1-2.記憶の底
ヴェルメル連邦共和国、首都ノイレーベン。
グレンツェン・フランメルはそこで生まれた。
父は西洋人のリッター・フランメル。母は東洋人の瀬藤 朝陽。
『混血』という些細な理由で、幼少期はいじめの的。
泥と傷で顔を汚しては、泣きながら帰る日々。
そんな我が子に、軍人の父は喧嘩の作法を教え込む。
少年期にはいじめっ子を、一人残らず叩き伏せるほどになった。
強く逞しい父と、厳しくも優しい母。
この日常がいつまでも続くと、グレンツェンは思っていた。
「国連軍へ出向?」
洗い物の手を止め、朝陽は目を丸くした。
「来週からな。アストラ王国で、大規模な合同演習をするんだと」
リッターは寂しそうに、グラスを傾ける。
「ってわけだ! 寂しくても泣くなよ!」
「うるっせぇ。誰が泣くか」
肩を小突かれ、グレンツェンは顔をしかめた。
何でもない日常が、一瞬だけ途切れる。その程度の認識だった。
リッターが殉職した報せ──『カプノス事件』は、家族を永遠に裂いた。
国連軍がアストラで、合同演習を行なっていた最中の事件。
カプノス山を行軍していた小隊が突如、消息を絶った。
後日、雪が残る山中で遺体が発見され、全員の死亡が確認された。
リッターの全身には無数の傷。まるで、刃物で切り裂かれたよう。
ズタズタの遺品も返ってきたが、写真だけは見つからなかった。
最愛の夫を失い、朝陽は心と体を壊した。
日を追うごとにやつれ、みるみるうちに痩せ細る。
父の死から半年後。グレンツェンが十四の時、母は死んだ。
ごめんね。と今際の際、朝陽は呟く。
ふっと目を閉じた瞬間、夫の幻影から解放された。
それは、とても安らかな顔で。
両親の死後、グレンツェンは父方の祖父──ストレングスに引き取られた。
喪失感と虚無感に苛まれ、時間だけが過ぎていく。
この世から消えたい。と願う日々。
と同時に心のどこかでは、この状況からの脱却を渇望していた。
ある日のこと。物事に集中している間は『無』になれると悟る。
そこで、集中せざるを得ない環境へ飛び込んだ。
その先が、アジュール外人部隊。
昼は訓練に集中し、夜は泥のように眠る。喪失感や感傷に浸る余裕はない。
同僚や先輩の存在も大きかった。
他国の軍に所属する人間など、ほとんどが訳あり。
自分だけが不幸ではない。とグレンツェンは思い知らされた。
そしてエクレレと出会い、止まっていた時間が動き出す。
五感や感情を取り戻し、心の傷が塞がりかけた頃──。
エクレレが全身を裂かれ、半殺しの目に遭った。
師と慕ったはずの、友の手によって。
だが、二度も再起不能には陥らない。抱いたのは悲しみではく、激しい怒り。
いつしか、グレンツェンは己の名を嫌った。
名を呼ばれると、つらい思い出ばかりが蘇る。
もう名乗るまい、別人として生きよう。と記憶の底に沈めた。
『シキ』と名を変え、IMOへ入隊した理由は二つ。
一つは、ユーリを斃すため。
一つは父を殺し、母を死に追いやった仇を捜し出すため。




