1-1.謁見
【ここまでのあらすじ】
シキの元恋人・エクレレを頼り、一行はレヒトシュタート帝国へ。
しかし、激動の始まりだった。皇太子暗殺未遂事件に、病院襲撃事件が発生。
さらに、かつての友であり宿敵であるユーリに、シキは敗れ拉致された。
うろたえる仲間たちではない。追手を撃破し、今できることを考える。
その最中、行方不明だったレーヴェが合流。
『サイファ』と名乗る協力者によって、彼女はパライ人自治区に匿われていた。
歓喜に湧くも終わりではない。攻勢に出るには、司令塔がいなければ。
シキ救出のため、ザミルザーニ育ちの人狼・ヴォルクが単身での任務を行うこととなった。
その頃、シキは──。
ザミルザーニ帝国の南端。そこに『ハロードヌイ国境警備基地』は存在する。
南端といっても、極寒の地に変わりはない。
一年の大半は雪。どこまでも広がる白銀の世界。
シキが独房に放り込まれ、丸二日──。
意外にも、扱いは悪くない。独房の外には暖炉が設られ、凍死の危険はない。
おまけに凍傷を防ぐために、拘束具は木製の手枷。
手枷など簡単にへし折れる。だが、脱獄を阻む『もの』たちがいた。
まずは、雪が絶え間なく降る氷点下の地。囚人服一枚では到底、耐えられない。
次に、外は常にホワイトアウト状態。真っ白な世界へ迷い込めば、遭難は確実。
そして、監視役のユーリの存在。
奴は自分より強い。と敗北を経て、シキは悟った。
ラジオの音楽に合わせ、看守から漏れる鼻歌。
軽快なリズムは、陰鬱な独房には似合わない。が、すぐに空気は一変する。
扉が開く重厚な音に、弛んだ空気が吹き飛ぶ。
蹴られたように立ち上がり、看守は直立不動だ。
二人のザミルザーニ兵を伴い、ユーリが鉄格子の前に立つ。
指示を受けた兵士が、鍵を開けた。
「妙な真似はするなよ」
鉄格子が開いた瞬間、ユーリは抜刀。
合口拵が首に当たり、シキは動きを止める。
背に銃口を当てられ、独房を出た。
これから尋問か拷問。ザミルザーニの拷問技術は高いと聞く。
睡眠の剥奪か、殴打が続くか、それとも水責めか。
窓の外は猛吹雪だ。風が轟々と鳴り、雪が舞い乱れる。
シキは、仲間たちの身を案じた。
自分が不在だろうと、右往左往する者たちではない。
しかし、燻る不安は拭いきれない。
その時──。
首を掴まれたように、急に立ち止まった。
廊下の突き当たりに、大きな扉。そこから、巨大で異様な空気が蠢いている。
例えるなら、厳かで冷たい。オルゴールのピンを弾くような感覚。
兵士に突き飛ばされ、シキは歩き出す。
扉が開かれると、這い出た冷気がまとわりついた。
「さっさと歩け」と、ユーリから舌打ち。
部屋の中央まで進むと、シキを強引に座らせる。
兵士たちは、逃げるように退室した。
どうやら、大人数を収容できる広間らしい。
大きな暖炉には、炎が揺らめく。しかし、吐く息は白く凍えるほどに寒い。
顔を上げたシキの目に、女の顔が映った。
水色の目に、雪のような白髪。ハーフアップにされた髪が、光を受け輝いた。
マーメイドラインのドレスは、メリハリのある体によく似合う。
文句なしの美女だが、人間ではないことは確か。
女が纏う威圧感は、並大抵のものではない。
このオーラを、シキは知っている。
自身と同じ存在だと察するに、時間はいらない。
「……クリュス・ティグリス?」
『氷の気象兵器』の名を、シキは呟いた。
「そうだ」と、ユーリが頷いた。
「今のお名前は『スニエーク』様だ」
そう言って、最敬礼の姿勢を取る。
「嘘だろ」と、シキは独りごちた。
波風一つなかった瞳に、動揺の色が差す。
雷だけではなく、氷の気象兵器も敵。
各国から危険視される帝国が、二つの気象兵器を擁している。
世界に与える影響は、並大抵のものではない。
「あなたが『グレンツェン』ね」
スニエークが、おもむろに口を開いた。
シキの頭が揺れ、目が見開かれる。青い目に映るは、スニエークの微笑。
「大きくなったわね」
陶磁器のような手には、一枚の写真。
写っていたのは、一組の男女──両親に少年──シキ自身。
写真は黄ばみに加え、黒いシミで汚れている。
シミの正体が酸化した血だと、シキはすぐさま察した。
瞬間──。
糸が切れた人形のように、頭を垂れた。
「そうか──」
しばらくして、震える声。
「お前が、父を殺したのか」
その目は、真っ赤に染まっていた。




