくれ」
シキは、苔むした大木を指差した。
ヴォルクから降りると、右手にありったけの風を集める。
落葉が舞い上がり、大木から雪が落下。頭上を襲われ、兵士たちは悲鳴を上げた。
そこからは自分の足で走った。
目の前には有刺鉄線付きのフェンス。アストラとの国境だ。
ヴォルクは四肢を使い、難なくフェンスを越えた。
続いて、シキは地を蹴った。踵に風を集め、さらに上昇。
身を捻りながら飛び越え、アストラの領土を踏んだ。
ザミルザーニ側では軍用犬が吠え続ける。
二人は瞬時に、アストラの森へと姿を消した。




