2-3.風を従えて
檻の中の獣は、怯えた目で震えるか、牙を剥いて吠えるか。
はたまた、檻をぶち破るか。
鉄格子が、破壊された数分後。ハロードヌイ国境警備基地に、警報が鳴り響く。
「撃て! 撃てェ!」
小銃が火を噴くが、目標にはかすりもしない。
文字通り、シキは縦横無尽に駆け回る。攻撃に転じるため、右手が青く光った。
現れたのは半身ともいえる、風を宿す刀。
数秒後──。
弾痕が走る壁に、兵士たちが叩きつけられた。
刀を一度振るうたび、数人が吹き飛ばされる。
獣の無双ぶりに、誰も彼もが慄いた。
しかし、無抵抗は許されない。死角で待ち伏せていた別働隊が、一斉に飛び出す。
無論、不意打ちなど無駄である。
シキはジグザグに駆けながら、峰打ちを叩き込んだ。
さらに壁のタペストリーを剥がし、兵士たちに投げつける。
もたつく頭を、蹴りと拳で黙らせた。
勢いに乗り会議室へ乱入。蹴破った扉が、待機中の兵士に直撃。
テーブルに足をかけ、シキは宙へ。
「おぉ」と驚く並んだ頭を、刀の峰でリズミカルに叩く。
受け身を取りつつ着地後、書類の束を投げた。殴打の音とともに、紙が舞う。
全ての紙が落ちた頃には、兵士全員が気絶していた。
殺せば簡単だが、シキにはできなかった。
お喋りかつ、友好的な看守の顔がちらついたせいだ。
廊下へ出ると、もれなく兵士が待ち構えている。
「どけ!」と、シキは床を蹴った。
顔のそばを、いくつもの弾丸が通り過ぎた。
左手を突き出すと、シュルシュルと風が鳴る。それは旋風が生まれる音。
刹那、突風が吹き荒れる。予期せぬ風により、兵士たちは尻もちをついた。
すかさず峰打ちで沈めていく。
シキが歩いたあとの廊下には、誰一人立っていない。
まるで、全てを破壊する竜巻が通過したようだ。
「通してくれ」と、シキは切先を突きつけた。
戦意をなくした兵士は、何度も頷く。
目的地はあの広間。半日前、驚愕と絶望の邂逅を果たした場所。
物音はないが間違いなく、巨大な気配がある。確信した青い目に、力がこもった。
風を纏った斬撃を受け、扉に亀裂が入る。軋む音を立て、扉は倒れた。
「──っと!」
広間へ入った瞬間、シキは声を上げた。視界に映るは、一直線に飛ぶ氷刃。
即座に身を屈め、床に転がった。食らっていたら風穴が空いたことだろう。
さらに、足元に氷刃が迫る。横にも背後にも逃げられない。
ならば。とシキは、踵へ神経を集中させた。
ぐっと身を低くしたあと、高く跳ぶ。踵に集めた風が、跳躍力を増大させた。
なおも襲いくる氷刃を両断、あるいは弾き返し着地。
顔を上げたシキの目に、スニエークが映る。
「よく動く」と、乾いた拍手。
珊瑚色の唇は、楽しそうに緩んでいる。
「あれほど痛い目に遭ったのに、何も学習しないのね。人間なんかより、獣の方がずっと賢い」
「その口、今に黙らせてやる」
シキの怒りに呼応するように、空気が震えた。
「……お前、気象兵器の掟を破ったな」
「あら、どんな掟?」
ヒールの音とともに、スニエークは歩き出す。
「気象兵器は『世界を俯瞰する存在であれ。決して力に溺れるな』。そんなことも知らないのか?」
「あぁ、それね。くだらない掟」と、スニエークから嘲笑が漏れる。
「『強者は大人しくしていろ』だなんて理屈、理解に苦しむ。それなら、弱者はやりたい放題でも許されるのかしら?」
「……話にならないな。もういい」
根本的に価値観が違う。無駄な議論になると、シキは判断した。
「なら掟を破ったら、どうなるかも知っているな?」
「……あなたに、私を殺せるかしら?」
鼻で笑うと、スニエークは顎を上げた。
「父を殺したこと、クローネを踏みにじったツケ。払ってもらうからな」
シキは刀を振り、右足を引いた。いつか見せた攻撃的な構え──脇構えの姿勢だ。
怒りを制御できてはいるが、長くはもたないだろう。
「身の程知らずね、グレンツェン」
「その名を呼ぶな!」と、シキは吠えた。
本名を捨てるきっかけ──仇に呼ばれることは、何よりも不快だった。
前傾姿勢を取ると同時に、疾風の如く駆け出した。




