表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/145

2-3.在りし日

 大晦日おおみそかの夜は雪だった。

 街路樹と歩道を白に染め、街灯の光を反射する。


 見慣れた街も夜になると、雰囲気が様変わり。

 そんなことを考えつつ、シュッツェは通り過ぎる景色を見た。


 落葉後のトチノキが並ぶ国道を、車は走る。

 曲がりくねった道を登りきると、ハイリクローネア城が姿を現した。

 ライトアップされた城が、闇に浮かんでいる。


 門前で一時停車すると、守衛が迎えた。詰所で新年を迎える彼が、気の毒だ。


「久しぶりだな」

 助手席のアインが、懐かしそうに城を見上げた。


 白い城壁と赤い屋根に、小さな側防塔そくぼうとう

 中世を色濃く残した城は、こぢんまりとした外観だ。


 車寄せに停車し、運転手がドアを開けた。


 手袋をはめていても、指先は冷え切っている。

 両手を擦り合わせ、シュッツェは寒さに唸った。


「お帰りなさい!」

 暖かいエントランスホールに響く、嬉々とした声。


 レーヴェは笑顔で、階段を駆け下りた。

 一つ結びのダークブロンドは、馬の尻尾を思わせる。


「兄さま、遅いよ」と腰に手を当て、口を尖らせた。


 約一年ぶりに会った妹は、横幅が伸びている。

 言えばあとが面倒だと、シュッツェは黙っておいた。


「列車が遅れたんだよ」


「冷たい! 兄さまのバカ!」

 冷えた手を頬に当てられ、レーヴェはむくれる。勢いよく、兄の背中を叩いた。


 階段を上がった先に、父が立っていた。

 何かを言いたそうな表情だったが、シュッツェは無視した。


「目くらい、合わせたらどうなんだ?」

 自室の前に来たところで、アインが声を上げた。

 小言を言うために、ついてきたのだろう。


「俺の勝手だろ」

 頭を振り、シュッツェは扉を開けた。

 コートとマフラーを椅子に放り、ベッドに倒れ込む。


「夏休みは帰ってこない。手紙の返事もない。父上は大層、心配していた」

 続く小言に、眠りかけていたシュッツェは目を開けた。


「それに、あの嘘は何だ? 最終便を選んだのはお前だろう。そもそも、こんな雪の日に、夜道を運転する人の身にもなってみろ」


「わかってる。……その、ごめん」

 悪態をつくも、シュッツェは起き上がる。

 横になったまま説教を聞くのは、流石に失礼だと思ったらしい。


 誰よりも怖かった母が亡くなり、説教役はアインが引き継いだ。

 警護官でありながら、シュッツェをいささとす守役でもあった。

 

「私も言えた口ではないが、この状況は良くない。父上はお前を、本当に心配して──」


 その時──。

 会話に割って入ったのは、扉を叩く音。


「……私だ。入ってもいいかな」

 落ち着いた低い声。父の声に、シュッツェは口の端を結んだ。


「シュッツェ」と、アインがたしなめる。

 返事がないため、代わりに扉を開けた。


「君も、そこに居てくれないか」

 父は、退室するアインを引き止めた。

 息子と二人きりになるのが、よほど気まずいらしい。


「お帰り。元気そうだな」

 椅子に座ると、父は両手を擦り合わせる。

 その目は、うつむいたままの息子の顔を覗き込んでいた。


「何の用?」

 シュッツェは、頑なに顔を上げない。


 本当は家に帰りたくなかったのだ。

 何かと格付けする教師も、マウントを取り合う同級生も上級生もいない。

 静まり返った寮で新年を迎えられたなら、どんなによかっただろう。

 ささやかな望みは、乗り込んできたアインによって打ち砕かれた。


「話がしたかっただけだ。家族でゆっくりできるのも今夜くらいだ。明日から私は公務。お前は明々後日(しあさって)に帰るだろう? だから──」


「話がしたい? じゃあ、あんな所に入れなければよかっただろ」

 暖炉の薪が弾けたと同時に、シュッツェは声を上げた。


「俺はクローネの学校に進学したいって、言ったじゃないか。あんなつまらない場所に行きたくなかった。遠ざけたのは──」


「いい加減にしろ」と、父が遮った。

 打って変わった厳しい口調に、シュッツェは口をつぐむ。


「そのことは何度も話したはずだ。お前は自分の立場を理解していない。あの学校は国を背負う者にとって、必要な知識を学べる。だからこそ──」


「もう、うんざりなんだよ!!」

 シュッツェから上がる、威圧感のある声。

 沸いては押さえつけていた怒りが、頂点に達したのだ。


「何で縛り付けるんだ! 公世子こうせいしらしく振る舞え! 公世子としての品位を大事にしろ! 公世子として責任を持って行動しろ! どいつもこいつも、同じようなことばかり言いやがる!」

 唾をまき散らすことも構わず、怒鳴った。


「あんたに、人生を捻じ曲げられた!」


 アインの制止を聞かず、シュッツェは自室を飛び出した。

 乱暴に扉を閉め、拒絶の意思をあらわにして。


 側防塔まで走り、一人で泣いた。

 人生を悲観したことよりも、呵責かしゃくの念からだった。

 父も同じ道を辿った。そんな父を悪だと決めつけ、素直になれない己が、ひどく腹立たしかったのだ。


 その日の豪勢な夕食のメニューも、味さえも覚えていない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ