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2-4.断崖の城から

 降り出した雨音で、シュッツェは意識を取り戻す。

 随分と長い間、苦い思い出に浸っていた。


 手には色褪せた家族写真。時間が止まったままの笑顔。

 写真の中で生き続けられたなら、どんなに幸せだっただろう。


 外を見ようとカーテンを開けた。生気のない、シュッツェの顔が窓に映る。 

 眼下に広がるのは、首都の夜景ではなく暗い森。


 エーヴィヒカイト城は断崖に建つ城。幼少期は、夏休みをここで過ごした。


 母の死後、家族は心が離れてしまった。

 すさんだ心と思春期が重なり、妹とはまともに話せない。

 父と顔を合わせれば、ひどく当たった。


 シュッツェは、父を看取った日を思い出した。

 感謝や謝罪を口にできなかったことを、今でも悔やんでいた。

 そして、無力のまま粛清されるのだ。


 おとぎ話に出てくるような、メルヘンチックな外観の城は、平和な時代に建てられた。

 軍事機能を捨て、壮大さと豪華さを押し出したゴシック様式の城。

 クローネ有数の観光地だが、今や兄妹の軟禁場所となっている。


 この城に連行された時、シュッツェは結末が予想できた。

 全ての権限を奪い追放するかと思いきや、生かす気もないと。


 深い森に囲まれ、眼下には切り立った岩肌。

 飛び降りれば、簡単に死ねるだろう。

 仮に生きていたとしても、変わり映えのない森は方向感覚を狂わせる。

 その上、この地域には狼や熊が生息していた。


 安全に城外へ出るには、石橋を渡らなければいけない。

 だが、城内と門前には監視が大勢いる。


 八方塞がりとは、まさにこのこと。

 軟禁から三日が経った現在も、何もできずにいた。

 

 何より、同じく城のどこかに軟禁されている、妹の身を案じていた。

 レーヴェの消息を含め、シュッツェには一切の情報が入らない。


 だが、国中が悲惨な状況に陥っていると容易に察しがつく。

 略奪、虐殺、奴隷。嫌な単語が頭に浮かぶ。


 扉を叩く音に、シュッツェは我に返った。


「飯だ」

 廊下に、体格のいい兵士が立っている。片手には、夕食が載せられたトレー。


 パンとシチュー、チーズにサラダ。メニューは日替わりで味も悪くない。

 軟禁中の楽しみは食事と散歩だけ。

 

 冷めないうちに食べようと、カトラリーバスケットへ手を伸ばす。

 ついでに紙ナプキンを取った。


「……ん?」

 厚紙が差し込まれていることに、シュッツェは気づいた。

 

 紙ナプキンに入っていたのは、一枚のメッセージカード。

 一文を見るなり、シュッツェの呼吸が止まる。


──これは夢だ。

 口に手を当て、自身に言い聞かせた。カードが指の間をすり抜ける。


『親愛なる公世子こうせいし殿下。ここから逃げたいか?』

 その下には『はい』か『いいえ』の文字が、走り書きされていた。

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