6-4.レーヴェの戦い②
エーヴェヒカイト城から、東へ約八キロ。
突如、光が縦に走り、空間が裂ける。そこから、レーヴェと男が飛び出した。
レーヴェは膝を落とし、大きく息をした。錯乱しつつ、西の空を見る。
つい数分前まで、部屋にいたはずだ。これは夢だ。と頭を振った。
レーヴェをよそに、男は茂みへ。大きな黒い袋を、引きずり戻る。
ジッパーが下ろされ、中身が見えた。
「……ひっ!」と、レーヴェは尻もちをついた。
入っていたのは、若い女。目は閉じているが、起きる気配はない。
血色のないくすんだ肌で、死んでいるとわかる。
男は死体の両脇を抱え、袋から出した。
レーヴェと同じセーターにズボン、ブーツを履いている。
「シャツを寄越せ」と、手が伸びた。
震える手でボタンを外し、レーヴェは男に渡す。
死体にシャツを着せるさまは、着せ替え人形のよう。
「……誰なの?」
「お前だよ」と、男は死体を担いだ。
力のない両腕と、ダークブロンドが垂れ下がる。
髪色はおろか、背丈も体格もレーヴェそのもの。
「……うそ」
わなわなと、荒れた唇が震えた。
死の偽装。それは、最も安全な選択肢。まさか、身代わりがいるなんて──。
「……いやぁぁぁッ!!」
レーヴェの叫びが、空に消えた。頭を抱え座り込む。
「お前は、すでに兄を犠牲にした。いちいち騒ぐな」
「違う! 私はッ……」
反論しようにも、言葉が見つけられない。
「いい加減、自分の立場を弁えろ。『国家』から、簡単に逃げられると思うなよ」
そう言って、男は斜面を登る。何度も何度も、死体を転がした。
「やめて……」という、レーヴェの声はあまりにも小さい。
変わり果てた姿となって、死体は戻ってきた。
顔には痣が広がり、腕には無数の擦過傷。
名も知らぬ女の顔を、レーヴェは撫でた。
「ごめんなさい。ごめん、なさい……」
涙を落とし、何度も呟く。
無情にも、男はレーヴェの腕を掴む。
強引に立ち上がらせると、空間に手をかざした。
再び、二人は裂け目へ。
次に降り立ったのは、手入れされた国有林と、手付かずの雑木林の境目。
未開の地に来たことを、レーヴェは自ずと察した。
大きな石に座り、放心状態でうつむく。足元に、荷物が入った袋が転がった。
「IMOは、兄を守るだけで精一杯。だから、お前は死んだことにする」
「……なんで」
言わなかったの。という言葉を、レーヴェは飲み込む。
何を言っても、もう遅い。
「この川を下ったところに、竜人自治区がある。そこへ逃げ込め」
男は、清流を指差す。
「お前の手紙を拾ったパライ人がいる。わけを話せば、匿ってくれるだろう。ただし、逃亡方法は適当に作れ」
「……さっきのは何? 瞬間移動?」
「そんなところだ」
「そう……」
レーヴェには乱れた髪を直すどころか、追及する力もない。
「死体のことは黙っておけ。仮にビエールがお前が死んだと公表したとしても、知らぬ存ぜぬを通せ」
最後に。と男は続ける。
「俺のことも口外するな。俺の存在が明るみになれば、クローネは無事では済まない」
「……どういうこと?」
「俺は若い頃、ザミルザーニのスパイだった。表向きはな。本当は二重、三重スパイだったのさ。……結果、世界から追われることになった」
そこまで言うと、息を深く吸った。
「俺を匿ってくれたのが、お前の父──グローセベーアだ」
レーヴェは刮目した。あまりの衝撃だったのか、瞬き一つしない。
「つまり、公族が犯罪者をかばっていたことになる。この事実が公になれば、どうなるかわかるだろう? ……いいか、これはお前や兄を守るためだ」
男は、レーヴェの前で片膝をついた。
「時が来れば、お前はまた日の下を歩ける。兄とも再会できる。それまでは耐えろ」
今までとは違う、柔らかな口調。
「ありがとう」と、レーヴェは涙を拭う。
少しだけ迷ったあと、顔を上げた。
「あなたの名前は?」
「……サイファ」
それは、はっきりとした声だった。
「サイファ……」
うつむき、レーヴェは復唱した。
『0』の別名。何者でもないという暗示。
「もう、会うことはないだろう」と、男はトウヒの森へ。
斜面を上がったあと、姿が見えなくなった。
サイファと別れたあと──。
意識を手放しかけながらも、レーヴェは歩き続けた。




