2-4.弾かれた答え
スニエークとて、ただの非力な美女ではない。
右手首を捻ると、凍結音が鳴った。
氷の柄と護拳が形成され、細身の剣──レイピアが握られる。
双方の得物が、激しくぶつかり合う。
本気の水平斬りを受けようとも、レイピアは折れない。
間髪入れず、シキは袈裟斬りを見舞った。
樋に拳を押し当て、スニエークは追撃を受ける。
凡人であれば、吹き飛ぶほどの衝撃だろう。
意外と頑丈なレイピアによって、斬撃は防がれてしまう。
ならば。とシキは腰を落とし、右半身を反らせた。
瞬間、怒涛の突きを繰り出す。
心臓の位置を捉えるも、スニエークはひらりと躱す。
舞踏を思わせる立ち回りは、優雅で美しい。
「今度は、こっちの番」
間を取ったスニエークは、レイピアを床へ突き刺した。
生まれた無数の亀裂が、シキめがけ走る。
タイルを割り現れたのは、冷気を纏った氷柱。
逃げるだけでは埒が明かない。じきに追いつかれて、手足を貫かれる。
シキは今まさに、生えようとする氷柱を見た。刃を水平に倒し、半長靴の踵に当てる。
氷柱に足をかけ、突き上げの力を利用し、跳び上がった。
空中で体を捻り、天井に膝を立てる。
この間も常に、スニエークの位置は捕捉。
一瞬の静寂のあと──。
柄を両手で握り、天井を蹴った。落下速度を上乗せした、殺意の高い刺突だ。
「無駄よ」と、スニエークは天を仰ぐ。
応撃のため、いくつもの氷柱を作り上げた。シキの体を貫かんと、無数の棘付きだ。
無論、シキは退かない。右手のみで柄を握り、左手に風を集める。
放たれたのは広範囲かつ、槌を思わせる重たい風。
途端に、ガラスが割れるような破砕音。風の槌が、氷の棘を砕いた。
右肩から落ちると、シキはすぐさま立ち上がる。
着地の衝撃を和らげるため、風を逆噴射したらしい。
「いい攻撃だったわ」
冷気と粉塵の中から、スニエークが見えた。
風をまともに受けたというのに、体には傷一つない。
「終わりにしましょう」と、優しくも冷たい声。
「なんだ……?」
ゾクリと、シキは身震いした。
まるでブリザードに襲われるような、底知れぬ恐怖。
嫌な予感は的中した。何の前触れもなく、スニエークが目の前に立ったのだ。
刺突が右肩に迫る──。
寸前で回避するも、切先が掠った。
「少しは、成長したみたいね」
血が付いた切先を見て、スニエークは嬉しそうだ。
極寒の世界だというのに、シキの額には冷や汗。
ユーリと同じ能力だと、すぐに理解した。嫌でも蘇る、ザフィーア市立病院での敗北。
だが、ユーリより遅い。この程度なら見切れると、自身に言い聞かせた。
「次はどうかしら?」
言い終わらないうちに、スニエークが消える。
「考えろ……」
それは、己を鼓舞するため。あるいは緊張から解き放つため、シキは呟く。
一撃目は正面から。次は背後を取るだろうと、予測を立てた。
速さに勝つには攻撃を捨て、回避に集中すればいい。
うまくいけば、カウンターを仕掛けられる。
目論見通り、スニエークは背後を取った。
カッ。とシキは目を見開く。半身の姿勢を保ち大股で踏み込んだ。
判断は功を奏し、レイピアは空を貫くのみ。
スニエークは右半身を晒し、無防備状態だ。
今だと、シキが動いた。
踏み込んだ右足を捻り、滑りを抑える。身を屈め力一杯薙いだ。
カウンターが成功し、スニエークの右半身に刃が食い込む。
床に転がる、切り落とされた右腕。
しかし──。
血が噴き出すことも、流れることもない。代わりに氷の破片が散った。
「この程度で、私が死ぬとでも?」
腕を落とされたというのに、スニエークは余裕の笑み。
パキパキと軽快な凍結音。抉れた胸に氷が張り、瞬く間に再生した。
「嘘だろ」と、シキは呻いた。
「人間のあなたと違って、私は真の気象兵器。破壊されてもすぐに治せる」
そう言って、スニエークは生えかけの右手を伸ばした。
「あなたが『風』でよかったわ。私の糧になりなさい」
シキの風が、スニエークに吸い込まれる。
そこで生まれるのは、氷と合わさった超低温の風。つまり冷風が、再生速度を促進させていた。
「まさか……」
察したシキは、ただ呆然と見つめるだけ。
「風は全ての根源であり、他の自然現象を増大させる。ここは氷点下の世界。どちらが有利か、わかるでしょう?」
スニエークは感触を確かめるように、再生した右手を握りしめた。
「ここでは、風は利用されるだけ。あなたが風を使えば使うほど、己の首を絞める結果になるの。残念だったわね」
まだ続ける? と無邪気な笑みが溢れた。
高速のまばたきは、動揺の証。シキの視線が、ヒビだらけの床に落ちた。
一切の光明が、途絶えた時──。
「さっきの威勢はどうした?」
小馬鹿にしたような声が、広間に響く。
緩慢な動きで、ユーリが歩み寄った。どうやら、高みの見物に回っていたらしい。
「……やっぱり、お前じゃ駄目だったか」
せせら笑うと、スニエークの背後に控えた。
──化け物二人を、相手にするのか。
活路を見出せず、シキは頭を垂れる。
風切音とヒールの音が、高い天井に反響した。
一歩踏み出したのかと、シキは頭を上げる。
「なっ……」
今日で一番、青い目が見開かれた。
スニエークの左胸から、合口拵の切先が飛び出ていた。




