6-2.束の間の休息
モミ、マツ、トウヒが群生する針葉樹林──タイガ。
タイガで暮らす人狼族は『雪狼種』と呼ばれる。
雪狼の住まいは竪穴式住居。地面に穴を掘り石壁を作る。
傾斜のある屋根は、雪が落ちる仕組みだ。
極寒の地で、家族の存在は何よりも頼もしい。
ヴォルクは、予想外の帰省を果たした。
シキの足は凍傷寸前だ。ぬるま湯をかけ続け、鎮痛薬の芍薬を飲ませる。
清潔な包帯が巻かれ、ベッドに寝かされた。
「ひとまず大丈夫」
毛布をかけ直し、母のアヴロラは頷く。
ヴォルクは、安堵した様子で目を伏せた。
「俺、どこで寝たらいいの?」
遠慮がちに言うのは、四男坊のサヴィル。
背後には三女のミチオール。胡乱な目つきで、シキを警戒している。
「ミチオールと雑魚寝しろ」
「いやだ!」
思春期真っ只中のきょうだいは、不満を叫ぶ。
「うるさい」と父のダールが睨めば、二人は子供部屋へ逃げた。
終わりかと思いきや、再び扉が開く。顔を出したのは双子の女児。
寝ていたのか、毛布の端を引きずっている。
初めて見る妹たちに、ヴォルクの顔が強張った。
「ミールイとプリリエよ。五年前は、まだお腹の中にいた。覚えてる?」
予想通りの反応に、アヴロラは破顔した。
「また双子だったの」
やれやれと、ヴォルクは首を振る。
九人も子を産んだ母には敬意を。父の元気さには呆れるしかない。
「あなたたちのお兄さんよ。ご挨拶は?」
「こん、ばんは」と、ミールイ。
すぐに子供部屋へ逃げて行った。
「おねぇちゃん」と、プリリエはあとを追う。
「ヴォル兄、顔が怖いんだよ」
両手を叩いて笑うのは、次男のシィーラ。
「ったく。こっちは飯時だってのに『侵入者だ』って、親父が乗り込んできてよ。まさか、ヴォル兄だったとは驚いだぜ」
「お前、ここに住んでいないのか?」
ヴォルクの問いに、シィーラの顔が明るくなる。
「俺には嫁がいるの。マイホームもあるの! 春には子供が生まれるの!」
惚気を前面に押し出し、鼻息も荒い。
「相手は『森狼種』の娘さんよ。アストラから嫁いできたの」
アヴロラは、ハーブティーを差し出す。
鎮痛作用がある『セントジョーンズワート』だ。
「コメェータのことは知ってるだろうが、ブリュスも所帯持ちだ」
ダールは、思い出したように言う。
ヴォルクは絶対王者の長女と、真面目な三男の顔を思い出した。
「それと、ミェーシャもアジュールに嫁いだ」
「あいつが?」
ハーブティーを飲む手を止め、ヴォルクは刮目した。
ミェーシャとは、双子の妹の名。
「それも人間の男とな。……あいつが選んだ男だ、心配いらない」
古傷が刻まれた頬をかき、ダールは不承不承といった様子。
「……なんか、一気に寂しくなったな」
子守の日々を思い出し、ヴォルクは目を細めた。
「じゃ、俺は帰るぜ。またな、ヴォル兄!」
指を立て、シィーラは気障な仕草を見せた。駆け足で、愛妻が待つ家へと帰った。
ようやく本題に入れる。とヴォルクは首の骨を鳴らす。
「それで、話を聞かせてくれ。……あの男についてもだ」
安楽椅子に座り、ダールは両手を組んだ。
※
時間をかけ、ヴォルクは全てを話した。
ハロードヌイへ来た経緯。帝国が氷の気象兵器に支配されていること。
シキは仲間であり、風の気象兵器だということ。
「なるほど、あの男を救うために」
シキが眠る部屋を見やり、ダールは息を吐く。
「愚かなことを。気象兵器とは畏怖の存在。人が容易に手を出していいものではない」
「そうだけど、シキにしか氷の気象兵器は倒せない」
「……だろうな、これ以上は何も言うまい。……お前は、聞きたいことはないのか?」
ダールは身を乗り出すと、息子の顔を見た。
「なんでハロードヌイにいる?」
ヴォルクは、北端の『獣人自治区』の生まれ。
つまり、家族が南端にいることは異常。
「ガウダ人自治区は帝国に没収された。捕まった者は収容所送りだ」
ダールは、額に青筋を浮かべる。
「知らなかった」と、ヴォルクは目を伏せた。
「一族は散り散り。国外へ逃げようにも、ミールィとプリリエはまだ幼い。あの子たちに越境は酷だ」
「やっぱり、帝国は壊すべきか……」
ヴォルクは拳を固め、唇を噛む。
「まぁ、辺鄙な場所に逃げてきて良かった。息子に会えたからな」
陰鬱な空気を吹き飛ばすように、ダールは笑う。
「……それで、お前はどうする?」
「明日の朝、出立する」
考えることなく、ヴォルクは即答。
息子の性格を、よく知っているのだろう。
「言うと思った」と、ダールは頷いた。
「なら、家族が助けになってやらないとな」
父の言葉は、この上なく頼もしい。




