3-1.死闘
──何が起きている?
信じられない光景を前に、シキは自問した。
合口拵がスニエークを貫いている。
それが、見たままの光景。
「グロム、何を──」
頬を痙攣させ、スニエークは振り返った。
「違うな」と、ユーリの薄い唇が開く。
黒目に浮かぶのは、明確な殺意。
「俺は『桑原 勇利』だ」
言い切った直後、刃が光を帯びた。
放たれた雷が、スニエークの全身を打ちのめす。
「あ゛ああああッ!!」
スニエークは白目を剥き、膝を落とした。
体が跳ねるさまは、陸に揚げられた魚のよう。
その背に、切先が突き立てられた。
さらなる放電とともに、スニエークの体に亀裂が走る。
肉塊もとい氷塊に成り果てたあと、砕け散った。
「このくらいじゃ、こいつは死なない」
勇利は刃を引き抜くと、シキを下がらせる。
二人が距離を取ったあと、氷の粒が宙に浮かぶ。
凍結音とともに、小さな粒は瞬時に面積を広げた。
最初にスラリとした足が現れ、臀部、腹部、胸部、頭部を形成。
完全な再生後、スニエークが目を開く。その目は、真っ赤に変色していた。
「どういうつもり?」
怒りを押し殺しているのか、動揺しているのか声が震えている。
「どうもこうも、俺はお前の仲間じゃない」
顎を上げ、勇利は不遜な態度だ。
「騙して悪かったな」と、シキを見た。
「お前をここに連れてきたのは、俺たちの仇──あの女に合わせるためだ」
「お前の……仇だと?」
憎悪の対象である勇利が、なぜ寝返ったのか。シキには到底、理解できるはずもない。
「俺も、あいつに恨みがあるんだよ」
合口拵を一回転させ、勇利は一歩踏み出す。
「覚えているか? お前が生まれた『ヴェーチェル山』を」
その問いに、スニエークが瞠目した。心当たりがあるらしい。
「俺の両親はそこで死んだ。いや、お前に殺された」
「……お前。『ストランノスチ事件』の生き残りなのか?」
ハッとした様子で、シキが割って入った。
それは、ザミルザーニで最も不可解とされている事件。
トレッキングに適したヴェーチェル山で、突如起こった大爆発。
雪崩、地震、新兵器の実験。そんな噂が流れた。
「あの事件は、あの女が『氷の気象兵器』を乗っ取った際に起こした」
勇利は、防寒着をシキに押し付けた。
「乗っ取った? あいつはクリュスじゃないのか?」
「あぁ。今、クリュスは使役される身ってわけだ。……あいつの正体を暴くのに十年もかかった」
「どうして──」
黙っていた? というシキの問いを、勇利は遮る。
「お喋りはあとだ。こいつを片付ける」
「片付けるだと? 笑わせるなッ!」
スニエークの叫びで、窓ガラスが一斉に割れた。極寒の地から、氷点下の風が入り込む。
「お前はそこで見てろ」と、勇利は駆けた。
苛烈な死闘を告げるように、金属音が反響した。
合口拵とレイピアが何度も打ち合い、風を切る。
その間にも、スニエークから氷刃が飛ぶ。勇利は片っ端から弾き返し、刺突で砕いた。
「ぬるい!」
黒曜石のような目を紅に染め、勇利は吠える。
切先を床へ突き刺すと、雷が出現。
まるで地を這う蛇だ。閃光を発しながら、スニエークへ迫る。
防御のための厚い氷が、容易く砕かれた。
しかし、戦意を失くしたわけではない。鋭さを増した氷は、勇利へ飛ぶ。
雷鳴が轟き、衝撃波によって雪が消えた。
一瞬の静寂の中、揺れる二つの影。
全身を裂かれた勇利と、右半身を欠損したスニエーク。
「無駄だ!」
スニエークに呼応するように、雪が吸い寄せられる。
右半身は再生するも、完治には至らない。
「一瞬で治ると思うなよ!」と叫ぶ勇利は、自身に雷を流し込む。
衝撃で視界を遮る血が飛んだ。
二人は、同時に地を蹴った。
瞬間、互いの前方がぐにゃりと歪み、姿を消した。
直後、広間の中央で剣戟の音。得物を振り下ろすたびに、雷と氷が弾ける。
「死ねッ!!」
スニエークは雷撃を食らいながらも、左手を掲げた。
手は鋭い氷柱となり、勇利の頭を狙う。
「負けるかァ!!」
頰に掠りながらも、勇利は踏み出した。スニエークの腹に手を当て、最大級の雷を放つ。
閃光と轟音に、絶叫が重なる。しかし、スニエークは意識を手離さない。
歯を食いしばり、ヒールを床に打ちつけた。
湧き出た無数の棘が、勇利の足を貫く。
──人間の戦いじゃない。
壮絶な死闘を目の前に、シキは何もできなかった。
余裕の表情だったスニエークが、今や必死の形相。
対する勇利も、苛烈で容赦のない攻撃。本気で殺し合っている。
スニエークのバレッタが吹き飛び、乱れた白髪が風に舞う。
マーメイドラインのドレスは擦り切れ、腹部や腿が露出した。
陶磁器のような肌には、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。
短い、睨み合いのあと──。
雌雄を決するため、二人は駆け出した。




